夕暮れ時、僕は徒歩で駅から自宅への帰り道に、とんでもない物を目にしている。
線路内に幼い、小学2年生くらいの子供が入り込んで遊んでいるのだ。
危ねえなぁ。僕は大声を張り上げた。
「そこのボク、危ないよ。電車が来るから。こっちに来なさい。」
僕がそう叫んでもその少年は、その場に呆然と立ち尽くして離れようとしない。
まったく、しょうがねえなあ。僕は、電車が来ないことを確認して男の子のもとに走る。
「ほら、危ないから。線路から離れて。ね、言うこと聞いて!」
男の子は僕を見上げて、悲しそうな目をした。
「でも、落し物を探してるの。妹の。」
妹がいるのか。でも早くここを離れたほうがいい。
僕は無理やり男の子の手を引いた。
「線路に入っちゃだめだよ。いくら落し物したからって。」
だいいち、あんな線路際に落し物だなんて。在り得ないだろう。
電車の窓から投げ捨てない限りは。もしかしたら、電車に乗っていて、
妹が車窓から投げてしまったんだろうか。
「何を落としたの?」
僕は拾うことはできないけど、一応、諦めるように諭そうとした。
「この子の腕。」
そう言いながら、セルロイドの女の子のお人形を見せてきた。
右の肩からなくなっていた。たぶん、ここが稼動するようになっているので、
悪戯でここから引き抜いたのだろう。
「線路は危ないからね。入っちゃだめだよ。残念だけど、お人形の腕は諦めた方がいい。
パパかママに言って新しいものを買ってもらえばいい。」
男の子は涙を浮かべた。
「ダメなの。この子じゃないと、ダメなの。」
自分の物でもないのに、妹思いなんだな。僕はそう思った。
「おうちどこ?お兄ちゃんが送ってあげるから。」
この子は思いつめたら、きっとまた線路に入って探すだろう。それだけは避けなくては。
僕は、その思いでその子を家まで送り届けることにした。
男の子は道中、ずっと黙っていた。男の子が先導する方へ僕は歩いていった。
「ここだよ。」
ずっと俯いて歩いていた男の子が、顔を上げた。
ここだよ、って・・・。これって、本当に人が住んでいるのか?
その家は荒れ放題だった。そこからは、まるで生活の気配が感じられない。
「送ってくれて、ありがとう、お兄ちゃん。」
その男の子は廃墟のような家に入って行った。
僕は、怪訝に思いながらも、なんとか男の子が自宅に帰ってくれたことでほっとした。
そして、次の日、僕はまた会社帰りの駅からの道で、また線路にいる男の子を目撃した。
まったく、どうしてまた!僕は、線路に近づいた。だいたい、こんなに簡単に子供が
線路に入れるような状況っておかしいだろ。ここは危険だ。今度JRに連絡しなくては。
「こら、君!昨日も注意したじゃないか。危ないよ。」
僕は、少し強引に手を引きすぎてしまった。
「ごめん。痛かった?でも、君はあんなところにいたら、もっと痛い目に遭うよ?」
僕は少し低い声で男の子を叱った。
「無いの。この子の。」
そう言い、またその男の子は人形を見せる。今度は、首が無かった。
昨日は腕。今日は首。僕の頭の中にある考えが浮かんだ。
この子は普通ではない。
その考えにおよび、僕はお節介とは思いながらも、またその男の子を家まで送った。
「今日は、君のパパとママに会わせてくれないかな。お兄ちゃん、話があるんだよ。」
そうだ。これは親の責任。監督不行き届きだ。だいたい子供が毎日こんな夕暮れまで
一人で線路に入っていることに気付かないのか。これは親によく言って聞かせてもらわねば。
「パパとママは居ないよ。」
男の子から意外な言葉が出てきた。
「え?どこか出かけてるの?君んちは共働き?」
僕の問いかけに何も男の子は答えなかった。
男の子は一言
「さようなら、お兄ちゃん。」
そう言うと、また玄関から家に入って行った。
「もう線路内に入っちゃだめだよ?」
僕は、大声で玄関の男の子に声をかけたが、男の子は振り返らなかった。
まったく。あんな幼い子供を置いて、なんて親なんだ。僕は一人憤慨していた。
そう言えば、妹が居るって言ってたな。幼い子供、二人だけで留守番なのか。
本当に最近の親はどうなっているのだ。僕は胸に怒りを感じながら、その家を離れようとした。
すると、男の子の隣の家の住人が家から出てきた。
「あの、お隣に何かご用ですか?」
その女性は明らかに不審者を見るような目で、僕を見ている。
丁度よかった。お隣さんに、ご両親に伝えてもらえばいい。
「あの、僕、怪しいものではありません。実は、お宅のお隣の家の坊ちゃんが毎日夕方、線路に入って遊んでるんですよ。奥さんから、ご両親に伝えてもらえませんか?危ないから、お子さんに注意するように。」
僕が、そう言うとその女性は凍りついたような表情になった。
「あ、あなた。いったい何を言ってるの?冗談にしては酷いじゃないですか。何者なの?あなた。」
女性は怒りをあらわにした。僕は何故怒られているのかわからなかった。
「な、何のことですか?冗談なんかじゃ・・・。」
僕がそう言うと、女性はますます声を荒げた。
「ニュースか何かで知ってるのかもしれませんが、そういう酷い冗談は許しませんよ?人の不幸をなんだと思ってるんですか?」
僕には何がなんだかわからない。
「ちょ、ちょっと待ってください。ほんとに、男の子が線路に。」
「そうよ!あの子達は線路で亡くなったの!1年前に。無理心中よ。ご主人が亡くなったのに絶望して、奥さんは子供と一緒に電車に飛び込んだ。翔くんと奥さんは跳ね飛ばされて亡くなった。綾香ちゃんは・・・」
そう言うと女性は感情が高ぶったのか、顔を両手で挟んで涙を流した、
「綾香ちゃんは、体がバラバラに・・・。ほんと、酷い人ね、あなた。」
女性は僕を睨みつけた。
「じゃあ、この家は・・・。」
僕は唾をごくりと飲み込んだ。
「もう1年間ずっと空き家よ。誰も住んでるわけないじゃない!怪しい人ね、警察呼ぶわよ?」
僕はそう大声で叫ばれ、急いでその場を離れ、家路を走った。
そんな、バカな。あの男の子はいったい。あの女性が言っていた、翔くんか?
だって、僕は、あの子の手を握ったのだ。確かに、あの子の手を握り、あの子の家まで送った。
僕はその日、まだ信じられなくて、眠れなかった。
次の日、僕は仕事を休むわけにはいかず、その日も仕事を終え、駅から徒歩で家路をたどる。
その男の子は待っていた。あの線路内で。僕はもうかかわらないことにした。すると、男の子は
僕を見つけると、近づいてきた。まさか、嘘だろう?僕は逃げ出したかったけど、足が何故か動かなかった。
「ねえ、お兄ちゃん、妹が居ないの。どこかな。今度は左足が無いの。」
その人形は右腕、首、左足がなくなっていた。
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「お兄ちゃん、いっしょに探して?ねえ?」
作者よもつひらさか