私の劇団に、仮にA君としときますが、若い男のスタッフがいましてね。
このA君がなかなかのやり手というか、プレイボーイでして、まあモテるんですよ。イケメンでスラッとして背なんかも高くって、一見真面目そうなタイプなもんだからみんなダマされちゃうんでしょうね。
何人もの女の子と付き合ってはヨロシクやってるもんだから、「いつかおまえロクな目にあわないぞ」なんて言うと、「いやあ」なんつって笑ってましてね。このやろうってなもんですよ。
そんな彼が、あるとき私の楽屋に来ましてね。いつになく神妙な顔付きでだまーってるんだ。で、気になったもんだから、「どしたい?」って聞くと、
「ええ、まあ……」ってどうにも歯切れが悪い。
こりゃあ何かあったなって、無理に聞き出すのもなんですからしばらく待ってますと、やがて彼、「実はIさん……」って話し始めてくれたんです。
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というのは、A君そのときめずらしく真剣に付き合ってる子がいて、仮にBさんとしときますが、これがとてもいい子だっていうんで、結婚まで考えてるって話だった。ほんとかいおまえ、ええほんとです、なんてスタッフの間でも冷やかし半分だったんですがね。その子、うちの公演も何度か見にきてたらしくって。
でもA君、そんとき他にもまだ付き合ってる子がいて、その子たちとはきれいさっぱり別れるつもりだっていうもんですから、こりゃあ彼もいよいよ本気だなんて噂してましてね。
で、あるとき本命じゃない子たちの一人、Cさんとしておきますが、彼女と会う機会を作りましてね。彼そこで別れ話をきりだして、なんとかまあ話はついたんですが、場の雰囲気なんでしょうかねえ、二人そのままホテルにしけこんじゃったっていうんですよ。お互いこれが最後だからってなもんでしょうかね。
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で、深夜、二人ホテルのベッドで寝ていると、ふとA君足に妙ーな違和感をおぼえて目が覚めた。どうも足の先を、だれかの手でくすぐられてる感じがしたっていうんだな。
あー彼女がふざけてるんだなー……って思ってひょいっと横を見ると、Cさんはすぐ横、同じ枕に頭乗せて寝てる。A君、ん? って思った。
おかしいですよね、彼女の頭はすぐ横にあるんですから、足の先に手が届くわけがないんだ。
寝ぼけたまま、んーって思ってると、その指がモゾモゾっと動き出した。急に体の方へ向かって這い上がってくる気配がしたっていうんだ。
うわっと思ってA君ガバッと布団をめくると、ひざのところに、白くてほそーい手が乗っかって、指先がカササササササササーッて動いてる。人間の手、手首から先の部分だけが、足のところに乗っかって指を動かして、まるでクモみたいにカァーッと顔めがけて這ってきたっていうんですよ。
A君ウワァッと体を起こすとあわててその手を払った。
と、ベッドの下に落ちた手首は、また指を動かしてカーッとこっちへ向かって来る。A君それ見てなんだーっ? って思ったけど、彼もなかなか気丈なところがありましてね、このやろうってなもんで枕元に置いてあった上着からペンを取って振り下ろすと、ペン先が手の中指の付け根にグサーッと突き刺さった。
はあはあはあはあA君息をつきながら、両手でぐーっと押さえ込んだその下で、爪に真っ赤なマニキュアを塗られた指がバタバタバタバタうごいてる。
そのとき、「ねえ」って不意に横から声をかけられてワッと振り向くと、Cさんが眼を覚ましてA君の方を見てた。
で、A君が再び目を戻すと、もうその手首は消えてたっていうんですよね……。
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その数日後、A君、今度は本命のBさんと会った。
あのホテルでのことはまだ気になっていたものの、まあ夢でも見たのかなぁと思って忘れようとしていたんですが、ふーっと彼女の手を見ると、白い包帯が巻かれてる。
どしたのー? って聞くと、んー料理しててちょっと切っちゃったんだーって彼女なんでもないように答えた。でもA君、それがどうも気になった。
というのは、彼女の手、白くて細い指の先には真っ赤なマニキュアが塗られてて、包帯の隙間から見える大きなバンソウコウは、中指の付け根に貼られてる。あの夜、A君が手首にペンを刺したのも同じ中指の付け根のあたり。
不思議なこともあるんだなーと思ってふっと顔を上げると、彼女、A君の方を見て何とも言えない顔でニーッて笑ってたっていうんですよね……
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「Iさん偶然かもしれませんが、でもこれってなにか妙な、怖い話だと思いませんか……」
ってA君言ってましたが、そのあと結局その本命の彼女とは別れたそうです。
A君、気にはなりつつも、最後までその包帯の傷を見せてとは言えなかったそうですよ……。
作者ラズ
よろしくお願いします。
一種の実験作です。話自体はスタンダードな怪談を作れるようになりたいと思い書いたオリジナルです。
でも語り手の口調は、某有名怪談師のI川J二さんを思い浮かべながら読むと読みやすくなる・・・なればいいなと想いながら書いたものです。もちろん作品自体は実在の人物といっさい関係ありません。
ネタ自体はよくある感じですので、こちらのサイトにも既に似たようなのあるなー・・・という自覚はあるのですが、せっかくなので投稿します。一応怪談部分の着想元はゲゲゲの鬼太郎の能力です。