「さて問題です。
ある少年の親が離婚し、程なくして新しい父親がやって来ました。しかしこの父親が意地悪です。
誕生日にサッカーボールをねだればバットとグローブを、翌年、一輪車をねだればマウンテンバイクをプレゼントされました。
少年はそれを見て、悔し涙を流しました。
さて、少年はなぜ父親のプレゼントに落胆したのでしょうか?
どうじゃ?二十四時間以内にこのクイズが解けなかった場合は、お主の命を貰うからの…ひひ…」
暗闇の中、火の玉のようにぽっかりと浮かんだ老婆の顔はそう笑うと消えた。
「ただいまー」
川上りこが事務所の奥へ向かってそう声をかけると、窓際のデスクで頭を抱えているゴルゴム青年が目に入った。
「あら社長珍しく難しい顔しちゃって、何か悩み事ですか?」
川上りこは買ってきた備品の入った手提げ袋(マイバッグ)を客間におろすと、その中からミルク瓶を一つ取り出し、戻ってきた。
「はーいピノちゃん、あなたの大好物な美味しいミルク買ってきたよー。あれピノちゃんどこ行った?」
いつもはゴルゴム青年の膝の上か、客間のソファに寝そべっているはずの焦げ茶色の猫、ピノの姿が見当たらない。
「おーい、出てこーい」
キョロキョロと事務所の中を探し回る川上りこの姿に、ゴルゴム青年はようやく気付いたようだ。
「あっ、りこ姐さんピノなら今出かけてますよ。それよりモフモフ天国の新刊、出てましたか?」
書類棚の下を覗きこんでいた川上りこの鼻の頭が、最近床をモップ掛けしていないせいか真っ黒になっている。
「それがね社長、年中無休の綿貫書店が『諸事情により一週間店を閉めます』って張り紙してあったのよ、何かあったのかしら?」
ゴルゴム青年は、先日綿貫店長の背中におぶさっていた老婆の顔を思い出してはっ!とした。
「なるほどね、あのお婆さんが僕に憑いてきたという事ですか」
そう言えば、ゴルゴム青年の夢の中に奇妙なクイズを出してくる老婆が現れだしたのは、綿貫書店を訪れてから三日後の夜だった。
血走った目をした鷲鼻の老婆が『翌日までにこの問題が解けなかったら永遠に目を覚ませなくしてやる!』と、脅しをかけてくるのだ。
クイズは全部で十問らしい。
初めの内は少し考えれば分かる程度の簡単なものだったのだが、昨夜出されたのが六問目で、少しずつではあるが、だんだんと難易度が上がってきている気がする。
答えられなければ本当に命を取られるのだろうか?これがただの夢でないという事は、霊能力のあるゴルゴム青年には分かっていた。
「りこ姐さん、クイズはお得意ですか?」
そう言ってから、ゴルゴム青年は老婆のもう一つの言い付けを思い出した。
『もしもズルして誰かに聞いて答えを出した場合、その人間の命も奪うからの』
「はい?なんですか社長?」
「い、いえ、何でもありません。りこ姐さん、お客様が見える前にその顔を洗ってきて下さい」
数分後、今回の依頼を持ってきた今井ラグト青年と依頼主である警察関係者を名乗る石田という男が事務所を訪れ、二人を奥の客室へと通した。
一通りの話を聞いた後、ゴルゴム青年は今までとっていたメモ帳をながめながら石田に言った。
「つまり、いま世間を騒がせているその電脳ゾンビとやらを操作している施設内に潜り込み、僕たちの手で確たる証拠を掴んできて欲しいという事ですね?」
「まあ、簡単に言えばそういう事になるかな」
石田は無表情で答えた。
「でもそういった潜入捜査などは、普通は警察内部の方が行われるんじゃないのですか?なぜ僕たちのようなしがない霊能事務所なんかに依頼を?」
「ああ、まあその事なんだが色々とこちらにも事情があってね。
今回のヤマは国が絡んでいる可能性が非常に高くて、これだけの事件にもかかわらず警察は上からの圧力で大っぴらに捜査が出来ない状態なんだよ」
石田は猫舌なのか、出された珈琲をフーフーと冷ましながら話を続けた。
「だから捜査チームも組めないし、上に内緒で動ける人間が私を合わせても三人しかいないんだ。
しかもこの三人は今現在、別件で大きなヤマを抱えているから時間も取れない。
まあ潜入捜査っていやあ大儀だが、若い君たちならアルバイトや派遣社員を装ってあの施設内に潜り込み、本質は掴めないとしても粗方の情報は傍受出来るんじゃないかと思ってね。
いや、それでもし何も無かったならそれでもいいんだが、ただ、どうしても僕にはこの一連の事件の鍵があそこにあるんじゃないかと思って仕方がないんだ。
心配しないでくれ、ちゃんと金は払うよ。
もちろん自腹だがね」
そう言って石田は胸ポケットから財布を取り出す仕草をみせた。
「はあ、まあお話は分かりましたが、そんな勝手な真似をして、もし上司にでもバレたらマズイんじゃないですか?」
「それも覚悟の上だ。実は大きな声では言えないが、私の妻が電脳ゾンビだったんだよ」
「奥さんが?」
「ああ、もう亡くなったがね。彼女は僕たちの子供の命と自分の命を引き換えにしてこの世を去ったんだ。
僕は妻が死にかけた時、藁にも縋る想いでどんな形でも構わないから妻の命を救ってくれと医師に縋り付いた。
すると医師は一つだけ方法があると言った。
そして、医師は規約が詰まった分厚い書類を出してきて、僕に長い念書を書かせた。
数週間後、妻はなに食わぬ顔をして家に帰ってきた。
見た目も話し方も、仕草も匂いも性格も全て元の妻と同じだった。
だが、彼女の中身はもう彼女ではない。
電脳ゾンビだった。
生前の記憶を丸ごと詰め込まれたナノチップを脳に打ち込まれ、真新しい組織で構築された彼女に似た偽物の彼女だ。
でも、僕はそれで満足だった。
また彼女の笑顔が見れた、それだけで本当に幸せだったんだ!」
石田が涙を流すのを見て、隣りからラグト青年がハンカチを手渡した。
「こ、子供の命と引き換えにってどういう事ですか?」
ラグト青年の問いに石田は鼻を啜りながら答えた。
「いや、実は妻は身体を壊す前から僕の子供を身籠っていてね。てっきり今回の事で流れてしまったとばかり思っていたんだが、医師の計らいでまだ子供は妻の身体の中で生きていたんだ。
そして君たちには信じられないかもしれないが、電脳ゾンビはある一定の条件を満たしていないか、身内の中に四十歳を超える排除リストに名前のある人間がいれば抹殺しなくてはならない。
そうプログラムされている。
実は、僕もそのリストに入っていた。
しかし、妻はもうすぐ四十歳の誕生日を迎える僕を殺さないようにと自分が命を落とす事で、僕と子供の命を守ろうとした。
つまり、彼女はチップにプログラムされた命令に背いたという訳だ。
そして子供を出産すると同時に命を落とした。
あれから二年、子供は何事もなくすくすくと育っているが、最近の連続している怪事件をみて間違いなくこれは電脳ゾンビの仕業であると確信した。
規約の中に、絶対に他言してはならないと書いてあったが、これ以上罪のない被害者を出さない為にも誰かが証拠を暴き、阻止しなければならないんだ。
それが例え、命と引き換えであったとしてもだ!!」
静まり返った客室に、隣りの部屋からスースーと川上りこのモノと思われる寝息が聞こえてきた。
石田の隣りでは、青い顔のラグト青年がゴルゴム青年に向かって「すまない!」と言わんばかりに手を合わせている。
「す、すいません石田さん、貴方のお話を信じない訳ではございませんが、少し内容がブッ飛び過ぎていて、現時点で私どもではお話の真偽が上手く呑み込めません。
申し訳ありませんが、こちらでも少しその『電脳ゾンビ』というものについて調べさせて下さい。
ご依頼を受けるかどうかにつきましても、一週間後に改めてこちらからご連絡させて頂いてもよろしいでしょうか?」
ゴルゴム青年は、丁寧に石田を帰すと自分のデスクにやれやれと腰を下ろした。
すると、階段の下まで石田を見送っていたラグト青年が早足に帰ってきた。
「絶対に他言しないように!って何回も念を押して帰ってったよ石田さん。
最近物騒な事件が多いのは確かだけど、それがゾンビの仕業だって言っても誰が信じるってんだよなぁ?太郎!」
本名が平坂太郎というパッとしない名前のゴルゴム青年は、自分の額に人差し指を当てながら何やら考え込むように、パソコンの画面を凝視している。
川上りこはというと、石田の話が余りにもつまらなかったのか未だにソファベッドの上で眠りこけている。
「なあ、ラグト。僕はいまそれどころじゃないんだ。ゾンビの前に片ずけなきゃならない婆さんがいてね」
「婆さん?なんだそれ?」
その時、トタタと軽い足音がして少し開いたドアの隙間から焦げ茶色の猫が走りよってきた。
「おう、おかえりピノ!」
ピノと呼ばれたその猫はラグト青年を無視して、ゴルゴム青年の膝の上にヒョイと飛び乗った。
「確か婆さんは人に聞いちゃいけないって言ってたけど、猫だったら問題ないのかな?」
ゴルゴム青年は、ピノの頭の中へと念を送り、昨夜婆さんから出されたクイズ内容を話した。
一見、ピノは寝てるようにも見えるが、ちゃんとゴルゴム青年の声は届いているはずだ。
少しして、ピノからの返事があった。
『あー、分かった!その男の子ってもしかしたら両腕が不自由だったのかも知れないね?
だからバットもグローブも、高価なマウンテンバイクをプレゼントされても喜ばなかったんじゃないかな?自分じゃ使えないからね』
「おー!なるほど!!」
見事なピノの回答に、ゴルゴム青年は思わず椅子から立ち上がった。
ラグト青年と夢から覚めたばかりの川上りこは、突然、大声をあげて立ち上がったゴルゴム青年を不思議そうな顔で見つめていた。
…
その夜、ゴルゴム青年の夢の中にまたあの老婆の顔が浮かび上がった。
「お主、猫に答えを聞くとはやはり只者ではないな。あやつが言った答えが正解じゃ!
人に聞いてはならんという決まりの上げ足を取りおってからに!ふぉふぉふぉ!
まあ良い、次は猫でも分からん超難問を出してやるぞい!」
「その前に一ついいですかお婆さん?」
「な、お婆さんじゃと?誰が婆さんじゃこのガキが!儂にはハルと言う名前があるわい馬鹿もんが、これからは儂の事をハル姐さんと呼ぶように!分かったの?」
ゴルゴム青年は「ええ」と頷くと、気になっていた事を話した。
「少し前にハル姐さんが取り憑いていた綿貫店長の事なんですが。
やはり彼にも夢の中で同じようにクイズを出していたのですか?」
ハル婆さんは「ひひひ」と笑い、血走った目を更に見開いた。
「おーう、勘が鋭いのう坊や。
そうじゃ、あやつも中々がんばったんじゃがのう、八問目がどうしても答えられんやって、心臓発作であの世へと送ってやったわい」
「やはりそうですか。悪趣味な貴方のお遊びのせいで、昨日、モフモフ天国の五月号が読めなかったんですよ。どうやって責任とってくれるんですか?」
「えー、気にするとこそこー?」
と、ハル婆さんが呆気に取られている隙を突いて、ゴルゴム青年は特殊な方法で夢の中へと持ち込んだ護符を、婆さんの額へと貼り付けた。
「き、貴様なにをする!」
「その札は、りこ姐さんオリジナルの強力なモノです!」
シューと音を立てて、護符の周りから煙りが上がり、婆さんの顔が少しづつ溶けていく。
そしてこれが駄目押しとばかりに、ゴルゴム青年は大玉の数珠を両手に絡め、これまたオリジナルなラップテンポの読経を軽快なリズムで唱え始めた。
「や、やめろ!儂はラップが大嫌いなんじゃ!せ、せめてレゲエにしてくれー!」
「取り憑く相手を間違えましたねハル姐さん!
しかし、せめてもの慈悲です。貴方を消滅こそさせませんが、これに懲りたらもうそんな悪趣味なクイズは止めて下さい!」
「分かった分かった!もう止めるからその音痴なラップだけはやめてけれー!!」
そう言うと、溶けかかった護符を残して老婆の顔は暗闇の中へと消えていった。
次の日、学校が終わって出社したゴルゴム青年の顔に笑顔が戻り、猫のピノにいつもより少しだけ高級な「猫缶」が振る舞われた事は言うまでもないだろう。
【了】
作者ロビンⓂ︎
このお話は、先日書いた「おわかりいただけましたでしょうか」の続編です。
http://kowabana.jp/stories/25995
先にこちら↑を読んで頂いた方が違和感なく読めるかもしれません。宜しければお付き合い下さいψ(`∇´)ψ
そして、はる姐さんごめんなさい!…ひ…