ついついと進んで参りまして、私で四番目で御座います。
こんにちは、先程、手の甲を爪で抉られていた者で・・・ああ、其処の貴方、覚えていらっしゃいましたか。いや先程は失礼しました本当に。いやぁ、彼奴酷いでしょ。ほら、 見てくださいよ、こんな痕が付いちゃって。
爪の痕なんてのはね、こう、背中にギィーッと、若い女性なんかから付けられれば嬉しいもんですが・・・っと、どうしたの、其処の君。何? え? どんな時に付けられるのか?
・・・そんな野暮なこと聞くもんじゃ有りませんよ。そのうち、あんたも体験出来るよ。多分。多分ね。もし体験出来なくても、私に八つ当たりすんのは止めてくださいね。お門違いにも程が有るから。
え?何?和田先生どうしたの、そんな茹で蛸みたいな頭・・・じゃなかった。茹で蛸みたいな顔して。
・・・・・・はい? 破廉恥? 何が?
嫌ですねぇ、私はただ、喧嘩すんなら野郎とじゃなくて、女性とが良いって言っただけですよ。邪推です、邪推。ほら、女性陣がこっち睨み始めちゃった。まるで私が助平みたいじゃないですか。
あっ、なんだ狐目、その生ゴミを見るような目は。元はと言えばお前の所為じゃないか。
本当にもー。・・・・・・でも、そろそろ真面目にやんなきゃ、また癇癪起こし始めるかね。そいじゃ、始めるとするかい。さぁて、お集まりの皆様、拙い話ではありますが、次で大トリなんだから、まぁ我慢してくださいな。行きますよー。
四番手、猿楽真白で《目隠し鬼》
separator
人伝に聞いた話が三つも続きましたから、そろそろ体験談でも話しましょうか。と言っても、私が小学生の頃の体験なので、其処まで怖いって訳じゃないんですけどね。
確か五年生だったかなぁ。夏休みでした。
夏休み。あれは不思議なもんですねぇ。始まったばかりの時は永遠にも思えるのに、何時の間にやら最終日になってる。
しかも、なんでしょうねぇあの心理。夏休みの間だけ、子供の恐怖心と言いますか、自制心と言いますか、其れがこう、パッカーンと消え失せちゃう。
藪に潜り池に飛び込み泥にまみれ・・・いや、最近の子のことは分かりませんよ。けれど、私達が子供の時分は、本当に男女問わずそんな感じでした。
いや、それとも単に、類は友を呼ぶからってだけかな。私も昔は本当に馬鹿な子供でね、周りの奴等も、見渡す限り途方もない馬鹿ばっかりでしたよ。
separator
友人の中にね、所謂、名家の子息が一人、居ました。そいつとは、小学五年生の春に知り合ったんですけどね。たった数ヶ月で、あっという間に一番の親友になったんですよ。
で、夏休みに、仲の良い友人数人でそいつの家に泊まることになったんですね。テント張って、炭起こして七厘でソーセージ焼いて・・・。家の敷地が広いんで、そんなことも出来たんです。庭で探検の真似事をしてみたりね。まあ、そんな風に楽しくやっておりました。
けれど、夕方頃、突然雨が降って来たんですよ。今思えば、あれは夕立だったのかな。
皆慌てて、家の中に逃げ込みました。
びしょ濡れになっちゃってたから、タオルとお風呂借りて・・・。けれど、待てど暮らせど雨は止まず、結局、そのまま家の中に泊まることになりました。庭も広いんですが、家もまた広いんですよ。大きな部屋が幾つもあって・・・映画にでも出てきそうな感じで。
皆ソワソワしてましたよ。でもね、それでも、途中まではなんとか大人しくしてたんです。
なんでかって言いますと、その友人は爺さんと二人暮らしだったんですけど、その爺さんがとんでもないお人で・・・。悪さする餓鬼には鉄拳一発、こう、ゴッキーンと。頑固一徹と言いますか、鬼と言いますか、クソジジイと言いますか、まぁ、とにかく、凄まじく恐ろしい人でした。
けどね、途中からその人、急な仕事が入って出掛けることになっちゃって。
「お前等、悪さしたら山の肥やしにしてやるからな。絶対に大人しくしていろよ。絶対だからな。」
なんて言っていましたけどね。
大人しくする訳が無いんですよ。あっという間に其処ら中走り回り始めて、あれよあれよと言う間に大騒ぎの始まり。
何せ広いですから、出来ちゃうんです。駆けっこでも鬼ごっこでも。それはもうなんでも。
いやぁ、あれは楽しかった。
周りに家が無いもんですから、近所さんからの告げ口も無い訳でしょう?
クソガキフルパワーですよ。
しかも止める人間が居ないと、そうですね、十中八九、妙な方向に進むんです。
そして、そうですねぇ。祖父が出て行ってから、二時間ぐらいは経っていた気がします。丁度、普通の鬼ごっこに飽きて来た頃でした。誰かが言ったんですよ。
「目隠し鬼をしよう」
ってね。
separator
皆さん、目隠し鬼って御存知ですか。
その名の通り、目隠しして行う鬼ごっこのことですが・・・・・・本来ならば、目隠しをするのは鬼だけなんですよ。まず、人間が逃げられる範囲を指定します。目隠しをした鬼が、その範囲の中を、周りの人間の手拍子や声を頼りにして追う訳です。
呼び掛け声の方が、有名かも知れませんね。
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ。」
ほら、何処かで聞いたことがあるでしょう?
相手を囃し立てるときなんかにも、使いますかね。
私なんかは専ら、さっき言ったクソジジ・・・もとい、友人の祖父から逃走するときに使っていた訳ですが・・・っと、話が逸れた。
それで、物珍しさも手伝って、その目隠し鬼をやってみようってことになったんです。
でも、冷静に考えれば、可笑しな話ですよね。皆で珍しい珍しいと言っていたということは、誰も目隠し鬼という遊びを知らなかったということですから。
誰が発案したのかって話なんですが………。
今考えた所で、どうしようも無いことなんですけどね。それでも、妙な話です。
やろうやろうって言っても、皆、ルール知らないんですよ。誰一人として。
今ならインターネットで一発検索出来るんでしょうけどね。いやぁ、昔の私達は其処まで頭が回らなかった。というか、そんなまどろっこしいこと、したくなかったんですね。
仕方無いから、皆で頭突き合わせて、ああでもないこうでもないと騒ぎ回って・・・
最終的に達した結論が
《全員目隠しをして、鬼ごっこをする》
と、こうなりました。いやはや、これもまた何なんでしょうね。全員が目隠ししていたら誰が誰に触ったのか全く分からないじゃないですか。何より、危険でしょう。何時、誰にぶつかるか、分かりゃしないんだから。ねぇ。
・・・・・・いや、違うな。今思えば、皆、薄々気が付いていたのかも知れません。こんなの危ないって。しちゃいけないって
けど、ね。
続く雨の音。夏らしくない冷たい空気。隅々まで光の届かない、広い屋敷。
熱に浮かされていた・・・とでも言いましょうか。
分かりやすく危険そうで、分かりやすく、しちゃいけないこと。だからこそ皆やりたがった。これが昼間で、晴れで、直ぐ近くに大人が居る環境ならば、また違ったのだと思いますよ。私はね。
separator
ひとーつ、ふたぁーつ・・・
鬼が数を数える声が、雨音の切れ目から響きます。
嬌声は居所を知らせてしまうので、皆、驚く程に静かです。聞こえるのは、クスクスと圧し殺した笑い声と、パタパタという軽い足音のみ。それさえも、何処から聞こえるのか分かりません。
目隠しの所為でしょうか。上下左右から湧き出で、降り注いで来ているように思えました。
壁を伝い、転ばないように部屋から出ます。廊下をゆっくりゆっくり進んでいると、遠くで派手な嬌声が上がりました。どうやら誰かが捕まったようです。
もっと遠くへ逃げなくては。
慌てて足を速めようとして・・・。
ドンッと何かにぶつかってしまいました。壁より柔らかい感触。どうやら、人間のようです。軽い地響きから、相手が床に転げたのが分かります。下の方から微かな声が、聞こえました。
「いたたた………。」
聞こえたのは、この屋敷に住んでいる、友人の声でした。
「あっ、ごめん。大丈夫か?」
「うん・・・。そっちは?怪我とかしてないですか?」
手を差し出す為に目隠しを外そうとすると、ダンッと床を踏み鳴らす音・・・いや、実際に 見た訳ではないのですが、そんな風に聞こえました。それで、次の瞬間、ぐっと瞼を押さえられました。
勢いが強くってね。そのまま今度はこっちが床に尻餅をついてしまいました。
「何すんだよ!」
思わず声を荒らげると、申し訳無さそうに友人は言います。
「ごめんなさい。でも、目隠し鬼の途中で、目隠しを取るのは良くないですよ。」
何を言ってるんだと思いましたね。
だって考えてみてくださいよ、私が目隠しを取ろうとしているのが分かって、それを阻止出来た。ってことはですよ。目が見えているってことでしょう?
目隠しを取るなと言っている彼の方こそ、目隠しをしていないってことじゃありませんか。
ね? そうでしょう?
「お前も目隠ししてるんだろ? なら、どうして目、見えてんだよ。」
彼は私の目を押さえたまま、何食わぬ様子で応えます。
「僕は、ガーゼで目隠ししてるから。布が薄いから、外が透けて見えるんです。」
「それはアリなのか?」
「布は布です。駄目とは言われてません。それに、端からは、ちゃんと目隠ししてるように見える筈だから、大丈夫。」
狡いとも思いましたが、反論を考えられませんでした。仕方無いので、黙って友人の腕をどかします。
「あっ、駄目だって言ったのに。」
「取らない。取らないよ。だから離れろ。」
手を頭の裏に回し、もう一度目隠しを結び直します。
「ほら、これでいいだろ。」
相変わらず目の前は見えませんが、恐らく彼が居るであろう方向に顔を向けると、どうやら納得したようでした。
また床が鳴りました。どうやら友人は、立ち上がったようです。
「そしたら、逃げましょうか。」
ぐいと腕を引っ張られました。
「逃げる?」
思わず鸚鵡返しをすると、呆れたような返事が帰って来ます。
「鬼から、逃げるんですよ。ほら、早く行かないと捕まってしまう。」
見計らったように、叫び声が上がりました。そう遠くない、それこそ、直ぐ隣の部屋から聞こえて来たようでした。その声がどうにも遊びらしくなく・・・まるで、本当の鬼に捕まって、その断末魔のような感じでして。
急に怖くなったんですね。
友人は言います。
「僕は目が見えるし・・・なにより、この家のことならば、此処に居る誰より詳しいと思います。」
住んでいるのだから当然な訳ですが、それはさておき。その言葉は、とても心強く思えました。
「なら、頼む。一緒に連れてってくれ。」
言い終える前に、無理矢理に立たされます。ひ弱な友人にあるまじき力でした。火事場の馬鹿力等という奴でしょうか。
「それなら一刻も早く、逃げましょう。」
走り出す友人。私は、友人に腕を引かれながら、引き離されないように必死に足を動かしました。
廊下を進みます。
右に曲がり、左に曲がり、また右へ・・・そして、それからはずーーっと真っ直ぐ。
その間、友人は一言も喋りません。
ただただ、前へと進むばかり。
随分と歩いたような心地になって、慌てて目の前の彼に話し掛けます。
「もう此処まで逃げればいいんじゃないか?」
鬼の声はもう聞こえません。これ以上進まずとも、
安全ではないかと感じました。
「駄目です。もう少しで着きますから。」
「着くって、何処へ?」
答えてくれるものと思って、暫く黙ってみましたが、一向に返事は帰って来ません。
それ処か、歩くスピードがどんどん上がっています。
「なぁ、そんな急ぐことないだろ。」
「もう少しで着きますから。」
「皆、心配してるよ。戻ろう。」
「もう少しで着きますから。」
もう、小走りと言っても過言ではないスピードです。廊下の軋む音が軽やかに続いて・・・
ふと、違和感に気付きました。
nextpage
足音が二人分、廊下の中を木霊しています。
けれど、思い出せば、友人の歩幅は私より大分小さく、歩き方も、やや爪先立ち気味だったんです。
言うならば、抜足、差足、忍び足って奴でして。足音が、あんまりしないんですよ。全力疾走したり、道が悪かったりしない限りね。
それが今は、リズミカルにトントンと音を響かせている・・・。
思わず立ち止まりましたが、友人は止まりません。掴まれていた腕が持って行かれそうになります。
「おい、お前どうしたんだよ。」
思い切り踏ん張ると、彼の手が腕に食い込みました。半袖を着ていたので爪が肌に食い込みます。ガリガリと皮膚を削り取り、無理矢理引き摺って進んで行こうとしているようです。
やっと此処で、これは可笑しいと思いました。
急いで、転がるようにして手を振り離します。また床に這いつくばって、引き摺られないように手足をこう縮めて・・・丁度、猫の香箱座りみたいな格好となりました。そうしてテコでも此処を動くもんかと力んだ訳ですが・・・。
予想に反し、足音は止まる気配も無く、小気味良い音を響かせながら遠ざかって行きます。
目隠しを取って、足音の先を見ようとしたのですが、暗い廊下が続くばかりで、もう彼の姿は見えませんでした。
そして私は、安心したからでしょうね。その丸まった体勢のまま、眠りこけてしまったんです。
separator
絹を裂く悲鳴で目が覚めました。
廊下が頬にひんやりと心地好かったのを、今でも覚えています。
起き上がると、目の前で顔面蒼白の友人がわたわたとしています。悲鳴の主は彼でしょう。
「・・・どうした?」
私がそう聞きますと、泣きそうな顔で言うんです。
「血、血が、血が・・・!!」
確かに引っ掻かれた分、多少は出血していました。けれど、傷は軽く擦り剥いた程度です。それに、この傷を付けたのは他ならぬ彼。何を驚くことが有るのでしょうか。
・・・・・・先程の友人が、本物であったのならば。私は、なんでもないように答えました。
「そんなに騒ぐことでもないだろ。」
友人は愈々、怒ってるんだか泣いてるんだか分からないような顔で言います。
「でも、手当て、手当てしなくちゃ・・・もう、こんな所で何してたんですか!ずっと探してたのに!!」
私は尋ねました。
「こんな所・・・。この廊下は、何処に繋がってるんだ?」
ポカーンとした顔、というのはまさしくああいうことでしょうね。眉をハの字、口を半開きにしながら、彼は私がさっきまで進んで行こうとしていた方向を指差しました。
nextpage
目の前に有るのは、壁でした。友人は言います。
「此処は、家の一番隅っこです。繋がるも何もありませんよ。・・・壁を越えれば、裏の山ですが。」
・・・・・・さて、私は誰に、何処へ連れて行かれそうになっていたんでしょうね。
作者紺野-3
どうも。紺野です。
やっと四人目まで終わりました。次が木葉さんです。
九州が大変なことになっていると聞きました。急いで書き上げましたが、遅くなってしまい申し訳無いです。
個人名は出しませんが、怪我等していないか、心配です。何時でも構いません。やるべきこともたくさん有るでしょうから。けれど、もしこのサイトにまた来れたら、一言で良いので連絡をください。
お待ちしております。