風パイなるものを、ご存知だろうか。
車でドライブをしたことがある男子なら、もしかしたら一度は経験してるかもしれない。
走行中、手を窓の外に少し出して手のひらを少し窄めるようにすると、風が手のひらに当たった時、さもオッパイを鷲掴みしたような感覚になる現象を俺は風パイと呼んでいる。
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俺は運送の仕事をしていて、長距離を走る。
南は下関から北は八戸。
これはスケベな俺だけかもしれんが、長距離を走ってなかなか家に帰れないこともあり、それなりに性欲も溜まる。
彼女に電話したところで、彼女の声だけでは性欲は満たされない。
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だからと言って会社の車にAVを持ち込んで、カーナビを利用してハァハァするわけにもいかん。
なので、なんとなく思いついたのがこの風パイ。
想像力をフルに活かせば、かなりリアルにパイオツを感じられる。
しかし、まさかコレで怖いというか痛いというか、心霊経験をするとは俺は思ってなかった。
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あれは、一昨年の8月くらいだったと思う。
運送業に従事したことがある者なら分かると思うが、夏でも東北方面の山の中は結構涼しかったりする。
峠越えをするために山に入ると、街から山の上へ登っていく過程で体感温度は下がっていく。
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トンネルに入るとヒンヤリして気持ちいいくらいだ。
その日は前日から寝てないのもあって、山の上に着いたら仮眠を取るつもりだった。
涼しいから爆睡間違いなし。
峠を越えて街へ降りたら、ガソリンスタンドでシャワーでも借りるかと考えながら俺はトラックを走らせた。
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山頂には待避場がなかったので、少し下ったところの待避場にトラックを停めてシートを倒した。
後ろの寝台で寝ても良かったが、時折、窓から入ってくる風が気持ちよくてハンドルに足を乗せると、そのまま眠った。
運転疲れもあって、俺は瞬く間に眠りに落ちた。
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どれくらい眠ったのか、窓からゴオッと突風のような強い風が入ってきて俺は目を覚ました。
眠る前は、さやさやと優しい風が俺を眠りへと誘ったのに、涼しいとはいえ、突風に起こされるのは不本意だった。
まだ眠い頭で、窓をもう少し閉めて風の出入りを制限しようかとか考えながら、なんとなく手を窓の外に出した。
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突風に手を窄める。
…あぁ、風パイだ。
鷲掴みにしたこの感覚が、生きた女のものであったならどんなに癒されることか…などと、ひとりごちる。
パイ揉みは男のストレス解消でもあるのだ。
…俺だけかもしれんが。
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眠気に微睡みながら、突風で風パイを楽しんでいると、不意に違和感を感じた。
…風パイが、妙に冷たい。
山の上の涼しい風を掴んでいるのだから、手のひらが冷えてそう感じたのかもしれないと思ったが、それとは全然違う。
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キンキンに冷やしたグミを、ガシッと掴んでいるよな感覚なのだ。
しかも、突風の風パイは一瞬で跡形もなく消えるが、今は確かに、しっかりと冷えたグミを掴んでいる感覚が手にある。
俺はそれを確かめようと目を開けた。
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…女がいた。
しかも、血塗れで口からも血を流している。
俺の手は、その女の胸を掴んでいて、こともあろうにワキワキとその胸を揉みしだいていた。
この時ほど、俺は自分の手癖の悪さとスケベ心を呪ったことはない。
普通に考えれば、大型トラックは座高も高いので女の胸を普通に掴めるわけがない。
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そうすると女は浮いてることになってしまう。
人間の女に、そんなのは無理だ。
おまけに血塗れで、平気で佇んでいられるわけもない。
…とすると、考えられるのは、いわゆる超常現象しかないわけで…。
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俺は一気に血の気が引いていくのを感じた。
それに伴い、襲ってくる寒気。
夢オチかとも疑ったが、背中を伝う汗の半端ないヒンヤリ感が現実だと教えてくれる。
気付けば俺は、そのまま気絶していた。
こんなことは後にも先にも、この時だけだった。
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次に目が覚めた時には、血塗れの女の姿はどこにもなく、気付けばかなり日が傾いていて、俺は焦ってトラックを発車させた。
おかげで、大幅に延着。
倉庫の作業が遅れていたこともあり、延着したことをあまり怒られはしなかったが、俺は翌日から高熱を出して寝込んだ。
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出先で寝込んだせいで、会社にも迷惑をかけた。
ここしばらく休みらしい休みは取らずに働いていたので、上司は疲れが出たんだろうと寛大に処置してくれて病院まで手配してくれたが、高熱の原因は分からなくて疲労と診断された。
…俺は霊障だと思っていた。
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…というのも、滅多に連絡をよこさない実家の母ちゃんから珍しくメールが入っていて、そのメールの内容というのが、【あんた、女から何か恨み買うようなことしたのかい?世話になってる寺の和尚が、あんたの心配してたんよ。女の霊から強い干渉を受けてるから、お祓いに行った方がいいって】。
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あまりにタイムリーなメールだったし、実家の傍にある世話になってる寺の和尚は俺が小さい頃から面倒見てくれてた人で、もう一人の親父みたいな存在だった。
霊視とかもできる高僧だったのもあり、俺は熱が下がると、まだ怠くて重い身体を引きずるようにして病院を半ば強引に退院して、看護師に教えてもらった神社へお祓いに行った。
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神主は俺を見るなり、「これは急がないと」と言って、すぐに神殿へ通してくれた。
お祓いのあと、神主から「事故者の女性霊と波長が合ったせいで憑いてしまったようだが、その女性霊をさらに怒らせることをしたか」と問われて、俺は何も言えなかった。
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…というか、言えるわけがない。
「心当たりがない」と神主に答えつつ、俺は心の中で女に謝罪した。
祓ってもらった翌日、嘘のように回復した俺は無事に帰ることができた。
病院を半ば強引に退院したことは、上司に怒られたが…。
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あれから俺は、風パイをやめた。
つい、癖で手を窓の外に出すことはあるが、すぐにあの血塗れの女の姿を思い出して手を引っ込める。
俺にとっては、かなりのトラウマ。
スケベ心にバチが当たったのかもしれない。
…あぁ、でも。
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…血塗れだったとはいえ、美人だったな…。
バチが当たっても、男ってのはスケベ心を捨てられない生き物なのである。
心霊話の怖い怖くないは置いといても、同じ男として共感してもらえたら俺は嬉しいかな。
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…なんて、共感するわけないか、やっぱ。(笑)
会社の同僚とかに話しても、なんか笑われたしな。
風パイの感覚と、捨てられないスケベ心だけは理解してもらえたが。
まぁ、それだけでも良しとしよう。
[おわり]
作者ゼロ
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
十物語、第四夜は男性にしか分からない感覚のお話のような気がしました。
私も旦那さんの車の運転で試してみましたが、風パイがどう女性の胸に感じるのか、良く分かりませんでした(^_^;)
ちかみに、旦那さんは「分かる」と言ってます。(笑)