しばらくすると、谷岡が呼び出していた『専門家』がアパートに着いた。それほど年齢が高そうには見えない。40代半ばぐらいの男性であろうか。
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専門家「初めまして、山崎と申します。谷岡さんのご要望でこちらに参りました。」
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名前は山崎と言うらしい。どの筋で知り合ったのかは分からないが谷岡とはとても交友的に話をしている。
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俺「あの、俺達はどうなってしまうのですか?」
山崎「それは私にもよく分かりません。ただかなり危険な状態である事は確かです。あの屋敷の術をなんとかして解かなければあなたの友人の生命も危ぶまれます。」
そう俺に言ってから、スッと立ち上がり光宙と冠の方に向かった。どうやら俺が
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【中身】
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を見ていないと気付いたようだ。
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山崎「あなた方はあの屋敷の俗に言う【中身】を見てしまったようです。俺さんよりも深刻な状態です。すぐに術を解きましょう。」
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山崎は大きな鞄に入れていた紙を取り出し、何やら唱え始めた。
しかし、2分くらい経ったところでそれをやめると、深くため息をついてこう言った。
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山崎「かなり古いタイプの強力な術です。並大抵の方法では解けませんね。」
俺「じゃあ、どうすれば良いのですか?」
山崎「一旦、俺さんと谷岡さんには退出していただきます。そうしてから、普段滅多に行うことのない特別な方法を用いてこの術に対処させていただきます。何時間掛かるか分かりませんので、終わり次第谷岡さんの携帯電話に連絡を入れます。それまで、出来ればこの街から離れてください。もっと言うならば、なるべく人の多いところでお願いします。そして…」
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山崎「何か不思議なことがあったとしても、それに惑わされないようにしてください。」
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何やら山崎は特別な方法を使うらしい。言っていることの意味はよく理解できなかったが、俺と谷岡はすぐさまアパートを後にして山崎の言う通り隣町の繁華街に出向いた。
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俺「谷岡さん、本当に有難うございます。あなたに出会っていなければ本当にどうなっていたか分かりません。」
谷岡「礼を言うなら山崎君に言ってくれ。今頃出来る限りの事をしているはずじゃよ。」
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俺と谷岡はそんな会話をしながら繁華街を見て回り、少し外れた道の途中にある谷岡の行きつけだという喫茶店に入った。
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ーいらっしゃいませ。
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谷岡「マスター、また山崎君にお世話になったよ。」
マスター「彼には私も幾度となくお世話になったねぇ。彼に会えて良かったよ。それまで私は見えてしまうもんだからどうしたいいものかと悩みましたよ。おや、君は最近何かあったようだね。」
俺「よく分かりますね。」
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その店のマスターは霊感が強いらしく、見えてはいけないものも沢山見えるらしい。そんな時に店に来ていた山崎に出会い、それ以来マスターや客の良い相談相手になっているそうだ。
ゆったりとコーヒーを味わっていると、突然谷岡の携帯電話が鳴り出した。
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sound:32
「チリチリチリチリン」
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sound:32
「チリチリチリチリン」
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sound:32
画面を見ると、【非通知】とだけ表示されている。
マスターの方を見ると、ゆっくり首を横に振っている。
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マスター「やめておきなさい。それは求めている知らせの一報ではないですよ。」
マスターは何かを感じたようだ。
俺「山崎さんも警鐘を鳴らしてましたし、やはり無視しておきましょう。」
谷岡「そうじゃな。」
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少しくつろいだ後、俺と谷岡は会計を済ませて店を出た。俺はちらっと空を見上げた。
すると、空が一瞬だけ黒く染まって見えた。
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『惑わされないように』
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山崎の一言と、その時の真剣な眼差しを思い出した。
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俺「(惑わされるな!俺。)」
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それからもいくつか不思議なことが起こったが俺は山崎の教え通りに、無視し惑わされないようにした。
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俺と谷岡がアパートを出て7時間が経った。谷岡の体力的にもこれ以上街を見回っているのは無理があった。明るかった周囲も暗くなり俺と谷岡が今後どうするかと話し合っていると、谷岡の携帯電話が鳴った。
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sound:32
「チリチリチリチリン」
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sound:32
「チリチリチリチリン」
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sound:32
画面には【山崎君】と表示されている。
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直ぐに谷岡は電話に出た。
谷岡「もしもし、山崎君かね?」
山崎「はい、残念です。結果は失敗に終わりました。今後の話をします。屋敷の前まで来てください。」プツッ
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俺はその会話を聞いて悲しみを覚えると同時に違和感を感じた。それは谷岡も同じだったようだ。勿論その番号は山崎のものである。声のトーンや話し方も確かに山崎だ。だが俺と谷岡には腑に落ちないところがあった。
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sound:18
谷岡「何故わざわざ屋敷に呼び出すのじゃ?おかしいのぅ。」
俺「確かに変です。あの山崎君がわざわざ危険な場所に私達を近づけるでしょうか。」
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俺と谷岡は電話の内容を無視し、近くのビジネスホテルで一泊する事にした。その日の夜はぐっすりと眠ることができた。
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翌朝、俺はいつもより早く起床した。窓の外をのぞくと黒い雲がかかる光宙と冠のいる街が見えた。ぞくぞくとしたその瞬間、黒い雲はふっと消え去った。その時、
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sound:14
「トントン」
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ドアをノックする音が聞こえる。
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sound:26
「ガチャ」
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俺はドアを開けた。そこに立っていたのは喜びの表情を見せた谷岡だった。
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谷岡「たった今電話が入ったわぃ。成功したらしいぞぃ。」
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俺と谷岡はチェックアウトを行い、光宙と冠のいるアパートへ向かった。
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山崎「やっと成功しました。これで2人は無事です。どうやら2人は身体をピンポイントで狙うタイプの古典的な術にかけられていたようです。」
はじめに見たあの庭のマークの付いた石像は、どうやらその術をかける際の道具だったらしい。また、山崎がこの件で谷岡に電話を入れたのはこれが一回目だという。
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喜ぶ友の顔を拝むことができた。
光宙「やったぁ~!これで死なずに済むんだ。」
冠「色々と貴重な経験だったよ。僕も再スタート頑張るよ。」
俺「良かったなぁ!俺も嬉しいよ。」
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光宙はその後結婚し、今では幸せな家庭を築いている。
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冠も、ベンチャー企業を立ち上げて成功を収めた。
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俺は、あまり変わらぬ生活を続けている。変化したことは、バイトをやめて就職した事ぐらいだろう。谷岡や山崎も元気に過ごしているらしい。
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ただ、まだ気になる事はある。一体あの失敗を知らせる電話の主は誰だったのだろう?
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あの屋敷は、未だひっそりと山の上から街を見下ろすように建っている。
【完】
作者乳酸菌
果たして『専門家』とは…?
前作http://kowabana.jp/stories/26272