私はとても、父が大好きな、いわゆるファザコンでございました。
中学に入学した日、
『もう、お姉さんだから。お風呂は1人で入りなさい。
大きくなってお父さんとおふろ入ってるなんて、友達におかしく思われる。』
と言われ、
私は激昂し…、
『何で、お父さんの子供なのに、お風呂入って他人に笑われないといけないのッ!そんなことで笑ったり、からかう様な友達なら、こっちから願い下げッ!』と、
泣きながら父に食ってかかり、
中学生にもなって、父の膝に頭を乗せ泣き叫ぶ私を見兼ねた母が、
『外であまり、言うんじゃないよ。』と言い、
うんうん頷きながら父の首にしがみ付くほどの…、
ファザコンでした…。
ある日の夜、
私はテスト勉強の為、日が回る時間まで起きていて、
ラジオを付けていたのですが…、
カリカリッ…、カリカリッ…、と
ラジオのスピーカーのところから、
音が聞こえてきました。
それは、ラジオの乱れた時の音などとは違い、
ラジオの裏から、何かがこちらに向かって、
スピーカー部分を、引っ掻いている様な音でした…。
何よ、この音…。
何で、こんな音がラジオからするのよ…。
カリカリッ…、カリカリッ…、
まったく、要領を得ない状況に、私は怖いというよりも
何か大きな虫が入り込んだのかと思い、
ラジオを持ち上げて、あちこち見たのですが、
穴が空いていたり、音を立てられる程の虫の入る隙間などありません。
えー?何の音ダァ?
持ち上げている間、ひっ掻く様な音がしなかったので、
私は、自分の耳を、スピーカーにくっつけてみました。
ガリガリガリガリガリ…ッ…!
ビックリして、耳から離し、ラジオをベットの上に放り投げると、
ひっ掻く音はパタリとやみ…、ラジオからは電波の悪い雑音混じりの音で、当時の人気歌手の歌が流れてきました。
この時になって、やっと、気持ち悪さから怖さが湧いてきて、
私は父の寝る部屋に行くことにしました。
電気もラジオもそのままで、父の部屋に行き、
『お父さぁ〜ん』と言いながら、襖を開け様とした時、
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…ガリガリ、ガリガリガリガリ、
ガリガリガリガリガリガリガリガリ…、
父の部屋から、
襖をひっ掻く音が聞こえました。
なぜか、先ほどまで、私のラジオで引っ掻いていたものと同じ音だと分かりました。
上に、下に、右に左に…、
音は縦横無尽に、移動していきます…。
そして、たまに、
『ウー、あー、う〜…』と
父の唸る様な声が聞こえてきます。
何よ!怖いってば!
私は、部屋に入るには入れず、どうしたら良いのか、
その場で動けなくなっていて、
ずっと、襖を隔て、
ガリガリ…ガリガリガリガリ…ガリガリ、
と何かがひっ掻く音と、
父の低く唸る声を聞いているしかありませんでした。
母を起こそうか…、足を動かしたその時…!
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shake
『しっつこいんだ!テメェはッ!バカ野郎が、コノォッ!』
父の怒鳴り声が聞こえて、私は驚いて襖を開けて、
『何よッ!何よッ!』と
父にしがみつきました。
父は、布団の上を両手でバンバン叩きながら、
『出てくんなッ!二度と来んなッ!』と
大声を出しており、私は私で、父にしがみつきながら、
『何よッ!何よッ!』と
泣きながら言い続けていましたが、
『お父さんッ!』
大きな聞きなれた声に、私も父もハッとそちらを向くと、
そこには、鬼の形相の母が立っていました。
その時になって、父は初めて私がいることに気づき、
『何だよ、お前、どうした?!
なんかあったのか?!』と、
息を切らした声で聞いてきました。
私は、部屋で起きたこと、怖くてお父さんと寝ようと思ってきたら起きたさっきまでの出来事を話し、
ワァワァと、泣き出しました。
父は私の話を聞いて、
また、
う〜…と唸り声をあげています。
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『自業自得ですよね、あなたが、自分の可愛い娘に、怖い思いをさせてんですよ?』
母が冷ややかな声と目で、父を見ながら言いました。
父は、母を見て、私を見て…、
『あー、クソォ。
…悪かった。』と、
言いましたが、私はなぜ父が謝るのかもわからず、
何に対して謝っているのかもわからず、
母は父の言葉を聞くと部屋に戻ってしまい、
父は、はぁーッと大きくため息をつき、
心底疲れた顔をしていました。
私はとにかく、父にくっついて、怖かったことを忘れたくて、泣きながらいつの間にやら眠ってしまった様でした…。
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それから年月が経って、私が少し大人になって、
ふと、あれって…と母に聞くと、
母は苦笑いしながら、
『お父さんに聞きなさい。』と言いました。
父に、
あの変な音のした夜のことを覚えてる?
と聞くと父は、
『なんだよ、今更ぁ〜。
勘弁してよ、覚えてるよ。』と言うので、
あれって、なんなの?なんでお父さんが謝んなきゃいけなかったの?
と聞いた私に、
父は、
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あれ多分…、いや、多分じゃなくて、
『お父さんが、外で付き合ってた女だわ。』と言いました。
私は、
『えっ?』としか言えませんでした。
母に、外でのオイタがバレた父は、
『別れないなら、にゃにゃみにチクります…。』と言われ、
子供を連れ、離婚されると思い、
彼女さんにお別れをしたそうなのですが、
それから、職場の方にいたずら電話などもかかってくる様になっており、
さすがの父もどうしたものかと思っていた矢先の出来事だったのです…。
なんで私のところに、ガリガリ…しに来たのよと聞くと、
『やっぱり、俺は家族が好きだし、
長女は、何よりも誰よりもお前よりも、すごく大事で可愛くて、これ以上は裏切れない。』と、
最後にそう言ってお別れしたのだと言いました。
しばらく、何も言えずに突っ立っていましたが、
『…上手くやれよォ〜、お父さんよぉ〜。
本当に怖かったよ、あれぇ〜』と
私が今更へたり込む姿を見て、
父は…、
ガハハハハハハッ!と笑って、
『スマン!スマン!』と、
顔を赤くして笑っておりました。
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事の真相を知った後、私は…、
特にファザコンが無くなることもなく、
腹がたつとかそんな感情もなく…、
逆に、私が大事で大切に想うと、家に帰ってきてくれた事を嬉しく思っています。
でも、相手の方は、
縋ってでも、自分の姿を変えてでも、父を離したくは無かったのだと思うと、
上手く表現できませんが、胸が少し苦しくなります。
父を好きな私と、父という男が好きだった彼女と、
意味合いは違いますが、
人間として好きというと、彼女と私は同じなのではないでしょうか。
大好きな人に、お前よりも…と言われて、
少しくらい怖い思いさせてやろう…、
そう思ったのかしら?
彼女の気持ちを理解するわけではないのですが、
全て彼女が悪いとも言えない…、
思い出すと、妙に、悲しい気持ちになる、
そんな出来事でした。
作者にゃにゃみ
私と父の…、
体験談です。