ある女がいる。
女は大学生で、たまに本屋でアルバイトをしている。小さいが綺麗なアパートに一人暮らししており、交際している相手はいない。
触ると壊れてしまいそうなほどの体の細さで、身長も周りに人がいるとたちまち見失ってしまうほどの低さだ。艶々した栗色のショートカットが歩くたびに揺れる。恐らくこの手の女性を好む人は少なくないだろう。
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ある日の午後、女はアルバイトのため家を出た。いつもの時間に出遅れてしまい少し急ぎ足でアパートの階段をかけおりる。その途中、女はふと後ろを振り返った。が、何もない。
女は首をかしげてアルバイト先へと急いだ。急いでいるにもかかわらず、日課なのかアパート前の空き家に必ず花を添えている。
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女はアルバイト先の店長に、最近アパートの様子がおかしいと相談した。誰かに見られているようだ、と。
店長は女を心配し、シフトよりも早めに帰るよう促した。女は喜んでそれを受け入れた。
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アルバイトからの帰り道にある小さな公園で、女は友達と電話した。とても親しい友人で、理想の男性の話に花が咲き、公園のブランコに座り長い時間話し込んだ。
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一時間くらい経っただろうか。気の済むまで話し終えた女は結局帰る時間が遅くなってしまった。薄暗い中とぼとぼと歩く。
やはり気にしているのか終始周囲をキョロキョロと見回している。女がアパート付近に近づいたその時、異様なモノが女のアパートの屋根にいた。
あれは、肉片と言うべきだろうか。頭も腕も、胴体と思われる部分にバラバラにくっついている。なぜ頭とわかるかというと、長い髪の毛が申し訳程度にはえていたからだ。
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その肉片は、髪を振り乱しながらくちゃっくちゃっという音をたてて屋根の上を四つんばいのような格好でゆっくりと女のほうへ移動している。
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女は嫌な気配を察しているのかアパートの前でピタっと立ち止まった。あたりをキョロキョロと見回している。女が危ない。
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毎日女の後をつけてアパート近くの空き家から見ていた僕は、思わず外に飛び出した。彼女が好きだった。ストーカーと言われるかもしれない。でも好きなんだ。
僕は女に向かって叫んだ。ダメだ!入っちゃいけない!
乱暴に女の腕を掴み、僕はアパートと逆の方向へと走った。
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あれ?…おかしいな。
女がいない。振り返ると、女はまだアパートの前でキョロキョロしている。肉片はもう少しで女へ迫ろうとしていた。
ったく何してんだよ!くそ!
僕は少し苛立ちながら女のもとへ戻り、もう一度腕を掴んだ。
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…ツカメナイ。
ナンデ?
僕は頭の中が真っ白になった。状況が理解できない。僕は、ふとさっきまで自分がいた空き家を見た。
そこは、空き家どころか柱しか残っていない朽ち果てた土地だった。そこに添えられた花が目に入った。毎朝、女が置いてた花だ。
その瞬間、僕は全てを思い出した。
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3年前、僕の家は火事になった。僕はその日彼女と会うために必死に髪の毛をセットしている途中だった。
完全に母親のミスでガスを出しっぱなしにしてしまい、親父がタバコを吸ったと同時に爆音が耳と脳へ突き抜けた。と共に、家の中の物という物が全て外へ吹っ飛び、家族全員からだの半分以上が焼け爛れた。本当に情けない家事だった。
そうだ…あの日、僕たち家族はこの世を去ったんだった。
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そして、今僕の前でキョロキョロしているこの女こそが僕の彼女だった子だ。これが僕の未練だからこうして成仏できずにいるのか。
…近づかせない。あんな肉片に絶対近づかせるもんか。守ろう。死ぬ気で。
いや、もう死んでるけど絶対に僕が守ってみせる。そう決心して肉片がいた屋根の上に目をやると、肉片の姿は無くなっていた。
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彼女は肉片も僕も見えていないようだが、何か感じるらしく、肉片の気配が去って安心したのか、アパートの階段へと歩き出した。
僕は安心して、もともといた空き家に戻ることにした。見守るだけでいい。幸せになれよ。感傷に浸りながら彼女から目を離し、空き家のほうへ振り返ると、触れるすれすれの距離にあの肉片がいた。
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カカ…カカカカ…
肉片は僕を腕のような部分で縛り付けてくる。最初から狙いは僕だったのか。
いくら自分が死んでるとはいえ、意味不明な肉片には恐怖を感じた。どう抗おうかと考えていたその時、
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カ…カカ…ゴハ…ゴハン…タクチャン
…ゴハン…オムライスキョウ…カカキョウ…オムライス
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僕はすぐにその肉片がなんなのか悟った。
…そうか。どうしてそんなふうになったの…?苦しいよね。痛いよね。
僕も同じになれば楽になる?
肉片は、変わらず僕を締め付けてくる。
…わかったよ。母さん。
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僕はそのまま、抵抗することなく、
肉片にズルズルと引き込まれた。
彼女が幸せでいてくれる事を願いながら…
作者杏奈-3
今、長いお話を手探りで書いておりますが、ちょっと気休めに…