【神火地鈴】
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大きな翼を天に広げて、1羽の烏が僕達を導いている。
優雅だと、讃えたくなる様な美しい飛びっぷりだが……着いていく羽無き僕らの道行きは、全然美しくない。
老人が2人に病んだ子供が2人、平坦とは言えぬ上り坂を行くのだから大変だ。
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息が切れる……汗が吹き出る…体が…焼ける様に……熱い…
それでも弱音を吐く訳にはいかない。
祖父は自力では動けない妹を背負っているし、祖母は何故だか家から持ち出した、風呂敷包みを抱えている。
両親が留守の今、僕まで甘える余地はない。
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もうすぐ目的の神社へ続く、石段が見える筈だ。 僕は歯を食い縛って、走り続けた。
不意に背後から、ぞわりと背筋を撫で上げる様な悪寒を感じる。
振り返るべきではない…
頭では分かっていたが、ガラガラともゴロゴロとも聞こえる重低音が気になり、肩越しに背後を見やってしまった。
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大きな車輪の様な物が、僕らの後を追う様に転がっている。
…………禍々しい…けれど神々しい…
ギィ嗚呼ああああああ!!!
魅入られる事を警告するかの様に、烏が上空から鋭い鳴き声を上げた。
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「ほら、もっと急いで走らんかえ!」
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若い頃、水泳で慣らしたという元アスリートの祖母が、走りながら僕たちに喝を入れてくる。
「はい!」
僕は神社を目指し、無我夢中で走った。
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ようやく月明かりに照らされた、白く輝く石段が見えてきた。
(ここを登れば境内だ。)
僕は心臓が爆発して口から飛び出してしまいそうになる感覚に襲われながら、全速力で石段を登った。
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やがて、石段を軽々と二段飛ばしで駆けのぼる祖母の背中の向こう側に、注連縄の様な物が巻き付けられている一角が見えた。
結界だ!
あの中にさえ入れば!
そう安堵した拍子に、ブエル神の眼を見てはならないと思いながらも、思わずまた振り返ってしまい、僕は目を剥いた。
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妹を背負いながら這々の態でいる祖父のすぐ背後まで、目を爛々と光らせた獅子面が迫っていたのだ。
今にもその伸ばした獣の長い脚が妹にかかりそうになっている。
「危ない!!」
思わず叫んだ。
同時にブエル神の眼が異様な光を見せ、僕は楔で足を縫われたようにその場から動けなくなった。
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すると、今頃になって背後の異変を感じ取った祖父が、素早く懐から黒風鈴を取り出し、鳴らした。
チリーン。
ひときわ涼やかな金属音が、夜のしじまに響き渡る。
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(ヌウウウウ....)
その時、紅く輝く二つの目をまぶしそうにゆがめて、ほんの一瞬だがブエル神の追及の手が緩んだ気がした。
瞬間、僕の足も自由を取り戻す。
その隙に、なんとか僕たちは境内に張られた注連縄の中に走りこんだ。
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チリン、チリン、チリチリチリチリチリチリチリチリ!!!
すると、注連縄の四隅に立つ竹の柱に括り付けられていた鉄風鈴達が、何かに呼応するかのように一斉に鳴り始めた。
注連縄が電流を帯びたように青白く輝いた時、ブエル神がふとその動きを止めた。
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(・・・小童どもめ、どこへ消えた!)
先ほどまで祖父の背中で苦しむ妹を見据えていたブエル神が、今はまるで獲物を探すかのようにギョロギョロと暗闇を見回している。
……見えていないのか?
僕は思わず口をふさいだ。
ブエル神の眼を見ないように、視線を足元に落とす。
僕の目の前を、獣の脚がゆっくりと通り過ぎる。
と、獅子面の口がカバリと開き、とんでもない大音声で咆哮を上げた。
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( ぐわおわあああああ!!!)
辺りの空気がびりびりと振動し、僕たちは風圧で吹き飛ばされそうになった。
木々がざわめき、潜んでいた鳥たちがギャアギャアと叫びながら逃げ回る。
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カアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
すると、それを更に上回るかのような八咫烏と思しき、ひときわ神々しい声が上空から降ってきた。
(・・・チッ)
ブエル神は忌々し気に上空を見やると、ばっ!と獣の脚を蜘蛛のように広げ、元来た石段を降り始めた。
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ブエル神が去った境内には、上空からのバサリ・・・バサリという烏の羽音だけが残された。
やがて、旋回していた巨鳥は徐々に徐々にと高度を下げながら僕らの前に舞い降りてきた。
僕はこの時、初めてはっきりと烏の姿を目の辺りにした。
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その姿は6枚の羽根と3本の足を持つ異形で、闇のように漆黒でありながら尚、神々しかった。
烏は僕たちがいる結界の向こう側へと翼を広げながらゆっくりと着地した。
すると体から突如黒い光が放たれ、次の瞬間には一人の人物へとその姿を変えていた。
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もう何を見ても驚かないだろうと思っていたが、やっぱり驚いてしまった。
年の頃は高校生ぐらいだろうか?
艶めく黒髪とは対照的に、抜けるような色白の肌をしている。 そのすらりとした姿は幾分女性的な印象を受けるが、どうやら男性らしい。
僕はまたいつも観ているアニメを思い出しながら思った。
『 事実は二次元よりも奇なり 』
僕の中で新しい名言が生まれた事を知ってか知らずか、彼は僕たちに…
いや、正確には祖母に向かって軽く右手を上げた。
「やあ!」
まるで鈴のような、心地良い音色の声が境内に響く。
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「久しぶり。ずいぶん年を取ったね」
祖母は僕たちの前に立ったが、その表情までは窺い知れない。
「ふっ……八咫蔵人大神に畏み畏み申す。
あんた久しぶりに会って最初の一言がそれかい?コノヤロウ!」
祖母が口を開いた。
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彼は切れ長の目を糸のように細め、喉の奥だけで「クックッ」と笑った。
「相変わらずだね」
「・・・あんたこそな」
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祖母の肩が少し震えているように見えるのは気のせいか?っていうかそれよりも・・・・・・
「えええ!??」
僕は思わず声を上げてしまった。
「お婆ちゃん、この人と知り合いなの?どういう事?」
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「ググレカス!」
祖母はポケットからiPhone5sを取り出すと、僕の方へと投げてきた。
やはり詳しく教えてくれる気は無いようだ。
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「えーと、やたがらす、やたがらす…」
僕は仕方なく、震える手で必死に画面をタップした。
しかし、不思議な事に何度やっても矢田亜希子がトップ画面に出てくる。
「誰だよ矢田亜希子って!」
僕は心を落ち着かせて、もう一度ゆっくりと『や、た、が、ら、す、』と、丁寧にグーグルの虫眼鏡に打ち込んだ。
矢野兵藤
「…………!!!」
僕は気分が悪くなり、思わず携帯を放り投げた。
「いやいや何だよ矢野兵藤って?!もう「や」しか合ってねえし!」
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「お、お前はなんて事をする!こないだ機種変したばっかりなんだぞこの馬鹿もんがー!」
祖母が慌てて僕の投げた電話を拾いに走る。
するとそれを見ていた少年がクスリと笑い、僕はその笑顔にドキッとしてしまった。
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「ははは、君面白いね、確か君は湯花(ゆば)姐のお孫さんだよね?
こうして見ると、怒った顔なんて若い頃の湯花姐そっくりだ!」
そう言うと、少年は大きく笑った。
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「笑い事じゃないよあんた!あーあ、角に傷が付いちゃった…」
祖母が持っていた風呂敷袋の端で、丁寧に携帯画面を拭いている。
「ははは!」
明るく笑う少年に釣り込まれて何となく雰囲気が明るくなったその時…
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あの不吉な、何かをゴロゴロと転がす様な重低音が響いてきた。
「奴が戻って来たぞ!」
祖父が暗闇に目をやる。
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(ふふふ、結界とは用意の良いことだな。
だが、八咫烏がここに降りたということは、いずれお前達もこの辺りにいるということよ… )
聞き覚えのあるブエル神の声が響く。なんてしつこい奴だ!
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(少々作戦を練り直させてもらった。さて、お楽しみはこれからじゃて。)
僕らが見えてない筈なのに、なんであんなに自信たっぷりなんだ?
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と、辺り一面に奴の大音声が響き渡った。
( さあ目醒めろ地霊達よ!思い出せ!そこな大鴉はヤマトの手先ぞ!!)
途端に祖父の持った風鈴が、激しく鳴り始めた。
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チリンチリンヂリンヂリンヂリリリヂリリリリリリリリリリリリリリリリリ━━━━━━━━━━!!!
澄んだ美しい音を奏でていた風鈴は、今や火災報知器のようにひたすら不安を煽るようなけたたましく耳触りな音をたてている。
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結界に吊るされた他の風鈴達も、一つ、また一つと共鳴し始める。
「ま、まずい!!」
上ずった声で祖父が叫ぶ。
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と、目の前の少年に異変が起きた。
その端正な顔に苦悶の表情を浮かべながら胸を押さえている。たちまち呼吸は早くなり、がくりと膝をついてしまった。
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「矢田君!」
殆ど悲鳴に近い叫びをあげながら、祖母は少年に駆け寄り「しっかりして!」と、少年の背中を必死にさすり続ける。
「この…卑怯…者」少年には、そう絞り出すのがやっとだった。
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(ふふふ、もともとこの地は、はるか昔にヤマトの軍勢に攻め滅ぼされた国津神の地よ。
その為に流された幾千の者達の血を吸い込み、二千年を超えるヤマトへの恨みを抱いてこの地を護ってきた地霊達と征服軍の道案内役だった八咫烏とは、そもそも敵同士の間柄。
所詮は相容れぬのじゃ。
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そしてここで産出する銅や鉄は、地霊の恵みそのもの、謂わば地霊の分身よ。)
またもやブエル神の大音声が響き渡った。
(地霊達よ目醒めるがいい!ヤマトへの恨みを忘れたか!
我と共に戦え!まずは、その大鴉めを血祭りにあげるのじゃ!)
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少年の苦悶の表情は、ますます強くなり、見る間にもとの大鴉の姿へと戻り始める。
「矢田君!気をしっかり保て!死んじゃだめじゃ!」
烏の姿に戻っても、祖母はその身体を賢明にさすり続けている。
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少年が苦しみもがく度に羽毛がごっそりと抜け落ち、黒い吹雪になって宙に舞う。
「わっ!」思わず祖父が風鈴を放り出した。
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見ると、けたたましく振動する風鈴が、赤熱していた。
結界に吊るされた他の風鈴達も高熱を発し始め、糸が焼け切れて次々と注連縄から落下していく。
そして、糸を焼いた火は注連縄に燃え移り、辺りには焦げ臭い匂いと煙が漂い始めた。
「結界が!」
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(はっはっは。お前達の姿が見えてきよったわ!結界が緩んできたか?
どうやら抱え込んだ風鈴が、仇となったようじゃな!)
勝ち誇るブエル神の哄笑に被って、神経を逆なでする鈴の音が鳴り続けている。
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ヂリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ
( 思い出したか八咫烏よ。ワシをあんな狭い場所へと追いやりおって!忘れたとは言わせぬぞ。
例え幾百、幾千と時が流れようとも、あの屈辱だけは忘れはせぬ。
今度こそ主の息の根を止め、ここら一帯を恐怖で支配してくれる!!)
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地鳴りとも思える咆哮が響き渡る。
(見るが良い、愚かな人間よ!何代生まれ変わろうとも、子々孫々繋ぎ続けようとも、お前達の浅ましい私利私欲にまみれた心は、何も変わりはせんのだ!)
その時、ブエルの口から黒い霧が吐き出され、利也達を瞬く間に覆い尽くした。
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.......
.......
漆黒の闇。
どこからか、ひたひたと足音が聞こえてくる。
目を凝らしていると、やがて薄っすらと周りが見え始めた。
そこには、僕の祖父、祖母、椎名もいた。
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そして、お互いがお互いの存在に気付き、声を掛けようとした時、目の前で腹を膨らませた若い女が膝まづいた。
「ブエルさま、ブエルさま。どうか、どうかこの子が、無事に生まれて来ますように。
どうか健やかに育ちますように。」
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女性は手を合わせて泣いた。
「あっ!この人はさっき爺ちゃんが話してくれた。。。」
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すると、暗闇に眩いばかりの真っ赤な閃光が走り、その刹那、女性は気を失ってしまった。
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霧が濃くなり、辺りは再び闇に包まれた。
…
「おあああ〜おあああ〜」
これは、猫の鳴き声?
「せっ!先生!!」
『なっ、なんだこの赤ん坊は!!』
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霧が晴れて僕達が見たものは、全身が赤黒く焼け爛れたような皮膚を持つ赤ちゃんを抱いた産婆と、恐怖に慄いた顔でそれを見つめる医師。
そして―。
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「なっ、なに、この子!いやっ!いやあああああああああ!!」
絶叫と共に、ショックで絶命してしまった母親だった。
…
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利造と名付られたあの赤ん坊は、歳と共に爛れていた皮膚も正常に戻り、ごく普通の子供として成長し、成人を迎えた。
当初、村人達はブエル様の呪いだと怯えていたが、利造の成長を見て呪いは解かれたのだと思うようになっていた。
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だが、事実は違っていたようだ。
利造といつも行動を共にしていた雁之助の後ろに、不気味な黒い霧が立ち込めているのを僕達は見逃さなかった。
ブエルは既に、雁之助の人格を奪っていたのだ。
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雁之助は利造をそそのかし、登り窯に身を乗り出して覗き込んだ所をつき飛ばして火を放った。
事件を知った村人達はすぐさま雁之助を隔離したが、その部屋に利造の姿を模写したブエル神が現れ、周りの物は燃やさずに「人体発火」という手段で雁之助だけを焼き殺したのだ。
ブエルの怒りは尚も鎮まらず、その牙は村人達にも襲いかかろうとしていた。
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するとそこへ一人の老婆が現れ、ブエル神の前にひれ伏し、叫んだ。
『ブエル様!どうかお怒りをお鎮めください!お鎮めくだされば、村で一番若くて美しい椎を、椎を貴方へと差し出しましょう!』
どよめく村人達。
蒼白になる椎。
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「ゆ、湯花様!それはあんまりです、私は嫌で御座います!」
『椎!お前一人の命で、村が助かるんだ!黙って言う事を聞くんだよ!』
「そ、そんな…」
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ブエルが吼える。
( よし分かった!では3日だ。3日だけ時間をやろう。
その間に覚悟を決め、身を清め、白無垢に身を包み、あの山の祠まで来るのだ。
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万が一にも約束を破れば、村は跡形もなく消し去る事を忘れるな!)
そう言うと、ブエル神はガラゴロと回転しながら去って行った。
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そして、椎が覚悟を決めた災厄の日。
人知れず、石像を村に託したあの青年と死闘を繰り広げているブエル神の姿があった。
戦況は明らかにブエル神が劣勢であり、その姿を三本脚の烏へと変貌させた青年に「ある物の中へ」と封印される形で、闘いの幕は閉じた。
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( おのれ。。。八咫烏め。覚えておれ。。。この恨み。。。決して忘れはせぬぞ。。。)
青年の術に掛かったブエル神は、陣風の中でそんな言葉を残して、消えた。
…
…
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バサバサという風の音に目を開けると、今まさに空高く舞い上がろうとする大きな烏の背中が見えた。
「矢田君!!」
僕は思わず大声を上げた。
しかし、烏は僕の声など耳に無いようで、アッという間に闇の中へと消えてしまった。
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「気付いたかい利也…」
祖母が僕の背中を摩る。
「すまない、椎名は… 奴に連れていかれちまったんじゃ」
「えっ!!」
僕達の周りにはなぎ倒された樹と杭が何本も折れて散らばり、彼方此方に煤だらけの風鈴も転がっている。
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神主さんが地面に描いた三角形を二つ合わせた様なこの結界も、今や何の役にも立たない。
「お前も見たんじゃろ?ブエル神が見せたこの村の禁忌を…」
「うひや!」
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突然、後ろから祖父が話しかけてきたので、僕は変な声を上げた。
「とても信じられん話じゃ、婆さんと椎名、その上お前までもがその昔、この村で同じ時代を生きていたとはの!」
何故か祖父の首から下がスッポリと地面に埋まっている。知らない間に地霊、もしくはブエル神にヤられたのだろうか?
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祖父が祖母に目を向けると、祖母は静かに語り始めた。
「 これで分かったわい、あの時、矢田君に「湯花姐!」と声をかけられて妙に懐かしい気分になってああ言ってはしまったがの…
正直、八咫烏様の化身と顔見知りな訳が無いと思っとったんじゃ。
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だがついさっき、お前らが夢をみている間に、矢田くんが全てを話してくれたんじゃ。
まず、ブエル神を封じ込める為に使った物は大きな穴に銅を溶かし込んで作った、人が何人も入る様な銅製の窖窯(あながま)だったそうじゃ。
だが、封じられる刹那、ブエル神は雁之助の残留思念にある思いを飛ばした。
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時が来たれば村人を操ってこの窯を破壊し、その呪いを持って新しい陶器に姿を移すのだと。」
僕は足元に転がる風鈴を一つ手に取った。
「婆ちゃん、その陶器ってまさかこれ?」
祖母は黙って頷いた。
「なんだ、僕てっきりこの風鈴って鉄で出来てるんだと思ってたよ…うわっ!!」
一瞬、風鈴が不気味に赤く光った様な気がして、僕は思わずそれを下に落としてしまった。
「だからブエル神は恨んでおるのじゃよ。自分を追い込んだ八咫烏様と、約束をまだ果たしていないワシとこの村の者を…」
「そ、そんな!大体もう何百年も昔の話なんでしょ?ブエル神ってなんてしつこいんだよ!椎名を返せ!椎名を返せよーー!!!」
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僕の声は、虚しく闇に吸い込まれた。
「後はもう八咫烏様に祈るしかないじゃろう。もうワシらに出来る事なぞ何一つないんじゃから」
その時、祖母の足元にある風呂敷包みが目に入った。
「でも婆ちゃんにはなんか秘策があるんでしょ?それ!?」
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「ああ、これの事か?おお!忘れとったわい!」
祖母はガサゴソと風呂敷包みを開くと、中からiPadとWi-Fi、そしてそれぞれの携帯用電池パックを取り出した。
「充電が切れたら元も子もないからの!さあ利也、他に何か知りたい事はあるかい?何でもググッてやるぞ!」
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「…………… 」
僕はこの時、生まれて初めて祖母を殴ってやりたいと思った。
しかし今は祖母と口論などしている場合ではない。
ググる?
「婆ちゃん、ブエルの弱点をググれないかな?もしかしたら椎名を助けられるかもしれないし…」
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が...
「利也、弱点が分かったとしても、椎名とブエル神の居場所はどうやって知るんだ?」
祖父の静かだが迫力のある声。
いつでも沈着冷静な祖父の的を得た言葉に、僕はただ項垂れる事しか出来なかった。
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...何もできない
これが夢であればどれだけいいだろう?僕の全てをどうしようもない無力感が支配する。
とその時、声が聞こえた。
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「湯花姐の孫よ、君が挫けてどうする。椎を助けなくていいのかい?」
「矢田くん?」
頭に直接響くその声に反応したのは僕だけでは無かった。
「今、どこだい?ここへは戻ってこれないのかい?」
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祖母が念じる様に問いかける。
「湯花姐、僕はもうかなりの体力を削ってしまった。恐らくあまり長いことも話せないだろう。
今は地霊達のせいで地上へも降りれない。
ブエル神は川上の方へ行った、今ならまだ間に合う。
だが、ブエル神と構える前にまず、社の中にある道具を取って来て欲しい。」
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夢で見た光景が蘇り、震えた。
僕にブエル神と対峙することなんてできるのだろうか?
でも、椎名を助けられる人間は他にいない。
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「必要な道具はなんですか?」
八咫烏は言った。
「湯花姐なら見た事があるかも知れないけど、鳳の間に飾ってある「八咫鏡」を取ってきて欲しいんだ」
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「ヤタノカガミだって!?」
少しの動揺の後、祖母は鬼の形相でiPadとiPhone5sを駆使しながら、物凄い速さでググり始めた。
「はい出ました!八咫鏡(ヤタノカガミ)、又の名を、眞經津鏡(マフツノカガミ)
その昔、マメネヌカドの子供とされる、石凝姥神(イシコリドメ)が造った神器三種の内の一つ。
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石凝姥神は「銅の神様」とされており、また、祭具や矛、金属・鍛冶の神様として今も尚、信仰を集めております。
つまり、銅を産出するこの地域では太古の昔から人々に崇められ、信仰されておるのです!」
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「………… 」
祖母の得意分野が初めて陽の目を見た気がした。
「……湯花姐、そ、その通りだ。今の技術は凄いんだね。」
矢田くんの声が心無しか先ほどよりも震えている。
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「ここの神主様が代々受け継いでこられた、八咫鏡の威力は凄いよ。
ブエル神が容易にこの村を制圧出来ない理由も、もしかするとその鏡の力のせいかも知れない。
恐らく光に弱いブエル神は、強力な八咫鏡の反射光をマトモに喰らうとどうなってしまうのかを知っているんだろう。
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上手くいけば鏡の中に封じ込む事も出来るかも知れない。
さあ早く取ってきて!もう時間がないんだ!」
目の前が少しだけ明るくなった気がした。
もしこの二人の言っている事が本当ならば、ブエル神から椎名を取り戻す事が出来るかも知れないからだ。
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「婆ちゃん!その鏡、僕が取ってくるよ!」
「ああ、任せたぞ!」
「うん!
僕はその場から勢い良くダッシュし、神社の拝殿に駆け込んだ。
そのまま奥へ向かい、安置されている鏡に手を伸ばした。
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しかし・・・
「違う違う!それは只の御神鏡だよ!鳳の間はその奥の部屋だ!!」
矢田君の声が聞こえてきた。
よし、とばかりに僕は通路を迂回して奥の部屋に進む。
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辿り着いた先には、何とも質素な空間が広がっていた。一見ただの物置だ。
どこが鳳の間だよ!大袈裟な名前付けやがって・・・ 焦りもあってかぶつぶつ文句を言ってしまう。
その小部屋の奥手に引き戸らしきものが目に入った。開けてみると中にはからくり仕掛けの観音扉がある。
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どうやら八角形に配置された駒をスライドさせて開くらしい。駒にはそれぞれ漢数字が刻まれており、これを順番通りに配置し直せばいいようだが・・・
「な、何だよ、これ!!」
意外に難しい。
「もう!急いでいるのに!!畜生!! 」
錯乱した頭でからくりを解こうとするが、一向に進まない。
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「それも偽物だよ!それも、引き戸になっているんだ!!」
再び矢田君の声が聞こえた。
「はっ?」
一瞬、面食らったが左から右に動かしてみると、コゴゴという音を立てながら奥の空間が姿を現した。
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そこには五十センチ四方の木箱が安置されており、蓋を開くと古びた銅製の鏡があった。
「これか・・・?」
しかし大きい、直径四十五センチくらいはあるぞ。 聞いてない。
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試しに指をかけて持ち上げようとしてみたが、端っこが僅かに浮いただけだった。
「こんな重いもの、どうやって運んだらいいんだよ・・・」
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思わず愚痴がこぼれたその次の瞬間、鏡が眩い光を放った。余りの眩しさに目をつむる。
「わらわを重いなどと抜かしたのはそなたかえ?」
女の声が聞こえた。
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目を開くと古いシャーマンのような衣装を纏った女がいた。 半透明で透けていながらも、太陽の様な黄金の輝きを放っている。
「あなたは・・どちら様ですか?」
「・・・舐めてんのか?お前」
見るからに高貴な女の口から怒りの声が上がり、切れ長の目がつり上がる。
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どうしよう。怖いよこの人・・・
途方に暮れたとき、再び矢田君の声が聞こえた。
「利也君、彼女は八咫鏡に宿った天照大神の分御霊だよ!!怒ると怖いから失礼の無いようにね!!」
(ええ~? この一見綺麗だけと怖いお姉ちゃんが、天照大神? )
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僕の驚愕の表情を、天照お姉ちゃんはふふん、とばかりに見下ろした。
「そこな小童。ところでわらわに一体なんの用じゃ?」
天照大神の言葉に僕はここに来た理由を思い出した。
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「そうだ!僕の妹が…椎名がブエルに捕まったんです。 お願いです、妹を助けるのに力を貸して下さい!」
僕は必死に懇願した。
だが天照大神はまたフフンと鼻で笑い飛ばし、返事をしようとしない。
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「あの…」
「そなたは何か勘違いしとらんかえ?」
「勘違い?」
「悪いブエルを懲らしめて封印して、妹を助けてはっぴいえんど、そんな事を目論んでおるなら見当違いぞ。
我が身を捧げる事で村を守りたいと申し出たのは椎自身、ブエルはただ契約を履行しようとしておるに過ぎんのじゃ」
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「嘘だ!」
僕は叫んだ。
「なぜ嘘だと思う?そもそもブエル神とはそなたらの心の写し鏡、信仰心の持ちようでは神にも魔神にもなるのじゃ。
現に病を癒し、地霊を鎮めておった時もあったではないか。
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呪いを願い、碌に祀らず、祟りを畏れ、今また契約を反故にせよと申す。相手が西洋魔神でなくとも怒れてこようぞ、ん?」
僕は黙ってしまった。
椎名が村の為に身を捧げる事を望んだ?
「それでも…」
僕は声を振り絞った。
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「それでも僕は椎名を助けなくちゃいけない!」
天照大神はすくと立ち上がった。
「まだ言うか!!魔神との契約を反故にすればその魂は永遠に焼かれ再生も叶わぬ!
そなたは二度と現世に戻れずに時が無くなるまで黄泉の世界を彷徨う事になるやもしれぬのだぞ!それでも良いのか!!」
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僕は唇を引き結んだ。迷いはなかった。
「椎名…だけは…」
僕と天照大神は暫く見つめ合った。
長い沈黙の後、天照大神はふうと溜息をついた。
「仕方がないのう、ならばわらわの鏡(体)を動かしてみせよ。今の言葉に一点の曇りも無ければ動かすことも叶おう。
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だがほんの僅かでも噓偽りがあらば、そなたは未来永劫その身を焼かれ、雁ノ助が如く彷徨い続けるが… それでもよいか?」
僕はゆっくりと頷いた。
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「八咫蔵人、見届けよ。見事この小童がわらわを動かした暁には、わらわとそなたの力もて、見事ブエルを鎮めてみせよ」
「仰せのままに」
矢田君の声が聞こえた。かすかに「やれやれ」といった響きを含んでいる気がした。
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僕は鏡に向かって進んだ。
鏡に手を掛け、両の手に力を込める。
(椎名、今迄何もしてあげられなくてごめん)
足を踏ん張り、息を深く吸った。
(でも今度は、今度だけは…)
僕は一気に鏡を上に向かって引き上げた。
「うおおおおおおおお!!!!」
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鏡はヒョイと持ち上がった。
「かっる!」
僕は思わず呟いてしまった。
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「そうじゃろー?はははははははは!」
拍子抜けした僕の裏返った声を聞いて、天照大神は神様らしからぬ大笑いをした。
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…神様って人間よりも人間くさい。
と、僕がまだ幼稚園くらいの頃に、大学で民俗学の教授をしていた父が話していたのを思い出した。
今思えば、この手の怪奇現象やらおどろおどろしい昔話は、父の方が得意だったな。
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「…人間というのは、神々が創りたもうた時より傲慢で身勝手な生き物に成り下がってしまったが、お前のように誰かを想い、善きことを成そうとする人間もまだまだいるのだな」
天照大神は優しく目を細めて僕を見た後、元の厳しい表情に戻って「さぁ、行くがよい。お前を待っている者の元へ」と言った。
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僕は頷きながら、鏡を胸にしっかりと抱きしめた。
「さあ、八咫蔵人よ、そなたが導いてやるがよい。そしてしかと見届けよ!この物語の結末を!」
天照大神の声に、どこからか羽ばたきの音が聞こえた気がした。
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それと同時に目の前が真っ白な光に包まれ、次の瞬間にはもう天照大神の姿は見えなくなっていた。
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「…ありがとう、神様!」
僕は小さく呟いて、社を出た。
(…待ってて、僕の大切な妹…椎名…!)
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…
八咫烏に導かれながら、椎名が連れて行かれたという、川上にある祠を目指してひた走る。
途中、木の根や張り出した枝に躓き転んだりもしたが、天照大神様から預かった【八咫鏡】だけは、必死に守り抜いた。
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(利也君、見えてきたよ)
また、八咫烏の矢田くんの声が頭に直接響いてきた。
それにつられるように、僕は走りながら前を見据えた。
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(ー祠だ。ー)
見た目は僕の身長と同じくらいの高さで、思っていたよりも質素な造りをしている。
おそらく長い間、人の手を入れてなかったのだろうか?ボロボロとまではいかないまでも、酷く荒れ果てている。
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西洋の悪魔とはいえ、一度は村を救ってくれた「悪魔神」に、こんな扱いをしていたら祟られるのも頷ける。。。
一瞬そう考えたが、すぐに頭を振って打ち消した。
(ーだからって、椎名が取られても良い理由になんかなるもんか!ー)
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僕は胸に抱えた八咫鏡をギュッと握りしめた。
立派な神社ではなくこんな所に祀っていること自体が、村人のブエル神に対する本音が見えてくるような気がした。
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そして今、扉上部の格子状の隙間からは、どす黒い瘴気が噴き出している。
まるで祠というよりも悪魔の小屋とでも言った方が適切かもしれない。
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『怖気づいたのかえ?小僧』
鏡から、どこか面白がるような天照大神の声が響いた。
「そ・・そんなことない!!」
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僕は大声で否定し、塞がった両手は使わずに効き足で思い切り扉を蹴り飛ばした。
長年風雨にさらされ修繕もされずに傷んでいたのだろう、扉はほとんど抵抗せずにパタン、と開いた。
「利也君!!気を付けて!!」
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矢田君が叫んだ次の瞬間、祠の内部から大量の黒い靄と共に何本もの黒い手が僕の手足に絡みつき、部屋の奥へと引きずり込んだ。
突然の事に僕は為す術もなかった。
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ただ鏡だけは手放すまいと固く抱きしめながら、深く深く、ひたすら奈落の底へ落ちていくような絶望感を感じた。
"こんな深い穴が、何故こんな所にあるのだろう―、ここで死ぬのかな?"
僕はそんなことを思いながら、いつしか気を失っていった。
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ドスン!
尾てい骨に酷い衝撃を受けて、僕の意識は覚醒した。
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「いたた…」
周りはぼんやりと薄暗く、どれほどの広さなのか窺い知れない。
(―!!鏡!鏡は!?―)
慌てて胸元を見やると、両手に抱きかかえられた状態で無傷の鏡がそこにあった。
(ーよかった、無事だった―)
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ホッとしたのも束の間。
「利也君、あれを」
いつの間にか僕の後ろに立っていた矢田くんが、ある一点を見つめている。
矢田くんのいう先に目を凝らすと、白い着物に着替えさせられた椎名が、両手を広げた状態で縛り付けられているのが見えた。
「椎名!!」
だが、僕の声に反応したのは椎名ではなく、ブエル神だった。
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(何をしに来た小童め。お前のような脆弱な者に、何かできるとでも思うておるのか!!)
地下が崩れ落ちてしまう程の大声で咆哮するブエル神。
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「利也君!はやく鏡を前に!ブエルに向けるんだ!!」
「小僧!怯んでいる場合ではないぞ!その鏡をブエル神に向けよ!」
矢田くんと天照大神様がほぼ同じタイミングで叫んだ。
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「は、はい!」
僕は言われるがままに、両手に掴んだ八咫鏡をブエル神の方へ向けた。
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その瞬間!
鏡の中から目も眩む程のまばゆい閃光が辺りを照らし、その中から天照大神様の幻影が現れた。
するとそこで、光に照らされたブエル神に異変が起きた。
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(ぐおぉぉぉおあああ!!やめろ!その鏡を我に向けるな!がぁぁあああ!!)
(苦しんでいる?)
僕はブエル神から目を離すことができなかった。
(おのれ!おのれぇぇぇ!!)
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ブエル神から噴き出していた黒い霧が、瘴気が、みるみる鏡へと吸い込まれていく。
…
…
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天照大神様はその時、居住地の高天原で意外な訪問を受けていた。
「お久しぶりです、アマテラス女神」
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それは、背中に真っ白で大きな翼を生やした[天使]と呼ばれる存在…。
「誰かと思えば異教の神徒か。この高天原に、どうやって入り込んだ?」
天照大神の言葉に、天使は微笑んだ。
「天界はどこも繋がっています。この高天原も、アースガルドも、オリンポスも。それに、神徒ではなく、ラファエルとお呼び下さい」
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「…暢気に会話しておる場合か?昔、お主が人に化けて村に降り立ち封じたブエル神が、とんでもない厄災を振り撒いておるのじゃぞ」
「…だから来たんですよ。我が父の命でね。あの村の地形はブエルを封印するのに、ちょうど良かったんです。
ブエルは悪魔の中では10番目の地位にあり、大総裁です。正しく召喚すれば、人を癒す神にもなる。ゆえに私は、石像に封じて神としました」
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ラファエルは、天照大神の覗く水鏡から溢れ出てくる瘴気を手のひらで浄化し、水銀の紋章へと変えた。
それを、天照大神に渡す。
「これを使えば、あの鏡にブエルを封じれます。封じた鏡は、今度は誰の目にも付かない地中深くへ葬るといいでしょう」
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そう言って、ヒラリと舞い上がる。
「それでは御機嫌よう、アマテラス女神」
白い羽を散らして、ラファエルは消えた。
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「…言いたいことを言うだけ言って消えおってからに。だから異教の神徒は好かん」
苦々しく呟いてから、天照大神は水鏡に映る利也に呼びかけた。
「聞こえるか、小僧?お前に封印符を授ける。それを使って、ブエルを鏡に封じるのじゃ」
天照大神は水鏡から下界へと、水銀の紋章を落とした。
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地底の奥底。
僕の手には闇の中に輝く八咫鏡と、水銀の紋章が握られていた。
この二つをうまく使えばブエルを封印できる。椎名を助けることが出来るんだ。
鏡の光に照らされブエルは荒い息をついている。もう立ち上がることすら難しそうだ。
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(今ならやれる)
僕はブエルに向かって歩き出した。
「まて、小童」
僕の動きを、天照大神が止めた。
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「のう、ブエル神よ聞こえたか?
そなたの天主はそなたを地の奥底に封じようとしておる。恐らくルシファー殿と同様にな。
再び自由の身となるのは、そなたたちで言う処のハルマゲドンの時まで待たねばならんであろう。
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だが、わらわはそのような事は望んでおらん。 そなたも人と心を交わした身、人は憎むべきのみの存在ではない、そなたに手向けられたのは怨嗟の声だけではないはずじゃ。
のう、もう一度やり直してみんか?
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そなたに尽くした神官の祈りは本物じゃ、ここにおる人の子も本心はそなたを憎んでなどおらん。ただ縁で結ばれた者同士で添い遂げたいだけなのじゃ。
どうじゃ?
そなたがその気ならわらわも力を貸そうぞ。 そなたへの考え方を変えるよう人々を導いてみる…如何じゃ?」
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ブエルはがっくりと俯いた。
「………… 」
「ん。今なんと申した?」
「…………な」
「よく聞こえぬ。もそとはっきり申せ」
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「甘いな、と言ったのよ!」
ブエルは突然カッと眼を見開き、黒い稲妻の様に天照大神に飛び掛かった。
咄嗟に飛びのいた天照大神だったが、ブエルはその傍をすり抜けて、アッという間に闇の中へと溶け込んだ。
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僕はハッとして鏡で周りを照らしたが、ブエルの姿は見当たらなかった。
「ブエル、お主は…」
苦しそうな天照大神の方を見ると、右肩から先が無くなっていた。
「天照様!?くそっ、どこだ!ブエル!」
洞窟内を闇雲に鏡をかざすが、既にブエルの姿はない……。
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「……最早、言葉など無用という事か。ならば力尽くでねじ伏せてくれようぞ!」
片膝を付いていた天照が立ち上がる。
ブエルに消された右手は再生していた。
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「ようやくその気になったか。次は右手だけでは済まぬぞ!」
闇からの声に天照が身構えたその刹那……
「一寸待て」
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新たな声が響いた。僕は咄嗟に声の方を向く。 するとそこに1人の男が立っていた。
上下黒いスーツ姿に口髭を蓄えた浅黒い肌。 日本人離れしたその顔。
「何者ぞ」
突然の第三者の出現に、天照は面食らったように問い質した。
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「私の事はどうでもいい」
男は淡々と応えた。
「貴様らが暴れているから、我が主、アザトース総帥から"電報"があったのだ。『星辰ヲ乱ス者、我ガ眠リヲ妨ゲル者。我、排除セリ』とね」
闇からブエルの声がする。
「アザトース………。盲目白痴の王か」
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その言葉に天照が驚いたように言った。
「白痴の王…!ならば貴様は這い寄る混沌か!」
「私の事はどうでもいいと言った筈だ」
スーツの男は表情を変えずに続けた。
「このままでは太陽系、この宇宙そのものが『無かった事』にされてしまうぞ」
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その言葉に2人、天照もブエルも唖然とし、戦意を失っているようだった。
すると男が突然僕の方を見た。
「少年よ、私と共に来るが良い。さすらば君も妹君も救ってやれるぞ」
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男が初めて表情を変え、ニヤリとおぞましい笑みを浮かべた。
その時、僕の視界の端に、未だ地下の壁に縛られたまま項垂れている椎名の姿が見えた。
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その瞬間、僕の脳裏に、まばゆい光と共に祖父や祖母、両親や神主さん達の顔がフラッシュバックした。
「僕。。。僕は。。。!」
天照大神様から預かった、紋章と鏡をギュッと抱きしめ、大きく息を吸う。
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「僕と妹だけ助かっても、何も嬉しくない!僕が望むのは、みんながいる、元通りの毎日だ!!元の世界を返して!みんなのいない世界なんて、欲しくない!!」
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すると、椎名の方向から柔らかな光がゆらゆらと広がってきた。
ドサッ。
「!?」
何かが落ちるような音に驚いて、皆が一斉にそちらを向いた。
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光に包まれた椎名が倒れている。
「椎名!!」
慌てて駆け寄ると、そっと椎名が目を開けた。
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「おにい。。ちゃん。。。?」
「椎名。。!!よかった、生きてたんだね。。」
僕はポロポロと涙を流しながら、椎名を抱きしめた。
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「利也君!大丈夫だったかい!?」
いつの間にかいなくなっていた矢田くんが走り寄ってきた。
そして、その後ろからバタバタと二人分の足音がした。
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「バカ兄貴!」
可愛い声とは裏腹に、口汚い罵声が飛んだ。
一人は、矢田クロードの妹であり、次元の狭間人である、矢田アリアドネ。
その後を、老体に鞭打ちながらも祖母が息を切らせて走ってきた。
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アリアドネと祖母の姿を確認した矢田クロードは、真剣な顔を少しだけ緩めて言った。
「おやおや、口の悪い妹だね。何故君がこんなところにいるんだい?」
クロードは兄の威厳を保とうとしてか、わざと冷徹な口調でわが妹を蔑んだ目で見た。
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「フン、役立たずの癖にエラそうにしないでよね。こんな騒ぎになってるんだから、お母様の耳に届かないはずがないでしょう?
愚かな兄貴に援軍に行くように、お母様に言われて仕方なく来たってわけ。」
「そうなんだ。でも、君が解くことのできるのは、人だけだよ?ブエルは仮にも神。君に何ができるって言うのさ。」
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フンと鼻をならし、アリアドネは、祖母に顎をしゃくった。
「矢田くん!八咫鏡の双子の片割れを妹にもらった!これで、八咫鏡を合わせ鏡にするんだよ!」
祖母の手には、古びた銅製の鏡が握られていた。
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「そう、私は確かに、神は解くことができないけど、八咫鏡を合わせ鏡にすることによって、ブエルを別の次元に送ることはできるわ。」
アリアドネが腕を組みながら勝ち誇ったようにクロードに告げる。どうあっても兄より優位に立ちたいらしい。
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「でも、どうやってブエルを誘導するんだい?」
クロードの問いかけに、アリアドネはぐっと返答に困った。
勝機。
クロードは不敵に笑った。兄妹喧嘩をしている場合ではない。事は一刻を争う。
クロードは厳かに、ある呪文を唱えはじめた。
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これは危険な賭けであった。その呪文は、今は滅びてしまったシャンの一族にしか唱えられないはずの呪文である。密かに、クロードはシャン一族にその呪文を伝授されていたのだ。
外なる宇宙からの入植者、シャッガイの末裔である彼らが信仰していた邪神「ヨグ・ソトース」は次元と次元の狭間に棲む門の守護神である。
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ヨグ・ソトースを召喚し、ブエルを引き寄せ、合わせ鏡によって門を開いて、ブエルを別の次元に送ろうという作戦だ。
合わせ鏡には、無限にブエルの姿が映り、やがて、門の守護神であるヨグソトースがその姿を現した。
虹色の球体の集まりであるその姿は徐々に巨大化して行き、ブエルを捉え、眩い光を放ちながらブエルを飲み込んで行った。
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「ううう…」
ヨグソトースの召喚には、かなりのエネルギーを消耗する。
クロードの体力は限界に来ていた。
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その時、スーツの男がゆらりと動いた
「この上さらに星辰を乱すか。ならばアザトース総帥の名のもとに……」
と、同時に、
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「アリアドネちゃんの~タ〜イムストップ!!」
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地底内に場違いといえる朗らかな声が響いた。 見ると、矢田アリアドネがスーツの男に向かって手を広げている。
その瞬間、スーツ男の周りの空間がぐにゃりとゆがみ、男は動きを止めた。
「バカ兄貴!私の力じゃいくらも持たないよ!決めちゃって!」
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額に玉の汗を浮かべていた矢田クロードも、呪文の詠唱に力を籠める。
ヨグソトースの虹色の球体はさらにその数を増し、地底を照らしながらブエル神を包み込んだ。
(ふふ、ふはははははははははは)
光の中にブエル神の哄笑が響き渡った。
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八咫鏡に瘴気を吸われ、その眼は怒りに燃えていた時のそれではなく、静かな知性の光が湛えられている。
(参ったわ。小娘の魂一つにいったい何人出てくるのだ?
八咫烏、天照大神、創造神、ナイアルラトホテップ、アザトース、アリアドネ、そしてヨグソトースか。
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ここまで束になってこられては余に勝機など無いわ…)
自嘲気味に笑いながら、その豪快さと威厳は微塵にも揺るがない。おそらくこれが本来のブエル神の姿なのだろうか。
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「ブエルよ.......」
天照大神がブエル神に声をかける。しかしブエル神は眼でそれを遮った。
(だが余は魔神ブエル!契約は消せん!誰の命令も聞かん!余を使役したくばその魂を捧げよ!
力でそれを変えようとするならば、わが身が滅びるまで闘うまでよ!
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ヨグソトース、うぬと闘って散るならば本望だ。悪いが........)
ブエル神が5本の足を激しく回転させがら光の塊に飛びかかった。
(付き合ってもらうぞ!!)
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黒霧を体から放ち、獅子の口から闇の炎を吹きあらしながら、光の球体の中を飛び回る。
(ぐわああああおおお!!!)
次々と襲い掛かる光の球体を烙き、咬み砕き、踏み潰し、弾き散らした。
その姿は雄々しく誇り高く、地獄の総帥の名に恥じないものであった。
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しかし、圧倒的な光の渦の中でその動きは徐々に弱まり、その咆哮も力を失っていった。
「今だ!利也君、湯花姐!ブエルを別の次元に吹き飛ばすんだ!」
矢田君が叫んだ。
「はい!」
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僕と祖母は、二枚の八咫鏡でブエル神を挟み込んだ。
八咫鏡はその輝きを増し、無限の数のブエル神を映し出す。
やがてその姿は無限の彼方へと続いていき……
「 封 神 !!」
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光が満ちる地底に声が響いた。それは僕の妹、椎名の声だった。
その伸ばした両手の中には、八咫鏡から映し出された窖窯が出現していた。
(おおおおおおおおおお・・・)
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ブエル神は黒い霧へと姿を変えながら窖窯の中に吸い込まれていく。
(小娘!貴様どういうつもりだ!!余にこの地に留まれと、まだ生きろと申すか!)
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椎名は涙を流しながら、消えゆくブエル神に向かって言った。
「ブエル様。椎は約束通りこの身を捧げましょう。神主様と力を合わせ、皆がかつての信仰を取り戻せるよう力を尽くします。
どうかそのお怒りを鎮め、村人を幾久しく見守りくださいますようお願い申し上げます…」
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凛とした立ち姿は妹の姿とは似て異なっている。まるで、かつての椎という女性が乗り移っているようだった。
(…………)
ブエル神の最後の言葉は窖窯の中に消え、僕の耳には届かなかった。
多分、その言葉が聞こえたのは、妹と・・・
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「最後まで意地を張りおって…」
いたずらっぽい笑顔で苦笑する、天照大神だけだっただろう。
と、
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「きゃあ!」
静けさを取り戻しつつある地底の空間にアリアドネの叫び声が響き、空間がまた一瞬ぐにゃりとゆがんだ。
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アリアドネの術を力づくで解いたスーツの男が、ポケットに手を突っ込みながらこちらに向かって歩いてくる。
「やりたい放題やってくれたな」
僕たちはハッと身構えた。この中で力が残っている者はもうほとんどいない。
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と、男はポケットからスっと二つ折りの携帯電話を取り出した。
カチャ
「お前たち、たった今アザトース総帥から”メール”が届いた。
『 星辰ヲ乱ス者、我ガ眠リヲ妨ゲル者、我ガ手ヲ煩ワセル者、次ハ無イト思エ! 』
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以上だ!」
言い終わると同時に男の姿は虚空へと消えた。
……
「ねえ、お婆ちゃん。今の人って、なんだったの?」
長い沈黙のあと、僕は思い切って祖母に聞いてみた。
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「ググレカス!」
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やっぱりこの人は、詳しく教えてくれる気が無いようだ。
「はぁ、婆ちゃんのその口癖はもはや病気だね。年甲斐もなく普段からスマホやiPadなんか使ってカブれてるからだよ。
いつも爺ちゃんに年相応にって言われてるのに、その年で熟年離婚なんて僕は嫌だからね」
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僕の軽口に、周囲がドッと笑った。
その様子に祖母は、恥ずかしそうに肩を窄めて何か言いたそうだったが反論はしてこなかった。
祖父をいつも振り回している祖母には良い薬だったかもしれない。
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「お兄ちゃん、…なんだか急に大人になっちゃったみたい」
微笑んでそう言う椎名の頭を撫でながら、ぼくは微笑み返した。
「だって、来年から僕はもう中学生だからね」
椎名は「ふーん」と言って祖母と手を繋いだ。
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…
僕の奇妙で大変な夏は、まだ子供の僕に大きな傷と成長をもたらしながら過ぎていこうとしている。
小さな村の悪習や僕と椎名の前世の因縁、それらがいろんな神話の神々を巻き込んでの大事件となったが、それも時間が経てば落ち着くのだろう。
きちんとした信仰と、人間一人一人の優しさや誠実さがあればきっと…こんなことは繰り返さないはずだ。
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「あーあ、父さんに教えてあげたいなぁ、いろんな神様と知り合いになったって。きっと驚くぞ」
僕が言うと、祖父が顔を顰めた。
「そうなったら大変だ。一利のヤツ、真っ先にこの村に帰ってきて書斎に篭るぞ。文献を漁るために、うちの蔵がひっくり返される」
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ワザとらしい祖父のジェスチャーに、再び周囲が笑った。
そう、みんなのこの笑顔が大切なんだ。
いつだって。
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「さぁ、帰ろう。光溢れる地上へ」
矢田君の言葉に、みんなが頷いた。
…
…
…
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あれから15年が過ぎて、僕ももうすぐ30になろうとしている。
あれ以来、矢田くんにも逢っていないし、不思議な体験もしていない。
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僕たち兄妹は故郷を離れ、今はお互い別々の場所に暮らしている。
椎名はまだ独身を貫いているが、僕は7年前に結婚をして、二人の子供を育てている。
よく喧嘩はするが、自慢の兄妹だ。
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そして、この夏に祖父の三回忌も兼ねて、僕たち家族は久しぶりに両親のいるこの故郷を訪れていた。
…
「ただいまー」
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玄関口から声を掛けると「はーい」と奥から椎名が顔を出した。
「お、もう来てたのか?」
「もう来てたのかじゃないわよ、兄貴達が遅いから、お父さんたち買い物に出掛けちゃったよー」
うちの下の娘を抱っこしながら、椎名がふて顏を見せる。
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「ああ、すまんすまん、でもあれだけ娘に会いたがってた婆ちゃんまで一緒に出掛けるなんて、何を買いに言ったのかな?」
「知らない、多分、三回忌用の準備かなんかじゃないの?」
「ふーん」
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椎名が台所でお茶の準備をしている間に車から荷物を運んでいると、今まで走り回っていた子供たちが庭から声を掛けてきた。
「ねえねえ、ちょっとだけ外で遊んできてもいい?」
…
…
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「ねえ、お兄ちゃんどこまで行くの?」
妹の唯が少し疲れた様子で、僕の後ろを必死について来る。
「うん、父ちゃんが言ってたんだけど、この川沿いをずっと上がって行くと神社があるらしいんだ。
ちょっとそこまで行って、中を探検してみない?」
「えー」
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チリチリと肌に纏わりつく様な日差しを冷ますように、川上から流れてくる心地よい風に気分が高鳴る。
都会では味わえない空気がここにはあった。
唯も文句を言っている割には、僕の提案に異論はないようだ。
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「お兄ちゃんこれ」
唯が大きな黒い羽根の様なものを拾って、僕に見せてきた。
「真っ黒だね、カラスかなんかの羽根かな?」
二人でキョロキョロと辺りを見回す。
すると、川の水音に混じって林の奥から、微かに風鈴の様な不思議な音がしている事に気付いた。
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木陰からそっと奥を覗くと、太い樹の枝から何かぶら下がっているのが見える。
「あれ何だろう」
唯が不安そうに呟く。
「さあ、なんか布袋みたいに見えるけど、揺れてるって事は中に動物でも入ってるのかな?ちょっと見に行こうか?」
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「もう帰ろうよー」
「ちょっとそこで待ってて」
僕は好奇心に勝てず、唯を残したまま、林の中へと入って行った。
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【了】
作者まりか
怖話ユーザーの皆様、いつもお世話になっております。
今回、運営様のご用意くださった掲示板にて、【第一回 掲示板リレー】を開催いたしました。
晴れて完結を迎え、投稿する運びとなりました。
リレーにご興味のない方への配慮と致しまして、題名に【リレー作品】と明記させていただきました。
お読みになるか、スルーされるかは怖話ユーザー皆様ご自身のご判断に委ねます。
ご了承くださいませ。
また、個々人で素晴らしい作品を投稿されている皆様への配慮と致しまして、リレー作品に限りましては、【怖い】ボタンは押さないようお願い申し上げます※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※怖ポチに関しまして、現在審議中でございます。
今後内容に少し変更がある可能性がございます。 ご了承下さいませ。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
コメントに関しましては、この限りではございません。
作品への感想は、参加者一同心よりお待ち申し上げております。
なお、コメントを下さる読者様は、【ネタバレ】を押してから送信くださいますようお願いいたします。
【制作者 】※敬称は省略しています。ご了承くださいませ※
怪談師LV.1(リレー企画に関する掲示板開設)
修行者
ゼロ
龍
珍味
mami
ゴルゴム13
西園寺 紅音
天狗風
よもつひらさか
ロビン魑魅魍魎.com(企画 運営 編集)
まりか(画像挿入 投稿代行)
※カラス 著作者 snowpeak様 umezy12様
※血飛沫 著作者 Lisa様
※爆発画像 著作者 jagged-eye様
※その他画像 パブリックドメイン
それでは、多くの皆様にお楽しみ頂けると幸いに存じます。