慌ただしく過ぎる毎日のふとした隙間に僕は彼らの残思を垣間見る事がある。
「課長、お電話です」
飯塚君から子機を預かり返事をすると、あの時と変わらない野太い彼の声が僕の鼓膜を揺らした。
「おいのび太!早く迎えに来いよな!スネ夫もしずちゃんも、もうとっくに俺ん家で待ってん…だ…ゾ…ザ…ザザザ…」
「あ…」
僕は返事に困り、空いた方の右手をギュッと握りしめた。
「のび太が車の免許取ったっつうから…ザ…わざわざ皆んな集まってく…んだからよー!…ザ…ザザザ…ザザザ…ザザザ!!!」
…
深い山中のヘアピンカーブ。
今、僕の目の前にはパパが大切にしている青い塗装の丸いミニバンが無惨にも横向けにひっくり返っている。
助けを求めてなんとか車から這い出してはみたが、後続車はおらず、白い霧と地面を叩く激しい雨音だけが辺りを支配している。
割れた助手席の窓からは、赤黒い脳髄を垂れ流したしずちゃんの頭が覗いている。
さっきまで後ろから僕を小突いていたジャイアンも、ペシャンコになった後部座席に挟まれてしまっているのか、一向に車から出てくる気配がない。
「す、スネ夫はどこだ?」
僕は折れた左脚を必死に庇いながら、ゆっくりと車に近づいて行った。
…
「野比課長、どうなされました?ご気分が悪いようでしたら少し休憩された方が…」
先日、若い嫁を貰った新人の飯塚君が心配そうに僕の顔を覗き込んできた。
「あ、ああ、大丈夫だ」
いつの間にか受話器の中にジャイアンの声はなく、あの時と似た、激しい雨音の様な機械音だけがけたたましく響いていた。
【了】
作者ロビンⓂ︎
こんな噺を…ひ…