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いらっしゃいませ おでん屋でございます。
大根、牛すじ、ちくわにはんぺん...各60円で販売しております。
60円がないお客様には特別に、おでん1つにつき怖い話1つで販売しております。
今日はお金を持たないの前田さんのお話です。
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俺なぁ、死んだんだよ。
いや、幽霊じゃない。今は生きてる。
一回死んで戻ってきたって言えばわかりやすいか?
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死ぬ前に付き合ってた女が居たんだけどさ、その時俺は4股かけてたんだよ。
バレてないと思ってたんだけど、バレてたんだろうな。
俺の誕生日にプレゼント渡したいからって、目を閉じててって言われたんだよ。
そんで言う通り目を閉じてたら紐かなんかで首締められて、とどめに首を刺されたわけよ。
思いのほかポックリ逝ったね。
気が付けば知らない所に立ってたんだ。
そこは全体的に灰色で、大きめの石の地面に枯れたような草が少しだけ生えてる。
辺りには何もなくて360度同じ景色が広がってた。
どっちに何があるのか、どっちにも何も無いのか…
わからないけど進んだんだ。とりあえず、前へ。
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歩いても歩いても変わらない景色に、進んでいるのかいないのか分からなくなるほどだった。
歩くのをやめようかと考え出した頃、遠くの方に川が見えた。
初めての違う景色にテンションが上がった。進んでいたんだとやっと実感出来た。
疲れていたけどさっきよりも少し足早にその川の方へと向かった。
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川の近くまでくると、そこには人が数人と小さな舟があった。
数人の人達はその舟の前に並んでいるようで、皆俺には背中を向けていた。
「どこに行くんですか」
最後尾に並んでいた爺さんに聞いた。
爺さんは顔をくるりと向け、俺を数秒見て、また顔をくるりと戻した。
そして1歩また1歩と船へと近づいていった。
どうやら答えてくれる気はないらしい。
このままここに残ってもどうしようもなく、心細かった俺はその列についていこうと決めた。
爺さんの後ろに並び1歩また1歩と同じように船へと近づいた。
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舟の前まで行くと、黒っぽい人のようなものがいた。
「お代を」
そいつは金を要求してきた。
財布なんて持っていなかったし、ポケットを探っても出てきたのはガムの包み紙と糸くずだけだった。
「金無いみたいなんですけど...」
俺がそう言うと、黒いヤツは小さく舌打ちをして舟を漕ぎ始めた。
どうしてもついて行きたかった俺はジャンプしてその舟に飛び乗ったんだ。
舟はぐらりと揺れた。
その揺れで、黒いヤツと乗っていた人達がいっせいに俺を見た。
その顔はどれも無表情でとても冷たかった。
その冷たい奴らは俺をぐいぐいと押し始め、舟から落とそうとした。
...結果的に、落ちた。
すぐにさっきまで立っていた所の足場に手が届き、溺れる事はなかった。
一安心して船の方を見ると、川から無数の手が生えており、どれも舟を揺らそうと手を伸ばしていた。
その手を黒いヤツが時々払いながら進んでいく。
呆然と見ていると胸元から1本、手が出てきた。
驚きながらも俺を沈めようとするその手を払いのけた。
急いで岸に上がり川から離れた。
1本だった手は数え切れないほどに増え、俺を手招いていた。
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手は諦めたのか川へと沈んでいき、舟はもう追いつけないほど遠くへ行っていた。
あの手がいる以上泳いで渡るのも不可能だ。
ここから渡るのは諦め、川沿いを歩きながら橋を探すことにした。
再び景色が変わらず進んでいるのかいないのか分からなくなる現象が起こった。
しかし今度はいくら歩いても橋は見つからなかった。
橋は見つからなかったが、人は見つかった。
そこにいたのは幼稚園児か小学生か...小さい子供たちだった。
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子供たちは皆無言で石を積み上げていた。
(まるで賽の河原みたいだな)と思った。
そして一番高く積み上げていた子の前に鬼のようなやつが現れ、石の塔をあっさりと壊してしまった。
その瞬間、ここは三途の川なんだって...賽の河原なんだって...はっきりと理解したんだ。
鬼は俺に気付いているようだが特に何もしてこない。
かなり怖かったが、鬼に話しかけてみることにした。
「あの、帰り道を知りたいんですけど」
声は震えたが、ちゃんと言えた。足も膝がすり減りそうなほど震えている。
鬼は振り向き、答えてくれた。
「ここは子供だけだ」「おまえは違う」と。
俺の記憶が正しければ、賽の河原は親より先に死んだ子供だったはず。
それなら俺の両親はまだ生きてるし、両親からすれば俺は子供だ。
そんな屁理屈を頭の中で生み出し、勝手に石積みに混ざった。
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おまえは違うと言いつつも、石を積めば鬼は律儀に壊しにやってきた。
違いといえば子供たちの塔は棒で壊して回るのに、俺の塔は足蹴だったことくらいだ。
そして俺だってもういい歳だ。子供より力もある。
何も考えずに石を積み上げるほど頭も悪くない。はずだ。
1個でも高さが出るようでかい石、バランスが崩れないよう接地面が広く安定する石を選び、隙間に小石を挟むなど努力をした。
鬼が戻ってくるよりも早く、何度も何度も...
何度も...やったが、何m積めば合格なのかわからない。
どんなに高く積み上げても鬼は面倒くさそうに足蹴にするだけだった。
なんだか馬鹿馬鹿しくなり、胸の高さほど積んだ所で手を止めた。
ポケットからガムの包み紙を取り出し、適当に三角形に折った。
ため息をつきながらゴミを石の上に置いた。
(屋根...なんちゃって)
軽い冗談のつもりだったのに、ゴミの屋根を置いた塔は薄い金色に光り始めた。
周りで黙々と石を積んでいた子供たちが急に立ち上がりこっちへ走ってきた。
そして俺の作った塔にむかって泣きながら「助けて」と騒ぎ出した。
鬼は騒ぎに気付き、塔から子供たちを引きはがし石を積むよう怒鳴り散らした。
最後に残った俺と微妙に光る石の塔を見て鬼は舌打ちをして子供たちの方へ戻っていった。
どうすればいいのかわからず石の塔を見ていると、石がグニャグニャと動き出し、地蔵のような形になった。
頭には三角形に折ったガムのゴミを笠のようにかぶっている。
地蔵なら助けてくれると、安心して涙が出てきた。
さっきの子供たちのように「助けてください」と泣きついた。
地蔵は優しく微笑み、「出来ません」と一言。
舟にも乗れない。元の世界へも帰れない。どうすればいいのか。
「死んだものは、生き返りません」
いままで聞いたこともないような優しい声で絶望させる。
俺は金がなくて舟に乗れなかったことを話した。
この際生き返らなくてもいいから、舟に乗せて欲しいと言った。
地蔵は少し悩み、こう言った。
「では六文集めてきてください」
「集まりましたら、舟に乗るといいでしょう」
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「六文って何円だよ」
俺がそう言った頃には辺りは真っ白になっていて何も見えなくなっていた。
眩しさで目を開けていられないほど辺りは光っていた。
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ドン という鈍い音と痛みと共に目を開けると、そこは見慣れた自分の部屋だった。
目の前にある財布から1万出せばきっと足りるだろうと財布に手を伸ばした。
そしてすぐに引っ込めた。
六文集めたら舟に乗ることができる。
逆に言えば、集めるまではこのまま生きていられるんじゃないか?
そう思って金を手にするのはやめたんだ。
何も持たずに家を出て、公園で暮らすことにした。
公園の水道水を飲み、ゴミ箱をあさり...完全にホームレスだな。
他のホームレスと違うのは、やたらと金が寄ってくることくらいか。
座っているだけでも偽善者が寄ってきて金を差し出すんだ。
「これで何か買ってくだい」ってよ。
偽善者が来る度に断り、金から逃げた。
ホームレス仲間も「拾ったから半分やるよ」って金を差し出す。
挙句の果てに俺を殺した女まで現れて、
「お小遣いあげるしヒモでもいいからうちで暮らしなよ」って毎日説得に来るようになった。
もうひとりで生きようと住処を変えた。
それでもやっぱり俺に金を渡そうとするやつはあとを絶たないんだ。
死ぬ前は金なんかくれなかったくせによ。
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そして今に至るわけだけど、どうなんだろうなぁ?
こんな生活してまで長生きするのと、さっさと三途の川渡っちまうの...どっちがいいんだろうなぁ。
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そう話し終えると、前田さんはタコ串を食べて帰っていきました。
作者おでん屋
息抜きに、ざっくりとメモってあったスタンダードなやつを。