ピユュュウゥ……ドォドォンッッ!!!
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花火を見詰めていると、その大輪の花に吸い込まれそうになる。
今年の花火は、一際美しい……。
やはり形も散り方も、この国の物が一番だと言えた。
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ふと、先程立ち寄った、屋台での出来事が頭を過る。
この季節に珍しいおでん屋で、隣に居合わせた男の話だ。
男はしがない怪談師だと言っていた。
行き付けの中華飯店が、混んでいて入れなかったという男は、怖い話1話でおでんのタネ1つが食せると聞き、『黒い花火』の話を始めた。
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花火大会の夜、『夜空』に見える筈の無い『黒い花火』が咲くのだという。
夜空に、黒い花火……どうやって見分けるのか……
『黒い花火』は菊の形をしていて、『死者を待つ者』だけに見えるのだそうだ。
怪談師は過去に2度、黒い花火が上がるのを、目撃しているのだという。
語り終えた怪談師は、店主が差し出した牛スジ串を旨そうに食すと、ふらりと暖簾を出ていった。
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………………馬鹿馬鹿しい。
そんな話しか出来ないから、二流の怪談師なのだ。
あんな話でタネを提供しなければならなかった、店主には同情する。
『黒い花火』は、『死者を待つ者』に見えるのでは無い。
『死を待つ者』にしか見えないのだ。
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ピユュュウゥ……ドォドォン!!
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また1つ、花火が上がる。
背後の古い団地には、『安らかな死』を待つ者達が、羨望の目差しを夜空の黒い菊に向けていた。
その目の前で、夜空と同じ色の菊が形を崩す。
菊を象っていた1つ1つの花弁が、下に落ちるのでは無く、高みへと昇っていった。
団地から、にこやかに見詰める彼等が選ばれるには、まだ少し時間が掛かる。
生き人(イキビト)達は、肉体から魂が抜け落ちる事を『死』なのだと、勘違いしている様だ。
それは只の死人(シビト)であって、『死』では無い。
どんな審査基準で選ばれるのかは分からないが、死人は地上で『死』を迎える順番を待つのだ。
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黙って見上げていると団地の人影の中に、新たな見物人が加わった。
若い女性に手を引かれて一団に加わったのは、黒く煤けた男の様だ。
男の表情は焦げて分からないが、仲睦まじい様子から、2人が幸せそうだと見てとれる。
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数年前、俺が担当した火事の女を思い出した。
花火大会が終わるまで、少しだけ彼の側に居させてくれ……そう言った女の涙に負けて、時間を潰した時も、あのおでん屋に行ったのだ。
彼女が黒い花火の一部となって、空に上がり……今年は早くも戻って来ると聞く。
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物思いから我に帰ってふと見ると、直ぐ近くに男が立っていた。
呆然とした表情で、団地と夜空を交互に見上げている。
どうやら彼には黒い花火は見えないらしい。
しかし、団地の一団は見えている様だ。
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……うん、興が乗った。
この男にも『黒い花火』を見せてやろう……。
肉体を持つ、生き人が上げる色とりどりの花火が、団地の上から男の影をアスファルトに縫い付ける。
俺は自慢の鎌を、長く伸びた男の影に突き立てた。
。
。
。
了
作者怪談師Lv.1
長い駄文にお付き合い下さって、有難うございます。
綿貫一様
おでん屋様
修行者様
まりか様
ロビン様
無断借用、悪変、平にお許し下さいませm(_ _)m
お祭り男の血が騒ぎ、衝動的にやってしまいました。
夏祭りだと思って、見逃して下さい。
それでは最後にお約束の……
『こんな噺を』。