弟が、テレビを見ている。風呂上がりの、汗と湯気の滴る頭のまま、髪を拭きながら冷蔵庫をあさる。
弟が、テレビを見ている。昨日入れたビールを取り出して、片手に揺らしながら、部屋に戻った。
「出たぞ、入れよ」
「こっ、これ見終わったら……」
「見終わるころには風呂入れなくなってるぞ」
呆れたように言った俺に、弟はそれもそうだ、とばかりに絶望の面持ちとなった。
大学に上がり、先に上京して社会人となっていた俺のところへ転がり込んできた弟は、変わらない無邪気さを炸裂させている。まあ、弟がいることで家賃の支援が親からくるようになったので、そこはありがたいし、こうして誰かと会話できるのもいいことだ。
怖がりだが、怖いもの見たさで恐怖映像番組を見る弟は、呪いのビデオとやらに、うわあと目を覆っている。
日本人形が、じじ、じじ、と首を動かしている。
こちらを見る、というあたりになって、俺は新聞を手に取った。弟は必死になって目を覆って、音が止まったあたりで画面を見た。俺も、そちらを見る。
別の映像が流れている。
何の変哲もない、海の映像。ただ、何かが、ざぶざぶと、こちらに来ている。
「うおー、こえぇえ」
「一緒には寝ねぇぞ」
「どうせ同じ部屋だろー?」
それは、その通りなのだ。
一応部屋こそ広いが、新卒のときに借りた部屋なのだから、二人でぎりぎり暮らせる程度。俺はベッドで、弟は敷布団で寝ている。
「そういやこれ、なんて番組だ? 特番?」
「あー、どーだろ? つけたらやってたんだ」
きゃー、とかわいげのない悲鳴を上げる弟に、ふうんと思ってテレビ欄を見る。
時刻は、20:45。
テレビ欄を、じっと見る。どれを、どこを見ても、無かった。
恐怖映像番組と思えるようなものなんて、なかった。
「……DVD見てるわけじゃないよな、お前」
「かっ、借りてくるわけないだろ! こーいうのは、テレビで、録画でもしないと記録に残らないからいいんだよっ」
「……だな」
怖がりの弟が、余計怖がりそうなので。
今もなお、新たに始まる恐怖映像。それが、テレビ番組によるものではないことなんて、とりあえずは黙っておくことにした。
「……ニュースにしていいか?」
「んんー、いいぞ」
「おう」
あー怖かったぁ、と弟は、どこか嬉しそうに言う。
1DKの、部屋の中。ニュースキャスターの、熱いですねぇ、というスポーツ解説が呑気に響く。
「あっビール、俺も飲みたい」
「冷蔵庫にあるぞ」
「よっしゃ!」
キッチンに歩いていく音を背に、チャンネルを回す。
あの番組はもう、どこにも映っていなかった。
「なぁ」
振り返る。キッチンで、ビール片手に、弟が不思議そうに首を傾げた。
「日本酒も持ってきてくれ」
「パシリかよ」
「分けてやるから」
「おっ、分かった!」
テレビに視線を移す。
ニュースキャスターが、しゃべっている。
明らかに、古い古い、過去のニュースを。
さて。どうやら恐怖映像番組は、我が家に限って終わる気はないらしい。
「最近は地上波も乗っ取れるのか」
感心して呟くと、ぶぅん、と音がした。ニュースキャスターが一瞬ゆがんで、見慣れた、今日のプロ野球の結果を話し始める。
持ってきたぞー、とぐい飲み二つに日本酒の瓶をもって、弟が戻ってくる。
「おっ、楽天勝ってんじゃん」
「お前楽天ファンだっけ」
「んー、なんか好き!」
「あ、そう」
ふと、手元の新聞に目を落とす。日付が、狂っている。
信じるべきはなんなのだろうか、と思いながら、とりあえずいつもを映すテレビに安心しながら、俺はビールをあおったのだった。
作者六角
おもいつきでぺろっと書きました。
恐怖映像番組は好きです。