猛烈な日差しが照りつける中、僕は思ったよりも長く、勾配のキツい石段を登り続けていた。
気を抜くと靴の裏にべっとりと付着した河合の血で滑り、踏みはずしそうになる。
僕は垂れ落ちてくる額の汗を肩で拭いながら段上を見上げた。
遠くに鳥居の頭が見える。
「もうすぐだな」
ホッと息をつき、残りの石段をせっせと登り始めた。
普段なら僕の神経を逆なでするミンミン蝉の大合唱も、体に張り付いたシャツも今は全く気にならない。なぜならとても気分がいいからだ。
やっとあの憎たらしい河合が死んだ。
僕を小学生の頃から虐め、馬鹿にし続けた憎むべき男、河合。
陸上部に入ってからぐんぐんと身長が伸びた僕は、絶対河合なんかに力で負けない自信があった。
助けて下さいだと?笑わせんな!いつもいつも僕の事を馬鹿にしやがって!なぜお前は僕を虐める?なぜ僕だけを苦しめた?
遠くの方でパトカーのサイレン音が鳴っている。
「おーい、僕と河合はここにいるぞー」
眼下に向かって大きく手を振ると何故か笑いがこみ上げてきた。
やがて石段を登り終えると、そこには木々に囲まれる様にして、朽ちた社があった。
境内に人影はない。
僕は軽い足取りで社の前まで来ると、神様に深々とお辞儀をして、賽銭箱の上に河合の生首を置いた。
手を二回叩き、もう一度頭を下げた。
「どうか河合が地獄に堕ちますように」
ケタケタ笑っていると後ろから砂利を踏み締める音がした。振り返るとカッターシャツを赤く染めた少年が歩いてきた。
河合に似ている。
「石塚、残念だったなあ」
少年は僕の名を口にしながら、右手に持っていたものを賽銭箱の上に置いた。
「なんだお前も来てたのか」
河合の首の横に置かれたそれは、紛れもなく僕の生首だった。
ををををををををををををををををををををををををををををををををををををををををををををををををををををををををををを
二つの生首の目は閉じたまま、口だけが動いていた。
パンパン!と神様に二回手を叩いた少年は、深々と頭を下げて言った。
「どうか石塚が地獄に堕ちますように」
そうか、僕達はあの時揉み合いになりながら車道に転がり、二人ともバスに轢かれちゃったんだっけ?
河合は頭を踏み潰されて、僕は胸を押し潰された。
僕達は即死だったんだな。
「おや、こんな所に美味そうな生首が置いてあるじゃないか」
その時、バサバサと蝙蝠の様な尖った羽を上下させながら、真っ白な顔をした男が舞い降りて来た。
「美味そう匂いがするなと思ったら、死にたてホヤホヤのお首が二つ♪」
男は河合の生首をヒョイと指先で摘み上げると、大きく開いた口の中へと放り込んだ。
ガキュゴキュゴリ
無理やり頭蓋骨を噛み砕く音がする。
「旨い!久しぶりのご馳走だ」
続いて、男は僕の生首を持ち上げた。
「やめろ、食うな!」
男は僕を見ながらニヤリと微笑み、頭を捻った。
「おまえさん、こいつだけ地獄に送っといて自分だけ助かりたいだなんて、随分と虫の良い事を言うな」
「そ、それは」
ふふんと笑い、男が僕の生首を口に入れようとしたその時、どこからか「変な日本語」が聞こえてきた。
「をい死神!ここわ貴様が入って良い場所でハ無いのだを!分かったらさっさと消えなさいを!」
声のした方を見ると、社の陰から神父さんの様な格好をしたお爺ちゃんがノロリと出てきた。
「を前は西洋、もしくは「タイ」の死神だな?ここは日本じゃお!さっさと消え失せろを!キエエエエイ!!!」
神父さんが白い紙の沢山付いた変な棒を振り回すと、死神と呼ばれたその男は「神父め!」と捨て台詞を残してバサバサと何処かへ飛んで行ってしまった。
「ありがとうお爺ちゃん」
僕がそう言うと、神父さんはちょっと照れたような顔をした。
「礼はいらんを、ワシは山の神だを。君はまだ死んでおらんから心配せんでいいんだを」
そこからの記憶は無いが、気付いたら僕は病院の集中治療室の中にいた。
あちこちの穴にチューブが通され、指先一つ動かせない状況で、お爺ちゃんの最後に言った言葉が僕の頭の中を過ぎっていた。
「石塚進君、君が大きくなったら作家さんになって、是非、角川からワシの本を出版してをくれを」
任せて、お爺ちゃん!
【了】
作者ロビンⓂ︎
またまたよく分からないお噺を…ひ…
暑さと蓄積疲労で少しヤられてますのでご容赦下さい。