妹はとても、いたずらが好きで、
そして、好奇心が大きい子でした。
私と同い年のミドリという子が、お父さんと2人、我が家の離れに住む様になったすぐの頃、
妹は、ミドリに夢中でした。
何をするにしても、
「ミーちゃんとする。」
「私がミーちゃんと、」
「ミーちゃんと、ミーちゃんと、」…。
ミドリは一人っ子で、少し大人びた感じの、静かな感じの子でした。
ミドリもまた、妹の事をよく見てくれて、
可愛がってくれていました。
ミドリは、私達では聞く事のできないものを、聞く事の出来る子でした。
私や妹、他の友達と遊んでいる時に、フッと何にもない様なところを見て、少し苦い顔をしている事が度々あり、
ミドリの『聞こえすぎる耳』の事を知っていた私は、
ミドリのその顔を見るたび、
こっちに行こう?歌を歌おうよ?そう言って、ミドリの気をそらす様にしていました。
「何か、聞きたくないものの聞きたくない声が聞こえたら、大きな声で歌を歌えばいい。
元気になる歌や楽しくなる歌を、お腹の底から声出して歌うんだよ。」
父がそう言って、ミドリに言って聞かせているのを、何度も目にしていたからでした。
友達は、不意に歌い出す私とミドリを、最初は変な顔をして見ていましたが、その内、1人2人と仲間に入り、歌を歌い出す…。
モノマネをして歌ったり、時には即興で踊りながら歌っていると、
いつの間にか笑い声が生まれ、ミドリも笑顔で楽しそうにその輪の中で遊んでいました。
誰も、ミドリが持つ、不思議な耳の力の事を知る子はいませんし、気づく子もいませんでした。
何人かは、
「どうしたの?ミドリちゃん。」と、
渋い顔のミドリに気づき、声をかける子もいましたが、そんな時にはミドリは、
「何でもない。少し、しんどいだけ。」そう言って、うまくごまかしていたのです。
ある日、私がお稽古から帰ってくると、
妹がミドリに、しつこく何かを聞いていました。
「ねぇ、何してたの?誰と話してたの?ねえねえ、誰もいないのに、どうしていつも、誰もいないとこ見て、何か言うの?」
私は慌てて、家の中に入りました。
妹は、知らないはずのミドリの耳の事について、
しつこく聞いているのだと、悟ったからです。
「何?どうしたの?」
極力、何もわからない素振りをして、
私は2人がいた居間に入って行きました。
「出た!お邪魔虫ッ!」
私の顔を見るなり、妹はとても嫌そうな顔をしてそう言いました。
「何聞いてたの?」
私は、ムッとしましたが、知らん顔で、
また、妹にそう尋ねました。
すると妹は、
「あのね、ミーちゃんが、さっき買い物の帰りに、
山の方に向かって、変な顔してたんだよ。で、ブツブツ小さい声で言ってたの。」
と言います。
「ふーん」と聞き流そうとする私に、妹は、
「お姉ちゃん達がいつも歌い出す前に、ミーちゃんがいつもしてる顔だよ。
お姉ちゃんも知ってるでしょ?
だってあの顔してる後、いつも歌い出すじゃない。
いつもだよね?絶対、ミーちゃんが変な顔した後は、歌ってるよね?何で?」
ゾワッとしました。
妹の、私たちを覗き込むその顔は、とても、心配して聞いているものとは違い、
好奇心剥き出しの、自分の満足感を満たすだけの、
とても怖い笑顔でした…。
とてつもなく、妹に対して、嫌悪感が湧き上がったのをよく覚えています。
私は、
「あんた、何言ってんの?
あれは、遊びでやってることだよ。理由なんて無いよ。」と言い、ミドリに宿題を一緒にしようと声をかけました。
ところがミドリは、
真っ青な顔で…、
眉間にしわを寄せ、口を固く結んで、ジッと妹を見ていました…。
それは、怒っているのではなく、
あの、私達には聞こえないものを聞いている時の顔でした…。
ミドリのその表情は、妹にも分かったらしく、指まで指して、
「それそれッ!その顔だよッ!
ねぇ、どうしたの?何でそんな顔するの?
今日は歌わないの?ねぇ、お姉ちゃんもミーちゃんも、今日は歌わないのッ?」
嬉々として、ミドリと私の交互に、
興奮気味に声を上げます。
私は、それどころではありませんでした…。
ミドリがそんな顔をするときは、
何らかの、私達には聞こえないものが、ミドリの耳には聞こえている時…。
それも、真っ青になるミドリの顔からすると、かなり大きな声、もしくは、
とても、近くで聞こえているということ…。
私はミドリに、
「平気?お腹に力入れてね?」というと、
「あんたはあっちに行きな。」と妹に言いました。
しかし妹は聞くわけもなく、
「どうしたの?ミーちゃん。歌わないの?お姉ちゃん。」と、しつこいのです。
ミドリは、少し、フラフラしている様でした。
気持ち悪そうで、口に手を当て、もう片方の手を耳に当て、私には分かってあげられないものから逃げる術を必死で考えている様でした。
「どうして?歌えばいいのに。どうするの?歌わないならどうするの?」
妹は私の存在は無視して、楽しそうに、ミドリに迫っていました。
「聞こえるの…。」
ミドリが、妹の目を見て、そう言いました。
「妹ちゃんのすぐ後ろから、大きな声が聞こえるの…。」
妹はそれを聞くと、今まで楽しそうに手を打ってまで迫っていたのに、
ピタッと、動くことも騒ぐこともやめました。
ミドリは、そんな妹の目を見ながら、
「妹ちゃんの後ろから、とても大きな声が聞こえるんだよ…。誰もいないけど、声だけは聞こえるの…。
話をしてるんじゃ無いよ。
声が聞こえるだけ、あーって、大きな声がするの。
それは、私を見つけて喜ぶ声じゃ無い。
妹ちゃんと一緒にいることを大きな声で、妹ちゃんに教えるために叫んでる声だよ…。」
妹は、バッと後ろを振り向き、
自分の背中に手を回して、何かを払い落とそうとする格好をしながら、その場でジタバタし始めました。
ミドリはそう言うと、その場で吐いてしまいました。
私は…、
まさかミドリの口から、そんな事が話されるとは思いもよらなかったので、
ポカンとただ見ているだけでした。
妹は、
「やめてよッ!勝手に私について来ないで、気持ち悪いッ!どっかいってッ!
ねぇッ!ミーちゃん!もう聞こえない?いなくなった?言ってよッ!聞こえるのはミーちゃんだけなんでしょッ!あっち行ってって言ってッ!」
と、吐いてるミドリに怒鳴り散らしました。
ミドリは、
「言っても聞かない。私は、喋れないもん…。」とだけ答えて、
その場に座り込んでしまいました。
私はとっさに、
「歌おうッ!」と言い、
学校の校歌を大声で歌い出しました。
妹はそれを、少しの間、驚いた様な顔で見ていましたが、やがて私に合わせ、私よりも大きな声で歌い出し、
ミドリも、吐きながらではありますが、
それに便乗し、何回も何回も、校歌を歌いました。
どれ位歌ったのか…、
我に帰ると、ミドリは吐いたものを片付けようとしていて、妹は寝てしまっていました。
「にゃにゃみ…、ごめんね。
カーペット、汚しちゃった。それから、怖い思いをさせて、ごめん…。声、大丈夫?」
ミドリは少し掠れた声で、そう私に聞いてきました。
「平気だよ。ミドリは?気持ち悪く無い?音、まだ聞こえるの?」と、
聞いた私の声は、自分でも驚くほどガラガラの声でした。
ミドリは首を横に振り、
「聞こえない…。消えたよ。平気。
妹ちゃんが歌い出したら、だんだん声が消えたよ。」そう言って、妹を見ました。
妹に何か変わったところは見受けられず、
ヨダレを垂らし、大の字で寝ていました。
「ありがとう。歌ってくれて。
あんなに大きな声を聞いたのは久しぶりだったから。
ここにいる間は平気だよって、おばあちゃんが言ってくれてたから、本当にビックリした。」
ミドリはそう言いました。
ばあちゃんが、そんな事をミドリに言ってたことは私も知らなかったのですが、
「ここで、聞こえるコト、を聞き流す方法を身につけな。」と言ったと言います。
全て聞く必要は無い。
ミドリがしてやれる事は無いのだから、聞いてます、聞こえてますと、こちらから教えてやることは無いと…。
ミドリが1人になった時…、ちゃんと躱せる術を身につけな。と…、
ばあちゃんは、ミドリに言ったそうです。
それにしても、
「何で突然、この子、あんな事言い出したんだろう。
それも、ばあちゃんもお父さんたちもいない日に限って…。」と
私が言うと、ミドリは、
「妹ちゃん、おかしなものに好かれてるんじゃ無いかな。呪われてるとか憑かれてるんじゃなくて、
好かれてる…。だから、人の隙間をつくのがうまいの。
今日のも私じゃなくて、妹ちゃんによってきたんじゃ無いかな?
私は、聞こえただけ…。妹ちゃんは、そんな私を見て、おかしな事に気づいて…。興奮した妹ちゃんに、あの声も興奮したんだと思う…。」
実際ミドリも、外で聞いた時には遠くだったものが、
家の中、妹のすぐ後ろで、とても大きく聞こえた事に、すごく驚いて怖かったと言いました。
そして、
「聞こうと思えば、妹ちゃんには、何て言ってるか、分かったんだと思うよ。」と言いました…。
私はその日あった事を、帰ってきた母に報告し、
次の日、家に来たばあちゃんに話しました。
「あー、当たらずも遠からずってとこだね。」
ばあちゃんはそう言って、
ミドリを呼ぶと、
「アレの事は気にしなさんな。とって喰われるタマではないから。
巻き込まれない様にだけ、気をつけなさいよ。」と言いました。
前の日、夕方に寝てしまった妹は、そのまま起きる事はなくて、
もし、ミドリを避ける様な事をしたり、言いふらしたりしたらどうしようかと思っていましたが、
「おはよう」と起きてきて、いつもと変わりなくミドリの横に座って朝ごはんを食べ、
ラジオ体操に行くのに、
「ミーちゃん、手ェつないで行こう?」
と、いつもと変わりなく、
昨日の出来事を、もしかすると夢か何かと思っているのではと思うほど、
口にする事はありませんでした。
これには私もミドリも、とても拍子抜けし、
もし、妹が口を滑らしたらと、幾らかの対策を練っていたのですが、その対策を実行する事はありませんでした。
大人になり、私とミドリは今も仲良くしていますが、
妹とミドリは、ミドリが引っ越したのを機に、全く付き合いが無くなりました。
私も妹と絶縁状態にある事をミドリは知っています。
何度か妹の事で相談した時、
「にゃにゃみの持つものと、妹ちゃんの持つものは、全く正反対の、絶対相容れないものなんだよ。
2人は姉妹だけど、本当に分かり合えることはないと思う…。」
寂しそうな顔で、そう言っていたのを思い出します。
あの時、ミドリが気づき、妹に近づいてきたものは一体何だったのか、
憑くものではなく、取り込むものでもないものとは一体何なのか、
そんな存在のものに、好かれる妹…。
相容れないと、言われる私…。
知りたいとは思いません。
煩わしい事にこれ以上巻き込まれたくはありませんから…。
作者にゃにゃみ
誤字を修正したら、何を思ったか、投稿削除してしまいました(´Д` )鈍臭…。
コメント、怖ポチ頂いてた方、ごめんなさい…(´Д` )
妹と、私と、ミドリの話です…。
今回は、ミドリに相談した上で、この思い出話を投稿する事になりました。
先に投稿した、『夢と現…』に少し繋がるところがあったりしたので、連続投稿したのですが…。
消してしまう前、読んで頂いてた方、本当にごめんなさい(´Д` )