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いらっしゃいませ おでん屋でございます。
大根、牛すじ、ちくわにはんぺん...各60円で販売しております。
60円がないお客様には特別に、おでん1つにつき怖い話1つで販売しております。
今日は50円玉貯金中の佐々木さんのお話です。
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中学を卒業して、高校行かないで働いたんだよ。
最初の3年間は実家に住んで貯金して、18歳になった時に貯まった金で一人暮らしを始めたんだ。
兄弟が多くて自分の部屋なんてもんがなかった俺は、6畳のせまくてボロい部屋でもすごく嬉しかったんだ。
最低限の家電だけ先に設置して、後回しでも問題ないダンボールは部屋の隅に追いやった。
買ったばかりのテーブルにコンビニ弁当を乗せて遅い昼飯を食ってたんだ。
腹がいっぱいになったら残りの片付けが面倒になって、そのまま少し寝ることにした。
持ってきた布団を敷いて横になった。2分もしないで寝たと思う。
特に夢を見るでもなく2時間近く寝ていた。
顔にワサワサと何かが当たっているのに気が付いて目が覚めたんだ。
なんだろうと目を開けると、目の前に俺をのぞき込む顔があったんだ。
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俺をじっと見るそいつは灰色の髪にシワシワの目元、首には細い切り傷みたいなのが沢山ある知らないババアだった。
驚きすぎて声がでなかった。
起き上がったら顔にぶつかってしまうので起き上がれもしなかった。
横になったまま歯をカチカチ鳴らし、ババアを見ているしかなかった。
30秒もしないで、ババアが喋り始めた。
「まだ夕方でございます」「片付けが終わっておりません」だってさ。
そんな事より誰なのかどうして部屋にいるのかが知りたくて、震える声を絞り出して聞いてみたんだ。
そしたら無表情のまま「佐々木さんのお世話係でございます」って言うんだよ。
そんなもん頼んだ覚えはないし、第一気持ちが悪い。
いらないから帰ってくれって言っても「お世話係でございます」って繰り返すだけでずっといるんだよ。
この時は痴呆かなんかなのかなって思ってた。
このままでいるわけにもいかないし、寝そべったままズリズリとぶつからない所まで移動して起き上がった。
怖かったけど相手はヨボヨボの年寄りだし何かあっても力で勝てる。
とりあえず家から出ていって貰おうと腕をつかもうと手を伸ばした。
手は生暖かい空気の層を通り、すり抜けた。
事態が飲み込めなくて惚けてる俺に、ババアは「おばけでございます」だってよ。
全然向こう側とか透けてないし、足生えてるし浮いてもいないのに。
力で勝つのは無理になり、ババアも攻撃してくるような様子はなかったから話し合うことにしたんだ。
.....
元々ここに住んでいたのは自分で、俺の方が後から入ってきたこと。
出ていく気は全くないこと。
俺がだらしないからお世話係をしようと決めたこと。
自分の名前は忘れてしまったこと。
.....
そんな話をした。
説得は無理そうなので脅かさないことや悪さをしないことなど、いくつか条件をつけ2人で暮らすことになった。
名前は【おばあ】にした。おばけだから。
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夢の一人暮らしは初日から1人ではなくなってしまった。
おばあは約束通り悪さはしないが、あれこれ口煩く小言を言ってくる。
毎日コンビニ弁当は体に悪いだの、未成年なんだから酒はやめろだの、その靴下は今日の服に合わないだの、何にでも口を挟んでくるんだ。
そんなおばあがちょっとウザかったけど、引っ越す金もないしオバケが出るからって理由で実家に帰るなんて恥ずかしくて出来なかった。
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無害なおばあが豹変したのは1年後、俺が彼女を部屋に連れてきた時だった。
オバケがいるって言ったら見たいって言うから連れてきたんだ。
ドアを開けるといつも通り、おばあが出迎えた。
「これ、見える?」
おばあを指差しながら彼女に聞いた。
彼女は視線を指の先のおばあに向けながらも「見えないけど」って一言。
こんなにハッキリ見えてシッカリ喋るのに見えないとは思ってなかった。
「これ見えないのか」と、独り言のつもりだったんだけど
「見られたくもございません」っておばあが答えた。
おばあと話すと独り言みたいになるから、おばあを無視してそのまますり抜け、部屋でDVDを見たり彼女の手料理に嬉しさを爆発させたりした。
そして引越し祝いと言い、前のデートで一緒に撮った写真を写真立てに入れてテーブルに置いた。
その間おばあはずっと玄関からこっちを見ていた。
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流石におばあの前でいかがわしい事は出来ないから20時過ぎに彼女には家に帰ってもらった。
彼女が帰るとすぐに目の前まで移動してきて、説教が始まった。
言い方を色々変えて沢山言われたけど、全部「あの娘は佐々木さんには合いません」って内容だった。
おばあに「余計なお世話」だと言い、風呂に入った。
ついてきた。
風呂とトイレには付いてこない約束を初めて破られた。
オバケでしかも年寄りとはいえ、流石に恥ずかしかった。
出ていけと言っても出ていかず、背中を洗う俺の後ろで「洗い残しがございます」って言ってた。
急いで全身を洗い風呂から出ると、彼女が置いていった写真立てが倒れていた。
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立て直すと彼女の顔の部分に3本ひっかいたような傷が出来ていた。
「おばあ、なにこれ?」
「知りません」
おばあはいつもより心なしかムッとして俺の質問には答えなかった。
俺も彼女を否定され約束も破られ態度も悪いおばあに腹が立った。
喧嘩すらする気にならなくて、そのまま会話をすること無く布団に潜ったんだ。
電気を消してもう少しで意識が夢の中へ行きそうな時、左半身がふわっと暖かくなった。
眠い目を開けて左を見ると、おばあがいた。
「寝るときは離れててくんない?」
そう言ったのだがやはり無言のまま隣に居続けた。
オバケがいるからなのか、それがババアだからなのか...まったく眠れないまま朝になった。
カップラーメンを食べて仕事の準備をした。
無視するつもりだったけど癖で「いってきます」と言い、家を出た。
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いつものように何事も無く仕事を終えて家に帰ると、おばあがいなかった。
居ない方が嬉しいのは確かだが、急に居なくなると落ち着かない。
その日俺は初めてちゃんと"一人暮らし"をした。
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2日経っても、3日経っても、1ヵ月経っても...おばあは帰ってこなかった。
そしてその頃から彼女と連絡が取れなくなった。
電話をしても出ず、職場に行ってもいなかった。
無断欠勤してるらしく、どうしているかはわからないそうだ。
彼女の実家を知らない俺にはそれ以上探す場所が思いつかず、そこで探すのを諦めてしまった。
そんな時、ひょっこりとおばあが帰ってきた。
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「だたいま ゆうくん」
おばあはフレンドリーに俺を呼んだ。
急な帰宅と豹変ぶりに驚いていると、すごく嬉しそうに喋り始めた。
「ゆうくんごはんちゃんと食べてた?」
「さみしかった?」
「おばあがいるから大丈夫だよ」
まるで彼女のような口振りに少し気持ちが悪くなった。
どこへ行っていたのかも、何をしていたのかも、正直どうでも良かった。
「あの女、ちゃんと処理しておいたから」
おばあのこの一言を聞くまでは。
すぐに"あの女"が彼女のことだとわかった。
俺はおばあに彼女をどうしたのか怒鳴りながら聞いた。
おばあは相変わらず笑顔で「川の底で暮らしてるよ」って言うんだ。
何も考えられないくらい頭が真っ白になっていると、おばあが優しく肩を抱いてきた。
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おばあに、触れた。
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氷みたいに冷たくなったおばあの手は、ちゃんと俺に触れていた。
「少し冷えちゃったから、一緒にお風呂入ろうか」
おばあの誘いを無視して家を飛び出した。
もうかっこ悪くてもいい。実家へ帰ろうとタクシーに乗り込んだ。
運転手に行き先を告げ、実家へ向かう。
途中の道におばあがいた。普通なら通り過ぎるタクシーが、止まった。
「お連れ様でしょう?」
運転手がそう言うと同時に、隣におばあが乗り込んだ。
すぐに降ろして貰おうと思ったけど、運転手は止まってくれない。
そして2人で俺の実家についてしまった。
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玄関の前で家に入るのを躊躇っていたら、中から母親が出てきた。
「びっくりしたー急にどうしたのー」と、この緊急事態に間抜けなことを言っている。
そしてそのまま視線をスッとおばあに向けた。見えてるらしい。
おばあと目が合うと無言で頭を下げて家に入り、ドアを閉めてしまった。
俺が開けてくれと頼んでも開けてくれない。
おばあは相変わらず笑顔だ。
「お母様にごあいさつも出来たし、帰ろうか」
そう言って俺の手を引き、アパートに戻ってきた。
涙しか出てこなかった。
それからおばあは仕事の時も寝るときも風呂もトイレも...ほぼ毎日どこにでもついて来るんだよ。
周りには「ラブラブだねぇ」なんてからかわれて、本当のことを言っても誰も信じてくれないんだ。
あの時の彼女も見つからないままだし、俺はどうしたらいいんだろう。
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そう話し終えると佐々木さんは薩摩揚げを食べて帰っていきました。
作者おでん屋
恋物語