会社の同僚同士での飲み会のことだった。
夏と言えば納涼であり、更に言えば「怖い話」。ということで、皆で怖い話をすることになった。
それでも皆が口にする話は何処かで聞いたことのあるようなものばかりで、オチが読めてしまい大して怖くなかった。だが、話し手の最後になった高橋が語る話は、常軌を逸する出来だった。皆はあまりにもその話に真実味を感じ、恐怖した。しばらくの沈黙が続くほどだった。語った高橋でさえ、当時を思い出してか顔色を青くしていた。
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「高橋の怖い話」
俺は大学生の頃、「怪奇現象研究会」というサークルに所属していた。
何をするかと言えば、心霊スポット巡りや都市伝説の検証、心霊写真の研究……。まあ、聞こえはいいが、実際の活動は血気盛んな男女がよくやるような肝試しと何ら変わりはない。
ある日、俺は面白いサイトを見つけたのでサークル内で発表した。
「なあ、みんなこのサイト知っているか?」
と俺は誇らしげにノートパソコンの画面を皆に見せた。
「なにこの地図?」
先ず興味を持ったA氏が質問をした。
「これは、今までの事故物件が載っているサイトだよ」
その言葉を聞くと、他のメンバー(A氏以外に二人の男しかいない)がノートパソコン前に集まってきた。
当然先ず皆は何をするかと言うとは、自分が住んでいる付近を調べ始める。今住んでいる家が事故物件だったらどうしよう、と皆がそう思ったに違いない。だが、その最悪のケースに陥った奴が一人だけいた。そう、A氏だった。
「マジかよ。ドクロのマークがたくさんあるんだけど……」
事故物件の場合は、地図上にドクロのマークが浮かぶ。そこをクリックすると、建物名や事故物件の詳細が出てくる。A氏の場合は、一棟のアパートなのだが、そこだけでドクロマークは六つもあった。
「おい、しかも全部俺が住んでる部屋じゃねえか!」
もはや笑えない。皆の視線はノートパソコンの画面上に注がれた。俺は、詳細を更に読む。
「死因も全部殺人だね……」
一気に皆の周囲に不穏な空気が流れ、途端に「引っ越した方がいいよ」「見つかるまで家に泊まってもいいぞ」とA氏を心配に思ったメンバーが一斉に声をかけた。
俺は即座にサイトを閉じた。ぱっとA氏を見てみると、顔は青ざめ微かに震えている。
「だからあんなに家賃安かったんだ。で、でもまだ引っ越して一週間くらいだけど、何も起きていない」
事実を拒むかのように、己を肯定し始めるA氏。声量の調整を出来ていない様子から見ると、動揺しているように思えた。俺は、彼を落ち着かせるために「これは研究会にとっていいチャンスだよ! 今日バイト終わったら俺泊まりに行く」と思わず言ってしまった。
「ほんとか! 助かるなあ」
あんなに安堵したA氏の顔は初めて見た。正直に言って何であんなことを言ってしまったのか後々後悔した。俺は見てしまった。更に続けて書いてあった詳細を……。
『事件を担当した刑事に取材したところ何者かに食い千切られた形跡があった模様。未だに原因不明である』
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A氏にはバイトが終わったら連絡すると告げて、俺は居酒屋のアルバイトに向かった。
いざバイトが始まると、ピーク時ということもあり、あっという間に時間が進んだ。ふと時計を見るとあがる23時。途端にA氏との約束を思い出し、「じゃあお疲れ様でした」と一方的に言い放ち更衣室に行った。忙しいときはいつも残業を頼まれるので、強行突破だ。
ロッカーから先ず携帯電話を取り出すと、着信20件。全てA氏からだった。そして、一通だけメールが来ていた。嫌な予感しかない中開封すると、
『助けてくれ殺される』
と記されていた。
俺は恐怖を感じる前に行動が先行した。Aが危ない、と。すぐに折り返しの電話をしたが、呼び出しもせずに留守番電話に繋がった。こうなったら家に行くしかない。
急いで私服に着替えると、駆け足で店を出て愛車の原付に跨りA氏の自宅に向けて急発進した。
A氏のアパートの周辺は更地になっており、ポツンと古びた二階建てのアパートが薄暗い中佇んでいる。夜になると、力弱い電灯しかないのもあって、意図的に作られたお化け屋敷よりも怖い、現実的な恐怖があった。
だが、俺はA氏の安否を早く確認したかったので、二階にあがり彼の部屋である203号室に駆けた。
「おいA! 大丈夫か?」
激しくノックして声をかけたが、しばらく何の返事もない。俺は、ノブに手をかけ、捻ってみた。すると、ドアはすんなりと開く。
慌てて中に入ると、六畳一間には誰もいない。
電気は点きっぱなしで、壁際にある机の上にはパソコンがあり、それも点きっぱなしだ。俺は、瞬時に悟った。A氏に何かあったな、と。
調査をするつもりはなかったのだが、俺は咄嗟にパソコンの画面を覗いた。画面上には「○○県○○区にある噂」と記されており、画像やイラストなるものは一切なく、上から下までズラーと文章が綴られている。
もちろん○○とは、今俺がいるここら一帯のことだ。
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『○○県○○区にある噂』
この地は遥か昔に生贄の風習があったそうだ。
誰に対してかと言うと、人肉を食す妖怪にだった。定期的に生贄で人間を捧げることで、妖怪からの大きな被害を防いでいたらしいが、その関係は長く続き、計り知れない人数が犠牲になったと言う。
だが、文明が発達するつれて人間と妖怪の形成は逆転し、いつの間にか生贄の風習はなくなった。
近代になってくると、この地域では何度か人さらいが発生するようになる。過去の歴史からこれは妖怪の仕業だ、と町の者は判断し、大がかりな「妖怪退治」が行われたが、それで、実際に妖怪を退治したかまではわかっていない。
そして、現代になると、妖怪の存在は架空の話、テレビの中だけの話という認識になり、妖怪に対しての恐怖は抱かなくなった。
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だが、妖怪は未だに存在するのだ。
私の極秘で仕入れた有力な情報によると、妖怪は人間に化けて、世に紛れている、らしい。
さらに踏み込むと、不動産屋を運営し――。
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そこまで読んだ時だった。階段から足音がする。カンカン、と金属音が響く。
俺は気が動転した。何故なら、確実にA氏に何かした存在がここに向かってきている、と思ったからだ。二階の他の部屋は空き家だ、とA氏に言われた記憶がある。
とにかく隠れよう。とは言ってもこの狭い間取りで隠れる場所は一カ所しかない。押入れ。慌てて襖を開け、中に隠れた。少しだけ隙間を開け、そこから様子を窺う。案の定、扉は開かれ誰かが入って来た。
キャップを深く被り、マスクで口を覆っている。上下黒のジャージ姿の、多分男だろう。表情が読み取れない。
しきりにきょろきょろと辺りを窺い、「忘れ物はないねー」と独り言を呟く。俺は全神経を片目に注ぎ、男の言動を漏れなく見詰める。
(あ、あれは……)
俺は気がついてしまった。男の左右の指の先。鋭利に尖った爪が伸びていた。しかも片方からは血が滴っている。
(ヤバいヤバいヤバいバレたら殺される)
男は何かを確認し終えたようで、扉に向かった。俺は「そのまま帰ってくれ」と心の底から祈った。絵に描いたように両手を合わせて。掌には尋常じゃない汗を掻いていた。
「あれー」
男は屈みながら、玄関にある俺の靴の片方を拾う。
「こんな靴あったっけかなあー」
心拍数が激しくなる。頭が揺れる。やばい、このままではバレる。どうしよう、どうすればいい。どうしようどうしようどうしよう。
いや、もうどうしようもなかった。籠の中の鳥と同じだ。
「誰かいるのかなー」
男は振り返り、キャップとマスクを外した。
耳まで裂けた口――口から見える全ての歯は尖っており、真っ赤に染まっている。
掌程の大きさの二つの眼球――かっと見開き、眼の全てが黒一色。
鼻の突起はなく、二つの丸い空洞があった。
俺は、瞬時に悟った。これは、妖怪だ、と。
次の瞬間だった。俺が密着していた襖一枚向こうに男はやってきた。そして、そのでかい眼球の片方は完全に俺の視線を捉える。
「君は誰だー」
俺は堪らず悲鳴を上げた。反射的に襖を蹴り倒し、男は足を縺れさせ転倒した。
ここしかない。俺は無我夢中で扉まで走った。扉を開け、階段を駆け降りる。
幸いにも原付にキーを差したままにしていたので、時間をかけることなく発車できた。
「逃げるなー」
そう声がしたかと思えば上空からあの恐ろしい顔面をした男が飛んできた。二階から飛び降りたようだ。
着地すると、俺に向かって走って来る。それでも俺は原付に乗っているので、追いつかれることはあるまいと思っていたが、もう一度振り返った頃には、目の前まで接近していた。
俺は、再び悲鳴を上げ、速度を全開までに上げる。そして、恐怖のあまり振り返ることができなかった。とにかく開けた町まで逃げようと直進した。微かに「逃がさないからねー」と聞こえたような気がした。
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しばらく走っていると俺は警察官に止められる。とにかく逃げることしか考えていなかったから、ノーヘルだったし、速度もかなり飛ばしていた。
「君ダメでしょう」
警察官は開口早々に注意した。だが、俺は言い訳ではなく、こうせざるを得なかった理由を必死に弁明した。
「一回落ち着こうか。ほら深呼吸」
警察官に言われるがまま俺は深呼吸をする。
「じゃあもう一回説明して」
深呼吸をしたからか幾分か落ち着きはじめ、先ほど起きた恐ろしい出来事を丁寧に説明した。
「へえー妖怪ねー」
俺は何とか伝わるように説明をしていたが、警察官はまるで俺を品定めするように上から下を見て、腕を手に取って摩ったり、腰の肉をつまんだりして全然話を聞いている感じがしない。
「ねえ真面目に聞いてくださいよ」と俺は堪らず声を荒げてしまった。
「聞いてるよー」
おや? と思った。急に警察官の声質が変わったような気がしたからだ。――その時だった。警察官は石をも砕く握力で俺の手首をぐっと握った。激痛が走る。
「ちょ、ちょっと何を――」
俺は言葉を失った。警察官の顔が……。
「その妖怪ってこんな顔ー」
口が耳まで裂け、かっと見開いた大きな目をしたあの妖怪と同じ顔がそこにあった。
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この話を聞いた時、みんなが同じことを思った筈だ。その話が本当なら高橋は殺されてしまうのでは、と。
高橋が次に言う言葉を待っていたが、顔を俯き一向に口を開こうとしない。
堪らず「で、お前はその後どうなったんだ?」と俺は聞いてみた。それでも高橋は顔を上げない。
同僚の皆は気味が悪いという感じに浮かない表情をしていた。そして「悪い俺帰るわ」と一人が言いだすと、続けて「私も」「俺も」と結局俺以外が帰ろうとし始める。もちろん俺も「じゃあ俺もそうする」と後に続いた。
確かに高橋の雰囲気は異様で、話した話も怖いし、結果の後味が悪い。だって、じゃあここにいるお前は何なんだ? と聞きたくなる。だが、それは怖くて誰も聞けない。黙り続けているので、帰ろうとするのも仕方ないだろう。
すると、高橋は笑い始めた。しかも甲高い超音波のような人間の声ではない。皆は立ったまま高橋に視線を送っている。
「人間てさーおいしいよねー」
高橋が顔上げた時、皆は一斉に悲鳴を上げた。
耳まで裂けた口、掌程の大きさの二つの眼球、鼻の突起はなく、二つの丸い空洞があった。高橋が話した妖怪と全く同じ顔がそこにある。
ゆっくり立ち上がると、高橋は「こんなにさーたくさんいれば当分困らないねー」と不気味に笑って見せた。
同僚の一人が溜まらず駆け足で逃げていく。だが、間もなくして液体が床に大量にこぼれる音とくちゃくちゃと肉を噛む咀嚼する音が後方から聞こえてきた。もう一人後ろにいるようだ。
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そうだ、一つ説明していなかったことがある。
ここは高橋の家の中だ。
作者細井ゲゲ
ども。
いやあ、投稿している以上アワードを取りたいなあ、と思いますが、やはり強豪にはかなわないですかね。と弱気な細井ゲゲです。
今回は、事故物件が載っているサイトを見つけて楽しんでいるうちにこの話を思いつきました。
ご感想やアドバイスがありましたらどしどしお寄せください!
今後の作品に役立てますm(_ _)m
また、やはりたくさんの「怖」をいただくにはもっとライトな話がいいものかと怖話ユーザーが好む話を書こうとは思っているのですが、もっと短い話が書けずに悩んでいます。
アワード受賞に向けたご意見やアドバイスもできたら宜しくお願い致します!
PS気に入ってくれたなら是非私の読者になってください!