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カチャカチャと食器のぶつかる音で今日もボクは目を覚ます。
ワンルームの狭いアパートのボクの部屋。
そのおよそキッチンなどとは呼べないお粗末な台所で、今日もキミはボクの為に朝食を作っている。
「おはよう」
寝ぼけ眼を擦りながらボクが声をかけると、一瞬驚いた顔をこちらに向けた後、弾けるような笑顔でキミはいつもと同じ言葉を返す。
「おはよう!ごめん、起こしちゃったね。うるさかった?」
「大丈夫だよ。そろそろ起きないといけない時間だしね」
ボクがそう答えると、満足そうに微笑んで、キミはまた調理に取り掛かった。
いつもと変わらない朝。
ボクは、シンクに並べられた皿達をテーブルへと運ぶ。
「あ、良いのにー。私が運ぶから、たっちゃんは座ってて?」
皿を運ぶボクに気付いてワタワタするキミ。
「良いよ良いよ、ふたりでやった方が早いだろ?キミも楽になるし」
「ありがとう」
キミは嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、行ってきます」
これまでと同じ時間に、キミは会社へと向かう。
もう少ししたら、ボクも家を出る時間だ。
「後片付け、ごめんね。流し台に置いといてくれるだけで良いからね」
キミは申し訳なさそうに微笑んでから、小走りで出て行った。
ボクは玄関のドアを閉め、テーブルに並んでいた大小様々な皿を、食器棚へと片付ける。
ストッカーから食パンを一枚取り出し、牛乳と一緒に喉の奥へと流し込んだ。
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キミは何も変わらない。
あの頃と同じように、ボクの為に朝食を作り、会社へ向かい、帰宅後は、ボクの作った夕飯を食べ、一緒に風呂へ入り一緒に眠る。
あの頃と違うのは、キミが、自分の身に起きた事を知らない事だけだ。
キミはあの日、キミの誕生日に、ほんの少し残業になり、約束の時間に遅れていて とても慌てていた。
ボクが予約しておいた店に向かって走りながら、ボクに電話をかけてきた。
「ごめん!今、向かってるからね!ごめんね!もう少し待ってて!」
ハアハアと荒い息遣いで、キミは叫ぶように電話口で言った。
「大丈夫だよ、慌てないで、ゆっくり向かって。危ないから」
ボクがそう言って、キミは「ありがとう」と言おうとしたのだろう。
「あり」
耳元でキミの声がそこまで聞こえた時。
shake
shake
キュキキキキキキィーーーーーーーーッ!!
という甲高い音が電話の向こうに鳴り響き、同時に、
shake
ガンッ!
という音が少し遠くからして、すぐ後にとても近い場所から、
ガツッ
という音がした。
そしてそのまま、電話が切れてしまった。
何度かけ直しても、呼び出し音が鳴るだけで、繋がらない。
電話が切れる直前に聞こえた全ての音で、何が起きたのかは容易に想像できた。
ボクは店を飛び出し、キミを探した。
キミの会社から、ボクの予約していた店までの道。
キミを探して走るボクの横を、救急車とパトカーと、事故処理車が走り抜けていった。
心臓が握り潰されているのかと思うほどに痛んだ。
嫌な予感が次々にボクを襲って、その場に崩れ落ちそうになるのを必死に踏ん張り走り続けた。
そのボクの目に、次々と飛び込んでくる光景。
キミの会社からそう離れていない交差点。
そこに集まる人だかり。
渋滞して、ゆっくりと進む車の列。
道路脇に停められた、赤色灯を回したままの警察車両と、ボンネットが大きく凹み、フロントガラスに蜘蛛の巣状のヒビが入った乗用車。
そのそばで、事故の状況のやり取りをしているのであろう、項垂れた男と警察官。
救急車は、もういなかった。
代わりに、跳ね飛ばされたキミが倒れていたらしき場所に、血だまりが残されていた。
ボクは、よろよろと歩み寄り、
「あの。。。もしかしたら、跳ねられた人、ボクの知人かもしれないんです。。。どこに運ばれたか、教えて頂けないでしょうか。。。」
そう訊くのがやっとだった。
気付くと、ボクは警察署の遺体安置所にいた。
目の前には、顔に白い布を掛けられたキミ。
事故の状況を署員から説明されたかもしれない。
でも、覚えていないし、理解もできなかった。
受け入れられなかったんだ。
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それからボクは、まるで抜け殻のような毎日を送った。
会社もボクの状況を考慮してくれて、病欠という事で長期の休職を許可してくれた。
食事もほとんど喉を通らず、横になっても眠る事もできず、ただただ毎日泣き暮らしていた。
そんなある日だった。
玄関からガチャガチャと鍵を開けるような音がした後、ドアを開ける音、そして閉める音が聞こえてきた。
ボクはぼんやりとした頭のまま、視線を玄関へと移した。
「ただいま」
そこには、あの日、キミの誕生日の朝に見たままのキミが、微笑みながら立っていた。
靴を脱ぎ、こちらに向かって歩きながら、矢継ぎ早に聞いてくるキミ。
「どうしたの?そんなに驚いた顔して。おかえりって言ってくれないの?ていうか、どうしてそんなにやつれてるの?あれ?今日休みだったっけ?」
ボクは混乱していた。
あの日、確かにボクはキミの遺体を、警察署の遺体安置所で確認したんだ。
ご両親のご厚意で、通夜から骨揚げまで居させて貰った。
あれは夢だったのか?
いや、そんなはずは。。。
「ねぇ、ホントにどうしたの?」
キミが笑っている。
ボクの大好きだった笑顔。
キミの笑顔。
ボクは━━━━━━━━。
もしも今ここにいるキミが、この世のものではなくても、ボクを道連れにする為に現れたのだとしても、そんなこと、もうどうでもよかった。
おかえり。
キミの帰る場所がボクのところでよかった。
おかえり。
もう絶対に離さないよ━━━━━。
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「本当に、もうダメなんですか?」
陽子は 俯いて視線を外す医師に何度も詰め寄っていた。
傍らでは、初老の夫婦が目頭を押さえ泣いている。
「申し訳ございません。。。ご理解頂いていると思いますが、こちらに運ばれて来られた時、既に呼吸停止の状態にあり、すぐに脳内の出血を除去する手術と心肺蘇生を行いましたが。。。
現在はご存知のように、人工呼吸器を付けている状態です。自発呼吸は。。。停止しています。
術後は深昏睡の状態になり、その後二度の検査により、一回目、二回目の検査共に、全項目ネガティブという結果でした。
。。。非常に残念ではありますが、現在、達彦さんは脳死状態にあると言わざるを得ません。
ご家族のご意向で人工呼吸器を作動させたままにしておりますが、あと数日で心停止するものと思われます。
人工呼吸器で呼吸をしてはおりますが、達彦さんはもう。。。お亡くなりになられたのだと。。。どうかご理解ください。。。」
医師はとても言い難そうに、途中途中言葉を選びながら、もう何度も陽子達に説明してきた事を繰り返した。
━━━━━あの日、陽子の誕生日を祝う為に予約した店に向かっていた達彦は、自身の運転する車で大きな交差点に停まっていた。
信号が赤から青に変わり、達彦はアクセルを踏み交差点へと侵入した。
そこへ、信号を無視した大型トレーラーが突っ込んできたのだ。
達彦の車は大破し、救急車が到着した時は既に、虫の息だった。
あの日からずっと、達彦は眠り続けている。
「だって、まだ息をしてるわ。体だって温かいのに。。。もしかして、もしかしたら。。。」
「陽子ちゃん。。。」
取り乱す陽子の肩に、年老いた手がそっと乗せられた。
「陽子ちゃん、ありがとう。でも、見て、陽子ちゃん。人工呼吸器で酸素が送られているから、呼吸もしているし体は確かに温かいけど。。。指先や足先は、もうとても冷たいんだ。
もう。。。ちゃんと休ませてやらないか。。。」
達彦の父が、零れ落ちる涙を拭いもせず、語りかけてくる。
「お父さん。。。」
目を見開き、カタカタと震える陽子。
「陽子ちゃん、あたしからもお願いするわ。もう、解放してあげましょう。あたし達の気持ちの為だけに達彦をこうして縛り付けていては、達彦だって、きっと疲れてしまうわ。陽子ちゃん、どうか。。。お願い」
達彦の母は、静かにそう言うと、陽子を抱きしめ、声を殺して泣いた。
ーだって。。。たっちゃんは、息をしてるのに。。。心臓だって、弱々しくたって動いてる。それなのに。。。ー
陽子は、顔だけをゆっくりと動かし、達彦を見つめた。
〜陽子。。。〜
その時、陽子の頭に直接響くように、達彦の声が聞こえた。
〜陽子、ありがとな。ずっとそばにいるよ。キミを守っていくよ。だから、ボクは大丈夫だよ。ちょっとだけ休んでくるから、いつかまた逢える日まで、キミもゆっくりと休んで。。。〜
陽子の眼からボロボロと涙が止めどなく溢れ、陽子はその場に崩れ落ちた。
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爽やかな秋晴れ。
もう雲が高くなった空に、煙になった達彦が登っていく。
「たっちゃん、私がそっちに行く日まで、浮気なんてしたら承知しないんだからね。それまで。。。ちょっとだけ。。。さようなら。。。」
空を見上げる陽子の瞳には、涙がひと雫、キラリと太陽を反射していた。
ーFINー
作者まりか
最近似たような話ばっかですみません┏○ペコッ
だいぶネタギレです( ;∀;)
それでも最後までお付き合いくださった皆様、ありがとうございます♡
画像をいくつかお借りしています。
いつもお世話になります(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾ᵖᵉᵏᵒ