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もう時効かなと思うので、厄落としのつもりで話そうと思います。
。。。あれは、私がある会社でOLをしていた頃の事です。
今は結婚して、会社も退職したのですが、あの頃はまだ恋人もいなくて、職場と家の往復ばかりで、あまり人とのお付き合いは得意ではありませんでした。
と言うのも、子供の頃からの環境がトラウマで、自分でない人の視線が怖かったんです。
ある方のおかげで、少しずつ克服して、こうして家庭を持つ事ができました。
その方は私の上司で、その頃の役職は部長でした。
部長は仕事にはとても厳しいのですが、休憩時間などの時にはオヤジギャグを炸裂させて場を凍りつか。。。和ませる天才で。
部下にも上司にも慕われているとても素敵な方でした。
人の顔色を伺って、いつもビクビクしていた私の事もよく気にかけて頂いて、時々、怖い話を聞かせてくれたり。
そんな部長と接するうちに、いつの間にか同僚とも打ち解けて、笑顔になれる日も増えていきました。
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ある時、大きなプロジェクトが成功して、打ち上げをしようという事になって。
何故か、私と部長が幹事役を任されたんです。
部長と話し合って、日にちやお店も決まり、当日はみんなで集まり大騒ぎしました。
部長はあまり元気がなかったんですけど。。。
その、お店をどこにするかで部長と話し合っていた時、予約の電話を終え受話器を置いた私に、部長が訊いてきたんです。
何か怖い話ない?って。
部長は自他共に認める怪談好きで、よく色んな人に怖い体験談なんかを聴いて回っていたんですが、まさか私にまで訊いてくるとは思ってもみませんでした。
あまりそういった類の経験はないのですが、一つだけ、トラウマにもなっている話をしました。
子供の頃のある事がキッカケで、10年間舐め続けた飴の話です。
部長はとても興味深そうに、うんうん、と聞きいっていました。
つい最近、それをネットで作品として出しても良いかと聞かれたので、断る理由もありませんし、いつもお世話になっていた部長のお願いですから、快諾しました。
。。。話を戻しますね。
私の話も終わり、お店の予約も取れたので、その日はそのまま解散しました。
次の日出社すると、部長が話しかけて来ました。
この10円玉、キミの?
って。
朝会社に出てくると、部長のデスクの上に置かれていたそうなんです。
違います、と答えると、私が来るまでに他の社員にも訊いてまわられたようで、
キミもかぁ〜
と困っておられました。
そんな、10円玉だし、部長のデスクの上にあったのなら、そのまま財布に入れてしまえば良いのに、こういう事にも真面目なところが、部長らしい、そう思いました。
私のいた部署には、そういう持ち主のわからない小銭などを入れる、貯金箱が設置されていたんです。
ある程度貯まったら、休憩時間のみんなの飲み物を買ったりして、全員に還元していました。
そこに入れておいたら、と提案すると、部長は今気付いた!という顔で、
ああ!そう言えばそうだよね!
と言って、10円玉を貯金箱にチャリン、と入れていました。
でも。。。変なんですよ。
次の日もその次の日も、毎日毎日、出社してくると部長のデスクの上に10円玉が置いてあるそうなんです。
社員に訊いても心当たりのある者は誰もいなくて、毎回貯金箱に入れていたので、そこまで気にするような事でもないのかもしれませんが、毎日毎日、誰も置いた覚えのない10円玉が置いてあるという事に、なんだかみんなモヤモヤしていました。
それで、ある社員が言い出したんです。
帰ったフリをして、みんなでこっそり見張っていたらどうか、って。
部長を含む何人かは乗り気で、早速今夜隠れて見ていよう、という事になりました。
家庭や予定があったり、興味のない社員は、結果を教えてくれと言って、帰ってしまいましたけど。
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部長と、数人の社員と一緒に私も居残り、部署のすぐ横にある喫煙所に一旦隠れました。
会社の定時は過ぎているので、各部署も廊下も、もちろん喫煙所も電気は消されていて、非常階段を示す看板だけが、緑色の明かりをぼんやりと灯していました。
それが各部屋の窓ガラスや、リノリウムの床にぼうっと反射して、それだけでも薄気味悪い雰囲気満載でした。
みんな押し黙ったまま、喫煙所の窓ガラスの下に座り込んで息を潜めていると。。。
ぺたん。。。。ぱたん。。。。ぺたん。。。。ぱたん
って、何かの音が聞こえてきたんです。
私達の部署がある部屋とは反対方向から独特なリズムで、ゆっくりゆっくりそれは近付いて来ました。
私達は、その音に聞き覚えがありました。
私達の会社は、ビル全体が自社ビルになっていて、入るとすぐに靴箱が設置されています。
そこで外履きの靴を脱いで、社内用のスリッパなどに履き替えるんです。
社内用の履物はほとんどの社員が各自持参しているので、来客用のスリッパを履いているのはごく僅かな人達だけなのですが、そのスリッパの片方だけが大きな音を立てる、クセのある歩き方をする人がいました。
私達は見つからないように、更に体を低く沈ませ、じっと音が通り過ぎるのを待っていました。
エレベーターホールからやってきたその音は、ぺたん、ぱたんと響かせながら、だんだんと大きくなっていき、いよいよ私達のいる喫煙所の前にさしかかりました。
ぺたん、しゅりっ、ぱたん、しゅりっ、ぺたん、しゅりっ、ぱたん
と、もう喫煙所の真横を歩いているので、全ての音がハッキリと聞こえてきていました。
じっと息を殺してやり過ごすと、
かちゃ。。。
ととても用心して扉を開ける音が聞こえました。
そしてしばらくしてもう一度、
か。。ちゃん。
という音がして、完全に中に入ったのがわかりました。
私達は音を立てないように、そーっと喫煙所から出ると、更に慎重に部署の扉を開きました。
扉を開いた時、開く役目をした人が、先ほどの音の主がこちらを振り返ったりしていないか確認をして、それから身を屈めてコソコソと部署内に侵入しました。
まるでスパイにでもなったようでした。
相変わらず、部署内でも
ぺたん、しゅりっ、ぱたん、しゅりっ
という音が聞こえています。
私達はターゲットである部長のデスクから一番遠いデスクの影に隠れて、そーっと顔を出しました。
そこには。。。
部長のデスクに向かって一直線に進む、課長の姿がありました。
課長は、少し右足が悪いのかいつも右足を引きずるようにして歩くので、その時に、しゅりっ、という音が聞こえるのです。
課長は、部長のデスクまでたどり着くと、いきなり、部長のデスクにしがみついたんです。
想定外の行動に、私達は言葉を失い、口を押さえて え?え?、と顔を見合わせあってしまいました。
顔を引き攣らせてデスクの方向に釘付けになっているのは、部長だけです。
その時、部長のデスクの方向から、ぼそぼそと何か聞こえてきました。
最初は何を言っているのか全く聞き取れなかったのですが、集中して耳を傾けていると、やがてハッキリと聞こえ始めました。
課長は。。。
「甲斐君。。。いや、段四郎。。。いつになったら気付いてくれるんだい。。。毎日毎日、ワタシの気持ちを込めた10円玉をキミのデスクに置いているというのに。。。部下が置いているわけないじゃないか。。。ああ。。。段四郎。。。早く気付いてくれよ。。。もう、待ち切れなくなりそうだ。。。」
暗くて顔色まではわかりませんでしたが、引き攣った部長の顔は、きっと真っ青だったと思います。
デスクの方向を見据えたまま、小刻みに震える部長を、初めて可哀想に思いました。
きっと他の社員もそうだったのでしょう。
誰ともなく、そっと静かにドアの方へと向かい始めました。
部長は、あまりに衝撃が強過ぎたのか、まだ動けずにいるようでした。
そんな部長のワイシャツの袖を遠慮がちに引っ張ると、弾かれたようにこちらを向いて、私に気付くと困ったような顔をしました。
私は無言でドアを指差し、部長を部屋の外へと誘導しました。
その間も、課長の部長を呼ぶ声が、愛を囁く声が、ずっと聞こえていました。
私達はそのまま、また喫煙所に隠れると、課長が出て行くのを待ち続けました。
どれくらい待ったでしょうか、課長が部屋から出てきて、あの特徴のある足音を響かせながら帰って行きました。
示し合わせたわけではないのですが、私達は、課長のいなくなった部署に戻ったんです。
もちろん、部長のデスクを確認する為です。
なかなか足の進まない部長の背中を優しく押しながら、部長のデスクに集まった私達の見た物は。。。
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部長のデスクの真ん中に、何故か濡れた状態で置かれた、10円玉でした。
想像したくはないのですが、あれは、課長が舐めたんだと思うんです。
部長は。。。涙目になって震えていました。
いつもおちゃらけて、オヤジギャグを炸裂させていた部長が。
残業もハードワークもものともしない、怖いものナシだと思っていた部長が。
。。。それはそうですよね。
だって。。。朝には乾いていてわからなかったとはいえ、おそらく課長が口に含んだであろう10円玉を、素手で毎日触れていたんですから。
まさか妻子ある課長に狙われていただなんて、恐怖以外の何ものでもなかったはずです。
その後、一緒に残っていた社員の一人が無言で10円玉をハンカチに包むと、そのハンカチごと、ゴミ箱に投げ捨てていました。
無言のまま私達は会社を後にしましたが、翌日、珍しく部長は体調不良で欠勤していましたね。。。
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その後もしばらく10円玉は置かれ続けていましたが、誰が撮ったのか、誰がしたのか、部署のスケジュールボードに、暗い部署内で部長のデスクにしがみついている課長の姿が写った写真が貼り出されたのをキッカケに、課長は転勤の辞令が降り、無事、解決したようでした。
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あれから10年が経ちましたけど、部長、今はお元気でおられるのでしょうか。。。
かなりトラウマになってるようでしたから。。。
―FIN―
作者まりか
遅くなりましたが、怪談師さん、8月のアワード受賞おめでとうございます(*´艸`*)
こんな話でごめんなさい(´>∀