これは私がまだ高校生だった頃、友人と電車を乗り継いで明石海峡大橋が一望できる海水浴場に出掛けた時の話だ。
駅を出ると180度パノラマの真っ青な海と空が待っていた。
チリチリと肌を焦がす太陽に、甘ったるいココナツオイルの混じった潮風が私達5人を包み込んだ。
ビーチには溢れんばかりの人、人、人。
海の家から流れてくる開放的な音楽にテンションの上がりきった私達は、さっそくTシャツの下に忍ばせていた水着姿になると誰とも言わず海の中へと飛び込んだ。
あまり泳ぎの得意ではないレイは、私達のはしゃぐ姿を尻目に砂浜にシートを張り日傘を立てて、何やら得意のスケッチを始めている様子。
一頻り泳ぎを楽しんだ私達はコーラで乾杯し、今更ながら日焼け止めクリームをお互いの身体に塗りあった。
「ねえレイ、絵見せてよ」
私がそう言うと、レイはまだ描きかけのスケッチを私に見せてくれた。
そこには思った通り、海の中で馬鹿みたいにはしゃぎ回る私達を模写した一枚が。
だがよく見てみると私の右肩辺りに、明らかに下半身の欠如したお婆さんがしがみ付いていた。
「レイ、こ、これはどういう事?」
私はフツフツと肩から背中にかけて鳥肌が浮き立つのを感じた。
「うん、多分このお婆さんは何年も前にどこかで身投げか水難事故にあって、此処まで流れ着いたんだと思う。
お婆さんたら、こよりが自分の娘に似てるからって離されないように必死で肩に噛み付いていたのよ」
「ちょ、マジで? 」
麦わら帽にサングラス姿のレイは、私からスケッチブックを受け取ると続きの筆を紙面に走らせ始めた。
「でももう大丈夫だと思うよ。こよりが砂浜に上がってきた時には、お婆さんの上半身がゴムみたいにびよーんて伸びて、海の中に戻っていっちゃったからさ」
「………… 」
するとそこへ、トイレから帰ってきた生まれつき肌の浅黒い、夏大好きなハーフのサンが、ビーチボールを膨らませて私達に勝負を挑んできた。
お昼ご飯を賭けて2対2のビーチバレーをやろうですって。
「望むところよ!」
周りの迷惑も顧みずにドタバタと砂浜を転げまわる私達。レイは相変わらず日傘の下で黙々とスケッチを続けている。
結局、サンチームの圧勝でバレーを終了させた私達は、再度コーラで乾杯し、乾いた喉をゴクゴクと潤した。
「ねえレイ、次は何を描いてたの?」
私がそう言うと、レイはまた描きかけのスケッチブックを見せてくれた。そこには案の定ビーチバレーを楽しむ私達の姿があった。
やはりレイの画力は本物だ。とてもこんな短時間で描いたとは思えない程の躍動感に満ち溢れた素晴らしい絵に仕上がりつつある。
「ねえ、これは何?」
いつの間にか私の後ろから絵を覗き込んでいた幼なじみのバンビちゃんが、絵に描かれた私の足元を指差して言った。
「手じゃないのこれ?」
確かによく見ると、私の足首を砂浜から伸びた何本もの白い手が掴んでいるようにも見える。
レイはサングラス越しに言った。
「これはこの先の墓地に眠っていた死者達の悲痛な怨念達が集まって、偶然手となって具現化したモノよ。
ここの砂浜にはずっと昔に、墓地から石碑ごと流されてきた土や石がたくさん混ざり合っているから」
レイが所謂「不思議ちゃん」だという事は以前から知っていたけど、これはいくらなんでもやり過ぎなんじゃないの?まさか私に何か恨み事でもあるのかしら?
そんな事を考えていると、レイの口元がニタリと笑った。
「あ、でももう大丈夫よ、心配しないでこより。試合が終わったと同時にスルスルと土の中に消えていっちゃったから」
「………… 」
昼から少し気分の悪くなった私は、海の家の座敷の上で横にならせて貰っていた。
目を閉じると、レイの絵にあった顔の膨らんだお婆さんの顔がチラつく。
それでも暫くすると緩やかで気持ちの良い潮風に誘われて、ウトウトと舟を漕ぎ始めていた矢先、キーンと耳鳴りが走り、誰かが私の顔を覗き込んでいるような気配を感じた。
ゆっくりと目を開くと、私の周りを何十人もの人間がぐるりと取り囲むようにして座っていた。
ぶよぶよに顔の膨らんだ老婆や泥だらけの子供、眼球が飛び出した男や、顎が千切れてなくなっている女。皆が一様に、私を感情のない空虚な表情で見つめている。
「や、や、やめて!」
ガバリと跳ね起きると一瞬でそれらは跡形もなく消え失せ、海の家は先ほどまでのゆったりとした空気に戻っていた。
「あーもう、こより、動いちゃダメじゃん」
向かいの長椅子には、サングラスを外した美しいレイが座っていた。
「せっかく今日いちの絵が描けると思ったのにー、残念」
レイはスケッチブックをパタンと畳み、立ち上がると、皆んなの待つ砂浜の方へと歩いていった。
【了】
作者ロビンⓂ︎
なんか色々とすいません!やあロビンミッシェルだ。
コオリノ先生のお話を読んでいたら、ついつい真似したくなっちゃいました…ひひ…