長編8
  • 表示切替
  • 使い方

宛先不明の手紙

私には、最近悩み事がある。

今、住んでいるアパートに毎日変な手紙が届くのだ。

自分の心の中にしまっておく許容範囲も超えてしまい、このアパートを引き払う前に、

厄落としも含めて、ここに晒させていただく。

百聞は一見にしかず。ということで、

とりあえず、興味のある方は見て読んで欲しい。

きっと、後悔すると思う

separator

2月26日

君の姿を見た。

君は新しい生活や環境に慣れていないようだ。

可哀想に。

○○(知らない人物の名前)がいれば、君のストレスを取り除く事が出来ると思う。

君からの連絡が欲しい。

○○もそれを望んでいる。

君からの連絡を、

○○は望んでいる。

separator

最初にこの手紙を見たのは、

私が引っ越して住み始めた1日目だった。

私の部屋の扉にいつの間にか貼り付けられていて、不思議に思っていた。

まだ住民票も移してないのに。

宛先も書かれていない手紙を見た私は、

ただのいたずらだと思い、その日はその手紙は放っておいた。

そして、その次の手紙はこう書かれていた。

separator

2月27日

ひどい、ひどい。

どうしてむしするの?

ぼくはなにもわるいことしてないよ。

おかあさん。

だいすき。だいすき。だから、

ぼくとおなじになって。

ずっといっしょだよ。

separator

小学校に入る前の子供が書くような文字。

狂ってる内容。辛うじて読める文字。

最初に届いた手紙と明らかに書いている人物の年齢が違うことがわかる。

内容はロミオメールですらない。

流石におかしいと感じ、警察署に被害届を出したが、その手紙を書いている人物の手がかりが分からなく、様子をみて対応します。

とうやむやにされた。

警官が周囲をパトロールしてくれるらしいが。

その手紙は私の部屋に一ヶ月も届いた。

全部で30以上あるので、

ヤバそうなものだけ晒します。

separator

3月2日

おはなひらひら。

ちょうちょはいない。

だってみんなつちにうめておいたの。

せっかくようちゅうからそだてたのに、

ぼくからいなくなろうとするから、

ちょうちょはきらい。

ようちゅうはすき。

さなぎはもっとすき。

ぼくがいないといきていけないから、

ぼくのちょっとしたことでしぬから、

だいすき。

おかあさんも、だいすき。だよ。

3月13日

早く○○に会って欲しい。

○○はお前の愛情を欲しがっている。

お前に嘘をついてしまった事は謝る。

お前が望むなら、何度でも。

だから、○○に会ってやってくれ。

今でもあいつはお前の写真を握り締めている。

頼む。俺からの頼みをきいてくれ。

3月15日

あめがふってる。

そっちはどんなてんき?

おかあさん、いなくなってから。

ずっと、ずっと、

あめがふってる。

いつまでたってもやまないから、

いらいらする。

ぼくにちかづいてきたにゃんこ、

はさみでさしちゃった。

いらいらする。から、

ぼくのひざにのろうとしたの。

ゆるせないから、さしちゃった。

おかあさんがかってたねこ、

しんじゃったね。

3月18日

君からの手紙が欲しい。

○○が君からの手紙を欲しがっている。

手紙を書くのが嫌なら、物でもいい。

君が愛用しているものを封筒に入れて、

○○に届けてあげて、欲しい。

頼む。あの子はもう限界なんだ。

3月20日

おかあさんのゆめみた。

おかあさんがぼくのために、

ごはんつくってくれるの。

てにあぶらがはねても、

ゆびきっちゃっても、

ぼくのためだけに、りょうりしてくれる。

おいしそうだけど、

もったいなくて、ぼくたべられないから、

れいぞうこにいれておくね。

れいぞうこのなかは

おかあさんのつくってくれたものだらけ。

ちゃんとぜんぶ、

たべないでしまっておくからね。

3月21日

いい加減にしろ。

なんでアイツに会ってやらない?

アイツはお前の子供だろう?

俺ももう限界なんだ。

早くアイツに会ってくれ。

アイツを引き取ってお前が育てろ。

父さんも俺も限界なんだ。

3月25日

今まで、すまなかった。

君に嘘をついてしまった事。

あれが君と私を決別させてしまったね。

会わせたくなかったんだ。

○○と君を。

あの子は君みたいな女性が好きなんだ。

あの子は女性を好きになると、

自分の母親だと思ってしまうんだ。

いくら血が繋がっていなくても、

君が母親という立場を受け入れていなくても、

あの子は、君のことを母親として愛してしまっているんだ。

あの子が生きている間だけでいい。

あの子を我が子の様に可愛がって欲しい。

そうしないとあの子はもう

separator

そうして今に至る。

こうして晒していると、有り得ないほど、狂気に満ち溢れた手紙だと痛感する。

これを一ヶ月も受け取っていた自分を複雑な気持ちで考えてしまうほどに。

この狂った手紙を一回捨てた事があったが、

その捨てた一時間後に、

「すてた、おかあさん。すてた」

という手紙が来てから

捨てられなくなってしまった。

八方塞がり、七転八倒。

ただ、幸いにも私自身には被害は無く、変質者につきまとわれ、つけられた形跡もなかった。

ただ、私の話を話半分に聞き流していた警察署の職員が、危険だと判断したのか。

「手紙の内容が過激になってきています。引き続きこちらもアパートの周囲をパトロールしますが、くれぐれもお気をつけて」

「外出時には出来るだけ一人を避けて、

夜間は出歩かないで下さい。」

と言われた。

だが、それも今日で終わる。

引っ越しする準備は済ませてある。

あとは業者に任せて、

駅前のホテルに一泊するだけだ。

あんな変な手紙に悩まされる事は無くなる。

なにより、私には身に覚えのない「宛先不明の手紙」だったのだ。

○○という名前の人も知らないし、会った事も無い。そこまで異性と深く密接な交際をしたことがない私がそんな手紙を貰う道理はない。

五年以上住む筈のアパートを一ヶ月で引き払う出費が経済的に痛いが精神が病むよりはマシだ。

そう思い、予約したホテルに向かう準備をする。

化粧をして、身形を整え、

ヒールに足をいれた時だった。

誰かが階段を登る音が聞こえた。その時に

かさっ。と何かがドアの下の隙間に入った音がした。視線を向けるとあの見慣れた茶色い封筒がドアの下の隙間に入っていたのだ。

慌ててドアスコープを覗くと、

黒いトレンチコートとスーツを着た初老くらいの男性が私の部屋を後にして、階段を降りる姿が見えた。

私はその男性を追いかけようとドアを開こうとしたが、警官に念をおされていた。

【なにがあっても、仕事以外での無駄な外出は避けて、不審人物を見かけたら通報してください。】

その言葉が頭を過り、開ける筈のドアを閉め鍵を三重にかけて、警察署に通報した。

ワンコールが過ぎ、プルルルルとまた過ぎていく。おかしい、対応が遅すぎる。

そう思い、スマホの通話画面のスピーカーをタッチしてひたすら応答を待った。

その間、あの男性が残していった茶色い封筒に入った手紙の内容を確認する。

被害届で証拠として提示する為に。

あの男性も私のアパートの部屋の前に訪れたのだ。防犯カメラには記録されているはず。

そう思い、手紙の内容を確かめた。

もう、私は悩まなくていいのだと、確信して。

separator

3月26日

あの子は君の愛情を求めている。

母親の愛情を世界にいる何十億の人間の誰よりも

渇望している。

私はあの子を育ててきた。普通の父親として、私なりに愛情を持って育ててきた。

だが、あの子が求めているのは、

父親からの愛情と親愛ではないんだ。

女性からの親愛。

母親からの愛情。

自分だけが独占できる無条件の柔かな温もり。

それらすべてを求めている。

もう私には手がつけられない程に。

何十人目かの、

あの子に「おかあさん」と記され、手紙を送られた女性に私は最後の警告をする。

今すぐ、そこを離れなさい。

決してその部屋に身を隠してはいけない。

あの子は君の所に向かっている。

今すぐ逃げなさい。

封筒に私が出せるだけのお金と通帳、クレジットカードを入れておきました。

それを使って、この土地から逃げて下さい。

出来るだけ遠くへ。

その時に、貴方が持っているもの。愛用していた、身につけていたものは棄ててください。

あの子はそのもので人混みの中から貴方を見つけるかもしれない。貴方をどこまでも手に入れようとするかもしれない。

お金はいくらでも、貴方に差し上げます。

その通帳やカードからでのお金は、あの子への足はつきません。

最期に、一言謝罪をさせてください。

あの子を普通の子供に戻してあげられなかった事と、あの子の目に止まってしまった貴方に謝罪します。

ですが、もうすでにあの子は

separator

手紙の文字を読んでいる時に、スピーカー状態で放置したスマホから通報した警察署から連絡がきた。

【直ちに現場近くでパトロール中の警官を出動させます。現場に到着した警官の指示が無い限り、決してドアを開かないで下さい。】と。

私は、とてつもない不安と恐怖と焦燥感に苛まれ、玄関で震えて動けなくなってしまった。

何故、ただのいたずらだと思ってしまったのか。

何故書体が全て同じだと気がつかなかったのか。

あの男性が残していった手紙の書体は、

前の手紙の父親らしき人物が書いた書体と、

似ても似つかないものだった。

そういう事は、つまり。

今までの手紙はあの━━━━━━━━、

その時にドアから激しいノックが聞こえた。

「***さん。いらっしゃいますか!現場に到着した○○と申します!無事の確認の為、ドアを開けて下さい!」

不安と恐怖に押し潰されていた私にはその声はそれら全てを逃れる為の福音に聞こえた。

そしてドアを開けた。

そこにいたのは、若い警察官だった。

無事だった私の姿を確認すると、

【よかった】と抱擁した。

その行動に少し驚いたが、

私も安心して、

ありがとうございます。と言った。

その言葉に警察官の男性が私を抱き締める力が強くなった。内臓が締め付けられ、背骨が悲鳴を上げているくらいに。

その時に、ふと疑問に思った。

私の部屋は3階だ。どうやって、彼は━━━

階段を音も立てずに登ってきたのか、と。

あの男性ですら、階段を登り降る音は聞こえた。なのに、なぜこの人は

押しつけられた制服の胸に彼の本名が記されていた。それはとても見覚えのある、名前だった。

Normal
コメント怖い
6
30
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ

ふたばさん。
コメントありがとうございます。
知人の場合、警察官の対応は速く適切なものだったと思います。そのお蔭もあり、知人には傷害などの被害はありませんでした。
ただ、知人は1年程人間不信に陥りました。
身体的に害を与えられなくても、充分トラウマにはなりますから。確かに貰いたくない手紙です。

返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信