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中編5
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Mの遺書

彼/彼女は10月未明に亡くなった。

彼/彼女の遺書にはこう書かれていた。

「しあわせになりたかった」と。

首吊り自殺をして、吊るされ垂れ下がった遺体の傍にその手記はあった。

彼/彼女は幼い時から両親から虐待をうけてきた。三人兄弟の末の子供であった彼/彼女は二人の兄姉からも虐待をうけていた。

祖父祖母もいた。

彼らは、Mがそういった境遇、立場にいることを知っていたにも関わらず、自分達の社会的な立場を考え、警察に通報する訳でもなく、

泣いている彼/彼女を慰め抱き締め甘言を吐き、味方のふりをした。

幼い時の彼/彼女は自分の置かれている立場と家族から受ける仕打ちが虐待だとは知らなかった。

彼/彼女は純粋に家族を愛していたからだ。

たとえ、それが万人に認められる正当な愛ではなくても、彼/彼女は無償の愛を家族に捧げた。

そして、家族は彼/彼女の無償の愛を、

彼/彼女の人生を踏みにじっていった。

彼/彼女に自我が芽生えた時、

彼/彼女は初めて自分の家庭の異常さを感じた。

その家には彼/彼女の「部屋」が無かったのだ。

それに、彼/彼女用の「ベット」も無かった。

三人兄弟の兄姉には二つとも与えられていたのに、彼/彼女には与えられていなかった。

産まれた時から、今までずっと。

彼/彼女は不安定な自我を糺す理由を見つけられないまま病んでいった。

やがて、彼/彼女は自分を虐待していた姉が購入して家族間でペットとして飼い始めたハムスターを目にする。

そのハムスターはとても愛らしく、彼/彼女が家庭用で初めて飼ったペットだった。

ハムスターを可愛がる親、姉。

それをみて、彼/彼女はふと思った。

この子なら、わたしのきもちが分かるかなと。

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翌朝、ハムスターは死んでいた。

祖母が朝早くからハムスターがハウスの中で死んでいるのをみたそうだ。

ハムスターはさんざんなにかに力任せにつつかれたのか、内臓が潰れて死んでいた。

彼/彼女はハムスターが死んだのを見て、

なんとも思わなかった。

ただ、ただ、

(そんなことでしぬのか)と考えていた。

ハムスターという生き物が、

傷だらけの自分よりも弱々しい生き物で、

自分よりも耐性がなく脆く死ぬ生き物だと、

冷たい頭の中で理解した。

そんな彼/彼女にも居場所があった。

日本の子供が義務教育として通う学校だ。

彼女はそこで陽気に元気よく振る舞った。

無邪気に面白おかしく、

家庭の冷えきった奴隷の様な半日よりも。

学校の友人達と過ごす半日を幸福に感じた。

家庭での彼/彼女、

学校での彼/彼女、

その違いを知る私はこう思う。

まるで、彼/彼女はピエロのようだと。

彼/彼女には幼い時からある癖がついていた。

自分が傷ついていても「笑ってごまかす」癖。

その癖は彼/彼女の人生においては、

死にいたる呪いだった。

そのせいで、彼/彼女は、

誰とも痛みを共有出来ずに、理解されずに、

侮辱され、生きていき、

死んでしまったのだから。

彼/彼女は今にも狂いそうな頭の中で、

必死に自分に優しい世界を造り上げた。

空想にひたり、妄執に縛られても、

彼/彼女は幸せだった。

空想の中では、彼/彼女を傷つける存在はどこにも居なかったからだ。

だが、彼/彼女が現実から目を反らし続ければ続けるほど、現実は彼/彼女を傷つけ続けた。

昨日よりもより深く、より鋭く、

彼/彼女が痛みを抑えようと空想の世界に浸っても(鎮痛剤を飲み続けても)、現実は痛みを昨日よりも強く、明日よりも長く与え続けた。

その日々に耐えきれなくなった彼/彼女は、

気の許した友人にこう打ち明けたそうだ。

「わたし、家族から暴力をうけてるの」と。

友人は言葉を失った。

それでも彼/彼女は話し続けた。

彼/彼女は他人に理解されたかったのだ。

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翌朝、彼/彼女が学校に行くと、

ある噂が広まっていた。

そのせいで彼/彼女は校長室に呼ばれた。

親も同伴した。

そこで、大人達で色々な話をして、

結果的には、

彼/彼女が「うそをついている」との事で、

丸くおさまったそうな。

後日、彼/彼女は同伴した親にこれまで以上に詰られ蔑まれた。

「このろくでなし」

「─ひとでなし」

「おまえなんか生まれてこなければ良かった」

「死ね、しね」

「このカス」

「キチガイ、キグルイ、ウソつき」

「なんにも出来ない」

「無能」

「頭の悪い奴」

「いくじなし」

おまえなんか、おまえなんか、

死ねばいいのに。

そして、彼/彼女の心はその場で死んだ。

修正出来ない所まで狂い、

修復出来ない所まで歪み、

病んでしまった。

それでも、彼/彼女は家族を愛していた。

たとえそれが被虐者が陥る「依存」だったと分かりきっていても、

彼/彼女は家族を愛した、

空想状の家族がくれる。

自分が精一杯考えた幸せな家族の愛を、

現実の家族に求め続けた。

そして、彼/彼女は死んだ。

彼/彼女が望んだ幸せを家族から与えられる事なく、死んだ。

いつまでも現実から、社会から、

正しく表記するならば、

彼/彼女が知ってる人間の凡てから、

見放され、裏切られ、蔑まれ、踏みにじられ、

死んだ。

私は今でもこう思う。

彼/彼女は今では幸せになれているだろうかと。

ある霊能力者はいう。

自殺した人間の魂は永久に自殺した時の事を死んでからも繰り返すのだと。

彼/彼女は今でも繰り返しているのだろうか。

ある有名人はこう言った。

子供は自分の魂をより良くするための修行をさせてくれる親のもとに生まれにいくと。

子供は親を選んで生まれてくる、と。

ならば、それならば、

彼/彼女は生まれた時から、

そういう思いをして、死ぬためだけに、

生まれたとでもいうのだろうか。

もしも、その二つが真実で、

現実に起こりうる法則だとしても、

神様が創った掟だとしても、

私は、それを一生否定して生きていくだろう。

私は彼女こそが幸せになるべきだと信じていたからだ。

最後に、私は

彼女の苦しみからの開放を祈り、

彼女の今後の終わりなく続く幸せを願う。

彼女の死体はまだ、

私のベットの上で腐り続けているのだから。

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towさん。
最後に悲しみを引きずっているような描写があるのは、人間はトラウマや心のキズを引きずりやすい、ひきずってしまうと思ったからです。
トラウマを引きずり続ければ、精神が病み、
人生が狂ってしまいます。
そうなる前に自分でトラウマに区切りや整理をして、なくせるようにすれば、大丈夫なのですが。
それすら、出来ない主人公の悲嘆が伝われば嬉しいです。ご感想ありがとうございます。

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mamiさん.
ご感想ありがとうございます。

こういった事が現実で経験する子供がいることはとても痛ましいことだと思います。
素敵な作品といって頂き光栄です。

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