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中編6
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行列

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ある週末の昼下がり。

昼飯を、なにか外食で済ませようと、私は近所の通りをブラブラと歩いていた。

この通りには駅があり、車の交通量も多く、多くの商店や飲食店が軒を並べている。

「さて……」

私は思案する。

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チェーンの牛丼屋が見えてきた。

平日、仕事で外出をしているときなど、あまり時間がないときにはよく利用する店である。

「うーん……」

牛丼という気分ではない。

そのまま店の前を通り過ぎる。

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次にインドカレー屋が見えてくる。

カレーは好物だ。スパイシーな辛さがクセになる。

実際、辛い物を食べると、人間の脳は幸福感をもたらす物質を分泌するという研究結果があるそうだ。

だが、今はカレーという気分ではない。

そのまま店の前を通り過ぎる。

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次に蕎麦屋。

蕎麦は良い。実に良い。

特にこの蕎麦屋は、自分の店で蕎麦を打っているというこだわり派の店だ。

せっかくの休みなので、そばを食いながら昼間から日本酒をやる、というのもオツかもしれない。

しばし立ち止まって、その様を想像してみる。

だが――

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「……違うなあ」

やはり、気分ではない。

そのまま蕎麦屋の前を通り過ぎる。

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これは、私にとってよくあることなのだが、何を食べるのかを決めあぐねるのである。

嫌いな食べ物が多いわけではない。

むしろ好きな食べ物が多く、食べた後の満足感を多く得たいと考えている。

それ故に迷う。

そして、最終的な決定権を持つのは「その時の気分」なのである。

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ハンバーガー屋、

寿司屋、

スパゲティー屋、

定食屋。

どうも今の気分にしっくり来ない。

自分は今、何を一番求めているのだろうか。

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まあ、そこまで思い悩むことでもないのだが、どうせ特に予定もない休日のことだ。

のんびり散歩がてら足を伸ばしてみる。

だが――

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いつしか賑やかな通りを過ぎて、住宅街の一角に迷い込んでいた。

こうなると店がない。

仕方なく、元来た道を引き返そうかと思っていたところ、視界の端に5~6人の集団の後ろ姿が映った。

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なんだろうと思って見ると、それはどうやら行列のようで、2列になって通りから狭い路地へと続いている。

私はスマートフォンを取り出して、現在地で検索をかけてみる。

するとどうやらこの近くに、人気のラーメン屋があるようだ。

住宅街の一角という辺鄙な場所だが、昼時になると平日でも休日でも、行列が絶えないと書いてある。

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「ラーメン、か……」

私は、私の中の気分様にお伺いを立ててみる。

(ラーメン、いいんじゃないか)

託宣は下った。

平日だと行列のある店は敬遠するのだが、今日は時間がある。

そう思って、行列に近づいていく。

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最後尾に、三十代くらいのスーツ姿の男がヒラヒラと立っていた。

そして私の姿を認めるや否や、妙に甲高く声、浮ついた調子で話しかけてくる。

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「ああ、列に並ばれる方ですか?それではこちらに、2列になってお願いします。ただ今、ずいぶんお待ちいただいておりますが、お時間の方は大丈夫ですか?それはよかった。それではこちらへ、はい、少々お待ちください」

そう言って私を列に並べると、ヒラヒラと列の先、路地の奥へと消えていった。

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列整備をしているラーメン屋の関係者にしては、スーツ姿なのが妙な感じがしたが、ひょっとするとその店はどこかのチェーン店で、あの男は営業のエリアマネージャーとか、そういう種類の人間なのかもしれない。

それが、たまたま今日、店舗の応援であのように列整理などをしているのかもしれないな、と私は勝手に想像した。

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何気なく、自分の前に並んでいる人々を観察すると、若いカップルに年配の夫婦、それに大学生くらいの青年が見て取れた。

相手がいる者は適当に会話を、一人の者はスマホをいじったりしている。

私の後から若い二人組の女性がやってきて列に加わった。

大層繁盛しているようだ。

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列は通りを曲がって路地につながっており、どのくらいの長さなのかがわからない。

しかし、5分に一組程度の割合で、奥に進んではいるようだった。

15分ほどして、私は路地の入口まで到達した。

その間に私の後ろには6人ほどが新たに列に加わっていた。

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路地は細く、昼間だというのに両側の古い民家に挟まれて薄暗かった。

列は路地の奥の方までつながっている。先頭は見えない。

こんな路地の中に店があるのだろうか。

いや、住民や車の往来に迷惑をかけないために、列を路地に通して作っているだけかもしれない。

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行列に並んだ人々は長い待ち時間に文句も言わず、行儀よく列を形成している。

ヒソヒソと密やかな話し声だけが薄暗い路地に満ちている。

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それでもたまに、行列の向こうからこちらの方に歩いてくる人々がいた。

路地は狭く、お互い身体を斜めにしてすれ違う。

通り過ぎる彼らの顔を見ると、皆満足そうな表情をしていた。

それを見て、評判に偽りはないようだ、と私は少し安心する。

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不意にふわりと、生き物に由来する、生臭いような臭いが鼻腔に届いた。

手元のスマホの情報によれば、店はこってりとした豚骨背油が特徴のラーメン屋らしい。

臭いの元はそれか。

私は気分様に再度お伺いを立てる。

(濃厚なラーメン、悪くない)

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行列は再び路地の中の角を折れる。

民家の塀と建物はさらに高くなり、路地はますます薄暗くなっていた。

ヒソヒソとした声が狭い路地を満たす。それはまるで洞窟の中で反響しているような声だった。

先頭はまだ見えない。

臭いはますます強くなる。

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おかしい、と私は思い始めた。

しかしその時には、私の背後には長い長い列ができていた。

大勢の頭が見える。

皆静かに列をなしている。

今更列を抜けるのは気がひけた。

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列はゆっくりと進んだ。

既に一時間以上は並んでいる。

もう身体は進むに任せている。頭だけが手持無沙汰に思考を繰り返す。

次第に、私は今のこの行列によく似た何かを知っているような気がしてきた。

何だっただろう。記憶の中を手探りで答えを探す。

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そして思い出す。

年末の、除夜の鐘を打つために並ぶ列。

厳(おごそ)かで、そして奇妙な興奮に満ちた、あの行列。

あれに似ていた。

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夜のように暗い路地を、前を行く人々のスマホの灯りだけが、ポツリポツリと蝋燭のように連なっている。

見ると、そのうちの一つの画面には、白昼の住宅街で起きた通り魔事件のことを伝えていた。

公式なニュースサイトではない。

個人個人が噂話を囁きあうような、次々に情報が更新されていくサイト。

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『これって被害者女子大生くらい?』

『腹を刃物で刺されて』

『けっこうキレイで、露出高い系の服着てたから狙われたのかも』

『髪長い』

『あーこれなら俺も襲いたい』

『場所が遠いよ、もっと近くでやれw』

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『すごい血の量。人って刺されるとこんなに血が出るんだ』

『うえー中身ちょっと出てるじゃん。犯人えぐいな』

『被害者の表情こわっ。今晩夢見そう』

『目見開いてる。っていうか驚いてる?急に刺されたらビックリするよなあ』

『殺されるなんて思ってないもんね』

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『見てこれw』

『(画像)』

『(画像)』

『(画像)』

『(画像)』

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そろそろ先頭が近いようだ。

列の先頭は路地の突当り、行き止まりの一角で丸く円になっている。

先ほどのスーツ姿の男が、人だかりの周りをヒラヒラと歩き回りながら、甲高い声で呼びかけている。

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「おひとり様5分まででお願いいたしますよ。順番順番。後ろの方は押さないで、前の方は後ろの方が見やすいように、少ししゃがんでお願いします。さあ次の方、こちらが空きましたのでどうぞどうぞ。お目当てのもの逃げません。皆さんどうぞ慌てずに」

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人だかりから離れた男が、こちらに向かってやってくる。

その表情は満足気だ。

身体からは先ほどから路地に満ちる、あの臭いを強く感じた。

私の後ろには顔の見えない大勢の人間。

ヒソヒソ声。

満ちる期待感。

それは――

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shake

「さあ、そちらの男性の方。大変長らくお待たせいたしました。貴方の番ですよ?さあ、こちらが空きましたから。さあさあさあ、こちらへどうぞ」

男が私に向かって手招きする。

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ぐう――、と私の腹がひとつ鳴った。

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