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紗耶香は未知の病に罹っていた。それも、原因不明で、羅漢者が何人いるのかもわかっていない為、治療法さえ確立されていない。
体の至るところから出血し、それが止まらないのだ。
放っておけば、失血死してしまう。
まだまだ17歳と若く、人生これからという紗耶香にとって、過酷な状況であった。
遊びに行きたくても、やりたい事があっても、いつなん時緊急事態になるかわからない紗耶香は、生活全てに著しい制限を課さなければならなかった。
発症当初は突発性血小板減少性紫斑病も疑われ様々な検査を受けたが、この病特有の症状が発現していないものも多数あり、原因究明までは至っていない。
医療機関ができるのは、ただただ延命のための措置だけであった。
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紗耶香「奈美。。。毎日ありがとうね。。。」
奈美 「何かしこまってんのよ、友達なんだから、当たり前でしょ」
紗耶香「うん。。。ありがと。ねぇ奈美」
奈美 「ん?」
紗耶香「もし。。。もし私が死んだらね。。」
奈美 「ちょっと!!縁起でもない事言わないでよ!ずっと支え合って行こうって約束でしょ?これからも私達は嬉しい事も悲しい事も、辛い事だって分けあっていくんだから、死ぬ事より、生きる事を考えてよ!」
紗耶香 「うん。。。そうだね」
定期的な検査と治療の為の入院に入っていた紗耶香の病室で、奈美は弱気になっている紗耶香を励ましていた。
検査と治療の為に注射針を刺された腕は、いつものように止血の為包帯できつく巻かれている。
こうしておかなければ、小さな絆創膏程度では出血が止まらないのだ。
奈美 「ね、紗耶香。さっき看護師さんから許可もらったから、病院の駐車場に散歩に行こうよ。お日様が気持ち良いよ」
目に見えて憔悴してきている紗耶香の気分転換を兼ね、奈美が外へと誘い出した。
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秋口の柔らかな日差しと、駐車場に植えられた木々を揺らす優しい風が、ふたりの体をふんわりと包んでいた。
中庭などとは違って人もほとんどいないので、包帯だらけの自分を誰かに見られる事を極端に嫌う紗耶香も、安心できているようだ。
他愛もない話に花を咲かせながら、ふたりは並んでゆっくりと駐車場を散策していた。
ふと気付くと、奈美ばかりがひとりで語り、紗耶香はそれに遅れ遅れ相槌を打つだけになっていた。
「紗耶香、気分悪い?病室戻る?」
異変に気付いた奈美がそっと紗耶香の体に触れようとした時だった。
膝から崩れ落ちるように、ゆっくりと紗耶香は倒れ込んだ。
「紗耶香!!」
慌てて抱き上げると、包帯から血が滲んでいるのが目にとまる。
止血しようと包帯の上から腕に触れると、不自然にブヨブヨとしており、嫌な予感のした奈美は包帯の一部をめくって腕を確認した。
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そこに見たのは、肉と皮の間にできた大量の赤黒い血だまりと、少しずつ溢れ出している血液に徐々に赤く染め上げられていく包帯であった。
奈美はパニックを起こしながら、なんとか紗耶香を病院内まで運ぶ為必死に体を支えようとするも、出血が酷く、貧血を起こしている紗耶香は歩くことはおろか自分の体を支える事さえできず、再びその場に倒れ込んでしまう。
既に包帯は真っ赤に染まり、血を吸ってジュクジュクになっている。地面と体に圧迫され、絞りだされた血液がじわりと地面を赤黒く染めた。
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駐車場内は昼時のせいか、人の姿もない。
慌てた奈美が人を呼びに行くと告げ踵を返すと、細く弱々しい声で呼び止められた。
「奈。。美。。。。いか。。。ない、で。。。」
振り返ると、持ち上げる事もできなくなった腕を奈美の方向に伸ばし、必死に奈美を見上げる紗耶香の姿があった。
「っ。。。」
こんな状況で一人にされる事の恐怖を察した奈美は、紗耶香に駆け寄る。
力が入らずグニャグニャの紗耶香を懸命に支えながら、奈美はかつての約束を必死に叫んだ。
奈美 「私達はずっと一緒にいるんでしょ!辛いことも、嬉しいことも一緒に分け合うんでしょ!!」
紗耶香「。。ぅん。。。ずっと。。。一緒。。。」
奈美 「そうよ頑張って!!紗耶香!!私がついてるから!!頑張れ!!」
病院内を目指して引き摺るように歩きながら、奈美は紗耶香を励まし続けた。
その目には、襲いかかる嫌な想像に、いつしか涙が溢れていた。
駐車場は裏手に面している為、普段は利用されない非常口から入るしかない。
閑散とした通路を必死に歩く二人。
ようやくロビーへ続く廊下へ辿り着くと、目の前を車椅子に乗った男性とそれを押す母親らしき人物が塞いでいた。
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奈美 「すみません!急患なんです!通してください!」
女 「は!?後から来て何言ってるの!?うちの子だって病気なの!具合悪いから病院に来てるのよ!順番に並べば良いでしょう!!図々しい!!」
話にならない。
こっちはもう意識が混濁してるっていうのに。
「な。。。。。。み。。。。」
聞き漏らしてしまいそうなほどに 弱々しい声が、奈美の耳に届いた。
紗耶香の方へ顔を向けると、奈美は戦慄した。
紗耶香の腕から、夥しい量の血が、滴り落ちている。
「紗耶香!!今お医者さん来てくれるから!頑張って!お願い、紗耶香!!」
もうほとんど意識もないのだろう。
奈美の肩にぶら下げられたようになり、首は項垂れ、奈美の腕だけで支えられている状態の紗耶香。
背後ではさっきの親子連れが喚いている。
その時だった。
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「どうしました!?」
血相を変えた医師らしき人物が、奈美と紗耶香の元へ走り寄ってきた。
奈美 「血が!!血が止まらないんです!!助けてください!!」
医師 「これから処置室に連れて行きます。ご家族の方にご連絡お願いできますか?」
奈美 「できます!紗耶香、助かりますよね!?お願いです、お願いします!!紗耶香を。。。紗耶香を助けてください。。。!!」
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「奈美ちゃん!!紗耶香、紗耶香は!?」
救急処置室の前で項垂れる奈美の元へ、紗耶香の母親と父親が駆けつけた。
「今、緊急処置室に入ってます。。。おじさん、おばさん。。。どうしよう。。紗耶香が。。。」
泣き崩れる奈美を紗耶香の父親が支えた。
「奈美ちゃん、しっかりしなさい。うろたえても仕方がない」
そう言い聞かせる彼の声も、心なしか震えているようだった。
落ち着かない時間を気の遠くなるほど過ごした頃、処置室の扉が静かに開いた。
「ご家族の方、どうぞそばに。。。」
医師は目を伏せたまま視線を合わせない。
それが何を意味するのか、考えなくても理解ができた。
「奈美ちゃんも、そばに来てあげて。。。」
紗耶香の母親が、嗚咽を噛み殺すようにして奈美を呼んでいる。
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ガタガタと震える体を必死に支えながら、奈美は処置室へおずおずと入っていった。
「紗耶香。。。?」
ベッドの上で焦点の合わない目を力なく開いた紗耶香に、小さく呼びかける。
(な。。。。。み。。。。。)
もはや声を発する力もないのだろう。吐息のような音が、奈美の名前を呼んだ。
紗耶香の母親が紗耶香の手を握り、父親は髪の毛を優しく撫でている。
奈美は両親の向かい側に回り込んだ。
(なみ。。。。。わたしが。。。。しん。。。だら。。)
昼前に紗耶香が言いかけた言葉だ。
「私が死んだら」
あの時紗耶香は何を言おうとしていたのだろう。
今のこの状況でも、あの時と同じ言葉なのだろうか。
紗耶香の言葉を遮ったりせずに、ちゃんと聞いておけば良かった。
奈美の胸を後悔が埋め尽くした。
紗耶香の目をしっかりと見つめ、ひとつ頷いて見せた。
(わたしが。。。。しんでも。。。ずっと。。。ともだちで。。。。。いて。。。。くれる。。。?)
紗耶香が必死に声を絞り出そうとしていた。
「当たり前よ紗耶香。死ぬまで友達だし、死んだって友達よ。だから元気になったら美味しい物食べに行こうよ」
声が震えてしまう。涙が零れ落ちてしまいそうだ。
(よ。。。かった。。。。ずっと。。。。いっしょ。。。。。。ね。。。。)
薄く微笑みながらそう呟くと、紗耶香の瞳は虚空へと離れ、その表情(かお)は「無」となった。
「。。。。さや。。か。。?。。。や、だ。。やだよ紗耶香!!起きて!!ねぇ紗耶香!!起きてよねぇ!!目を開けて!!目を開けてよ紗耶香ーーーーーーーー!!!」
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取り乱して紗耶香から離れようとしない奈美を落ち着ける為、紗耶香の母親が奈美の母親を呼び、そのまま奈美は自宅へと連れ帰られた。
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放心状態の奈美を、時間は待ってはくれない。
急き立てるように通夜、葬式と執り行われ、今、奈美は紗耶香の遺骨の前で座り込んでいた。
涙は後から後から溢れでて、枯れる事を知らないようだ。
「紗耶香。。。どうして。。。。?。。ずっと一緒って約束したじゃない。。。支え合って行こうって言ったじゃない。。。一人にしないでよ紗耶香。。」
毎日紗耶香の家を訪れては、ずっとぼそぼそと遺骨に向かって話しかけている。
おそらく満足に食事も摂っていないのだろう、みるみるやせ細っていっている。
「奈美ちゃん、ご飯はきちんと食べてる?夜もまともに寝てないんじゃないの?そんなに悲しんでくれるほど紗耶香を想ってくれるのは親としては嬉しいけど、そんなんじゃ奈美ちゃんまで倒れてしまうわ。そんな奈美ちゃんを見ていたら、紗耶香だって悲しむと思うの。。。。ねぇ奈美ちゃん。今は難しいかもしれないけど、また奈美ちゃんのかわいい笑顔を見せてちょうだい」
紗耶香の母親が奈美を抱きしめた。
「おばさん。。。。」
奈美と紗耶香の母親の瞳からは、また大粒の涙が溢れていた。
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その夜、奈美は自室の机に向かい、紗耶香とふたりで写る写真を眺めていた。
「紗耶香、私が泣いてると、悲しい?笑顔の方が良い?ねぇ、紗耶香、教えて。。。。」
ポタッ。
「えっ。。。?」
不意に、写真に赤い雫が落ちてきた。
ポタッ、ポタポタッ。
「えっ。。ちょ、なに。。」
その赤い雫は、奈美の鼻から滴り落ちて、次々に写真の上を赤く染めていく。
「鼻血が。。。。。」
ティッシュを取ろうと手を伸ばした奈美は、机の横に立つ誰かに気付いた。
「お母さん、鼻血が。。」
そう言いながら、視線を上げた奈美は絶句した。
そこにいたのは、紗耶香だった。
「紗耶香!!」
勢い良く立ち上がる。しかしすぐに違和感に気付いた。
そこにいる紗耶香は、いつも奈美に向けていた笑顔などではなく、まるで感情のない、青白い顔をして立っていた。
ボタボタと溢れ出る鼻血をティッシュで無理やり押さえつけながら、再び逢えた喜びから、紗耶香に触れようと手を伸ばした奈美を、紗耶香は無感情に見つめながら。
『奈美。。。寂しいの。。。ここはひとりぼっちで、暗くて、寂しい。。。奈美と一緒にいたいよ。。。』
そう言うと、瞳から大粒の血の涙を零し続けた。
「。。。。紗耶香、私も寂しい。。一緒にいたい。どうしたら良い。。。?」
いくら圧迫しても止まらない出血。
奈美の鼻から下は真っ赤に染まっていく。
『奈美。。。一緒に、行こう。。。?』
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そう言って紗耶香は、白く細い手を差し伸べた。
その表情(かお)は、奈美の大好きだった可愛らしい笑顔に変わっていた。
「紗耶香。。。うん、一緒に行こう。ずっと一緒に。。。」
そして奈美は、紗耶香の手を強く握りしめた。
もう、二度とこの手が離れないように。
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━FIN━
作者まりか
ご無沙汰しております。
キャリアを変更したのをきっかけにメールアドレスが変わったのですが、登録内容を書き換えたら通知がまったく来なくなってしまい、しばらく離れておりました。
過去作などに怖ポチを下さった方は、通知が来ないのと20件以上になるとiPhoneでは全て確認できないようで、怖ポチの件数が一定数以上の物は、数が増えた事はわかるのですがどなたに頂いたのか確認が取れず、お礼に行けてない状況です。
すみません。
運営さんに問い合わせたところ、別なアドレスに変更してみて様子を見てくださいとの事でしたので、新たに別なアドレスで登録内容を書き換えてみました。
通知が無事届く事を祈りながら、確認の為作品を投稿してみました。
しばらく様子を見てみます。
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レイさんほか、画像をいくつかお借りしています。
いつもお世話になっています(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾ᵖᵉᵏᵒ
最後までお付き合い下さった皆様、ありがとうございます。