私の母は、仕事はバリバリの腕利きなのですが、
そんなシャキシャキした印象とは裏腹に、
間が抜けて、トンチンカンなところがある人でした…。
草刈りに駆り出されて、出て行き際慌てていて、片っぽスリッパ、片っぽ長靴で走って行ったり…、
猫にキャットフードをあげてる時、父に
「メシ〜ッ。」と言われ、父の茶碗にもキャットフードを入れてたり…、
ティッシュペーパーの空箱をたたんで、新しいティッシュペーパーを出してきたのに、新しい箱すらたたもうとしたり…。
私の小学校の時の鉛筆は、半分ほど、母の名前が書かれていたりしました…。
そのため、私の母は、私の同級生に、名前で呼ばれていました。
また、母は、機械にも疎く、新しい家電を買ったりすると、
慣れるまでの間、あれやこれやとボタンを押す人で、
ONして、すぐ一旦停止押して、またONを押して、何か違うボタンを押して、またONを押すので、結局、OFFになってしまいます。
その間ずっと、
「仲良くしてくれないのよ、この機械〜ッ。」と怒り、
ちゃんと決まってるように操作しないと、と言うと、
「家事ってね、そんないつも、お決まりパターンばかりじゃないのよッ!」
そう言って、ペシャッと機械を叩いたりするのです。
おかげで私は、ビデオやらテレビ、炊飯器、レンジ、洗濯機…、家電一通りの操作や配線に、困る事がない子に育ちました…。
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私が実家を離れ、一人暮らしを始めた頃、
母は毎日、夜の8時になると電話をかけてきました。
何という事も無いのですが、
「お疲れ様。今日どうだった?」と、
実家に居てる時に、毎晩聞いてた同じ質問を、わざわざ電話をかけてきます。
母には、離れていようが近くにいようが、私は娘で、
1日をどう過ごしたか、自分と違う道を選んだ娘への好奇心と心配な親心が相まっての事だったのだと思います。
私も母と毎日話すので、
実家を離れているという寂しさを感じたことはなく、
家にいる時よりも素直に母の話を聞けたし、
お母さんね、と母が話す、やはりおっちょこちょいな話で疲れが癒されたりして、
私にもそれは日課となっていました。
ところがあるの夜、8時になっても、9時になっても、
母から電話がかかって来ない日がありました。
特に旅行に行くとか、食事に行くとも言ってなかったのに、そんな事は私が実家を出て初めての事で、
「何かあったのかな?」と心配になり、
私が実家に電話をしました。
ツーツーツーツー…、
通話中の機械オンが流れてきます。
あー、もしかしたら、叔母と話し込んでるのかもしれない。
私はそう思って、
「だったら今日はかかって来ないな。話し出すと長いから。」と思って、
寝ることにしました。
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次の夜も、
8時を過ぎても電話が鳴らないので、私は家に電話をしました。
しばらくコール音がなり、繋がった途端、
ガチャガチャガチャガチャッ!
と、大きな音がなって、
ピッピッピッピッ、ピッピッピッピッ、とボタン音が聞こえてきました。
「お母さん?」
私がそう言うと、母の
「もしもし〜?もしもし〜?」と言う声が聞こえてきました。
なぜか、とても遠くに聞こえるのです。
「お母さん?なに、今の音。大丈夫?」
そう言う私に、
「何ですか?ちゃんと喋って頂けます?」
そう言う母の声が聞こえました。
「お母さん?私だけど?ねえ、聞こえてる?」
「なにが言いたいんですかッ?!」
相変わらず遠くに聞こえる母の声は、とても怒っています。
「何で怒ってるの?お母さん?ちゃんと聞こえてる?声が遠いよ?」
「何ですか?!誰ですかッ!あなたッ!」
誰ですかって…、
…。
「お母さん…?」
「あなたねえ、ちゃんと喋りなさいよ!」
母はまだ、怒ってるようで、私の声も聞こえないのか、
電話口で怒っています。
そしてまた、ピッピッ、ピッピッ、っと、ボタン音が聞こえて来て、
ガチャガチャガチャガチャと何かしてる音が聞こえて来ました。
よく聞くと、妹の声がしているのがわかり、
ピッ!と音がした後、
「もうこうやって話しなよッ!」と妹の大きな声が聞こえました。
そして、
「誰よッ!?」と大きな声で、こちらに聞いてきました。
「えっ、私だよ。にゃにゃみ…。」
私がそう言うと、妹は、
「なんだ、お姉ちゃんじゃないッ!」と言って、ドスドスと歩いて離れていくのがわかりました。
「にゃにゃみなの?もしもし〜ッ?」
そう言う母の声が聞こえて、
「そうだよ、私だよ。お母さん、どうしたの?
何で怒ってんの?」
そう言う私に、
「だって、何言ってんだか分からないんだもの。
大きな声で唸って〜ッ。
で、これ何ぃ?何でこんなにあんたの声、大きいの?」
「何も唸ってないよ?何よ、何で大きいの?
電話、どうかしたの?」
私は、母の言う事が意味不明で、しかもなぜか大声で話すので、
先ほどとは逆に耳が痛いくらいでした。
「ちょっと待って?ねえ、これ何なの?何でこんなにお姉ちゃん大きな声で話すの?あんたコレ、何したのよ。」
電話の向こうで母は、妹に話しかけてるようです。
妹が、イラついた声で、
「だからぁッ!お母さんが子機を上下逆に持つからじゃないッ!だからもう、持たなくていいようにスピーカーにしたんだよッ!
子機は、『抜く』ように持つんじゃなくて、『持つ』んだよッ!『抜く』ように持ったら、上下逆になるじゃないッ!だからちゃんと声が聞こえないんだよッ!
こっちの声拾う所に耳当てて、聞こえるわけ無いじゃないっ!邪魔くさいから持たなくていいようにしたんだよッ!」
そう話しているのを聞いて、
私はようやく、
「あー、電話、新しくしたの?」と聞きました。
すると母がまた大きな声で、
「そうなのよぉ〜。そしたら何だか、ボタンが増えちゃって、受話器に線はついてないし、どっちが上だか下だか分かんないのよォ〜。」と言い、
妹が
「スピーカーにつられて、大きな声出さないでっ!
普通に喋っても、あっちには聞こえてるんだよっ!」と
怒っていました。
母は妹に
「もう少し優しく教えてよぉ。
もう、やっぱりこんなのにするんじゃなかったわ。」
そう言って、しょんぼりしてる様です。
「お母さん、今度帰った時、使い方教えるから。
それまで、スピーカーのマークの付いたボタンを押して電話に出たらいいよ。
それから本当にちゃんと聞こえるから、普通の声で話していいのよ?」
私は母にそう言いました。
すると母は、
「えっ?じゃ、さっき何であんな大きな声だったの?
って言うか、あんた、どこにいるの?」と聞いてきます。
私は大きな声は出してないよ?部屋にいるよ?
そう言う私に、
「ウソォ。だって、大きな声で、ビリビリして聞こえるから、何言ってるのか分からなくて、
でも、あら?
違うわね、だって、あんたの声じゃなかったもんね。
あんた、男の人と一緒なの?」
母はそう聞いてきたのです。
男?
「いるわけないじゃないの。
ここ、女子寮だよ?」
…。
……。
「男の人の声がしたの?」
私が聞くと母は、
「ビリビリした音だったから、
よくわからないけど…、
あんたの声では無かったよね…。」と言いました。
ビリビリした音って、おそらく、音が大きすぎて、割れているのだと思うのですが、
「お母さん、さっきも、受話器に逆に持ってたんでしょ?」
だったら本来耳に当てる方は、口元にあるはず…。
なのに何で、
ビリビリ割れるほどの大きな音が聞こえてきたりするの?
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「何か、混線したんでしょ?」
妹が言いました。
混線って…。
無線機じゃ無いんだから…。
それに、何で音を拾う側から、
何であれ聞こえてきたりする訳無いじゃ無いの…。
お母さん…。
何を聞いてたの?
そう聞こうとした時、
母が、
「やっぱり、まわりものだからかしら?」
と言いました。
「まわりもの?何それ。」
そう聞く私に母は、
「この電話、お父さんが持って帰ってきたのよ。
山の上の集落のおじいさんが、亡くなってね。
お父さん、ばあちゃんの代わりにお葬儀お手伝いに行ったのよ。
そのおじいさん、お父さんの同級生の叔父さんだったらしくて、お父さんそのまま、お家の片付けも手伝いに行っててね?
そのお家から貰ってきたのよ、この電話。」と言うのです。
「一人暮らしだったんだけど、布団からね、這いずって出てきた所で、亡くなってたって…。
もしかしたら、おじいさん、
電話、したかったのかしら…。電話、探してるんじゃないかしら。」
と言いました。
私は、母のその話には何も答えられませんでしたが、
「…、
次の休み、買い物に行こう?
私が新しい電話を買うから。」
その電話は、おじいさんに返してあげよう?
そう言いました。
母は、
「そうだね。」と言い、
私と母は、次の休みを確認しあって、その日は電話を切りました。
母は帰ってきた父に、先ほどの電話の話をし、
「おじいさんのお家に返してあげて?」と言い、
父は、分かったと言って、友人に連絡を取ったそうです。
私が休みの日に実家に帰ると、
そこには見慣れた、前から使ってるコード次のプッシュホンがありました。
「返してあげたの?」そう聞く私に母は、
「お父さんが返してきてくれた。
もう何とも無いわ。まぁ、おかしかったのはあの日だけだったんだけどね。」
、と言いました。
父にどうやって返したのかと聞くと、
「そのまま話す訳にもいかんから、
『おじいさんが這いずって居間に出てくる夢見た。
もしかしたら電話したかったんじゃないかなと思うから、
かわいそうだから返す。
別に、ウチにかけて来てもいいけど、何もしてやれないから。』って言った。」と言いました。
私は、
「そっか、良かったね。」と言い、
それじゃあ、お母さんでも使える電話を探しに行こうと言いました。
私達は家電屋で、母の強い要望であるコード付きの電話に、妹の強い要望であった子機が付いてるものを買い、
「やっぱり、こうでないと、
受話器持ってる気がしないわぁ〜。」と
母はおかしなところで喜んでいました。
機能が増えたことで、ボタンも増えたのですが、
喋れれば良いのよっ!と言って
母が子機を触ることはありませんでした。
(実家に帰った時、
テレビのチャンネルを変えようとして、妹が使ってそのままにしてた子機を必死にピッピッピッピッと押しているのを見ることは!よくありましたが…。)
母が聞いた、割れるくらいの大きな音は、
本当におじいさんだったのかはわかりません。
でも何故か、母には声が聞こえたのです…。
おっちょこちょいだし、間が抜けてるし、機械にめっぽう弱い母ですが、
とても優しい母だから、
おじいさんが電話を探していると気づいたのかなと思い、
おじいさんも、母だから、話しかけたのかな?と思ったりもした出来事でした。
作者にゃにゃみ
今回は、私の母の思い出話をしてみました。
前回、とても長かったのでアッサリと…。
こんな話もあるだな…と、読んでいただければ幸いです。