いい男というのものは、何をやっても様になる。
たとえば、今、俺の前でボサボサ頭で大あくびを繰り返しているこいつだ。
無精ひげでボサボサ頭であればワイルドと誉めそやされるのだ。
もしこれが俺であれば、ただのだらしない男としか言われない。
そんなやっかみも含めて、俺は、その男を面と向かってけなす。
「何だよ。朝っぱらからあくびばかりしやがって。頭ボサボサだしさ。飲みすぎたのかよ。」
こいつとは、小学生からの腐れ縁だから、これくらいの憎まれ口は叩く。
「うんにゃ、昨日は飲んでない。それがさあ、昨日、お持ち帰りした子が寝かせてくれなくてさ。」
そう言うと、ニヤリと笑った。
聞かなければ良かった。
お持ち帰りということは、彼女ではない、ということだ。
こちらは、やっとの思いで、彼女をゲットしたというのに、こいつときたら、とっかえひっかえだからな。
「へえへえ、それはよかったですね。ほな。」
そう言って、俺がすたすたと去ろうとすると、話を聞いて欲しいのか、そいつは縋り着いて来た。
「待てよ、聞けよ。」
「いやだ。お前の自慢話なんて。」
「自慢じゃねーって。ほら、お前、彼女とさ、もうエッチしちゃったの?どうなの?」
正直な俺はすぐに顔に出てしまうようだ。
「まだ、なんだろ?」
ニヤつく顔も憎たらしい。俺が黙っていると、さらに饒舌に続けた。
「恐怖ってのは、性的興奮と紙一重なんだぜ。怖い映画やテレビを観たときの恐怖心を処理する脳の部分と 性的快感を処理する脳の部分は同じなんだってさ。だから俺はちょっとした実験をしてみたんだよ。」
俺は聞かないふりをしながらも、耳は大いにその話を聞きたがった。
「昨日さ、飲んだ帰りに連れて帰った女の子といっしょに、レンタル屋に寄ってホラー映画借りて、帰って一緒に見たんだよな。そしたら、案の定、怖がって俺にしがみついたり泣いたりしちゃってさ。その後、なぐさめるフリして、そのまんまエッチに突入したの。そしたら、その子、めちゃくちゃ興奮しちゃって。感度はいいし、もう何回もおかわりされちゃって。あれって効果絶大だぜ。」
そういって俺にウィンクをしてきた。
本当だろうか。
俺はその夜、彼女が部屋に来る予定だったので、こっそりと怖いDVDを借りておいた。
トリックオアトリート。今日はハロウィン、ということで、彼女も一緒にDVDを見ようと言って、実はホラー映画だったとしても許してもらえるだろう。
そして、怖がる彼女を慰める俺。
そして、二人はついに、結ばれるのだ。
部屋はばっちりきれいに片づけてある。
彼女の好きな甘いワインも買ってあるし。準備万端だ。
ピンポーン。チャイムが鳴らされた。
俺は浮足立って、ドアを開け彼女を迎え入れる。
「いいDVDが手に入ったんだ。一緒に見よ。」
彼女は素直に頷いて、どんな映画なのと尋ねたが、見てからのお楽しみとごまかしておいた。
映画が始まってすぐにホラー映画だとバレたが、あまり怖くないからとうそをついた。
その映画はハロウィンにちなんだ映画で、ハロウィンの夜に謎のウィルスに侵された彼女が彼氏を食い殺すというゾンビものだ。案の定彼女はキャーキャー言いながら俺にしがみついてきた。
そのたびに大丈夫だよといいつつ、彼女の肩を抱く。
映画が終わってめそめそしてる彼女をごめんねとやさしく抱きしめた。
見つめあう。唇が自然と重なり合った。
よっしゃああああああ!心の中では雄たけびを上げていたが、表面では冷静を装う俺。
キスをしていると、彼女の腕に力が入り、俺の首の後ろに回しながら、彼女の方から俺を押し倒してきた。
おおおお!だいたーん。やっぱり恐怖と性的興奮は紙一重なんだ。
「いたっ!」
唇に激痛が走った。
俺は驚いて彼女から離れ、彼女を見上げると、彼女の口の周りが血だらけで、何やらむしゃむしゃと食べている。
俺の唇から生暖かいものが流れ落ちたので、手で触ってみると、手のひらが真っ赤になった。
彼女が食べているのは、俺の唇だ。
「うわあああああああ!」
俺は気が動転して、逃げるのに、テーブルの足に引っかかって転倒してしまった。
そこに彼女が馬乗りになり、俺にまたがると、今度は喉笛に食らいつく。
ひゅーという音とともに、血が大量に噴出した。
彼女が叫ぶ。
「ハッピーハロウィン!!!」
もうこれは彼女ではない。
俺はもう声を出すこともできない。彼女はゾンビになってしまったのか。
そして、彼女が今度は俺の目玉に食らいついた。
「わああああああああああ!」
俺は上半身を起こすと、びっしょりと全身に汗をかいていた。
顔や喉を触っても何ともない。
リビングのソファーで眠ってしまったようだ。
テレビは、すでにDVDの再生を終え、陽気な外国人二人が、健康グッズの紹介をしていた。
「なんだ、夢か。」
俺は怖いから予めDVDを一人で見ておいて、彼女の前では頼りになる男を演じるために驚かないように予行練習をしていたんだった。意外と怖かったので、あんな夢を見てしまったんだな。
俺は一人苦笑いした。
テーブルの上のリモコンに手を伸ばす。
その時、俺は知らなかった。
ソファーの陰から、彼女が覗いていたことを。
そして、その手には、銀色に光るナイフが握られていたことを。
テレビを消して振り向いた俺の目に、ナイフが突き立てられた。
「ハッピーハロウィン!」
作者よもつひらさか