「いやあ、君に任せておけば安心だな。これからもよろしく頼むよ、山本くん。」
そう言うと、社長はヤマモトヒロシの肩をぽんと叩くと満面の笑顔で、去って行った。
俺とヤマモトヒロシは深々と頭を下げてそれを見送った。
ヤマモトヒロシの後ろで頭を下げながら、俺のはらわたは煮えくり返っていた。
どうして俺がヤマモトヒロシの下で働かなければならないのだ。
量産型ヤマモトヒロシはその特性から日本では重宝された。
汎用性に富み、どんな仕事もミスなく無難にこなす。
しいて欠点を言えば、ヤマモトヒロシは決して危ない橋はわたらないので、例えば画期的なアイデアを求めるなどという仕事には向いていない。
つまり、会社には決して逆らわない。何事も無難な選択をし、決して会社に不利益をもたらさない。
ヤマモトヒロシの脳は、危険回避能力に長けているのだ。
俺はというと、起死回生をかけて挑んだプロジェクトに見事失敗。
会社に多大な不利益を与え、あえなくヤマモトヒロシのもと、平社員からのやり直しだ。
可もなく不可もなく、地道にコツコツと仕事をこなしてきたヤマモトヒロシが見事、俺の直属の上司となりあがったのだ。俺はヤマモトヒロシを陥れるために、いろんな罠をしかけたが、ヤマモトヒロシはことごとくそれを回避。
もう俺は、ヤマモトヒロシに勝てる気がしない。
そこで、俺は今日、意を決して、このラボの戸を叩いたのだ。
執刀医はもちろん、ヤマモトヒロシ。
「本当にいいんですか?」
執刀医のヤマモトヒロシは俺に訊ねた。
「ええ、お願いします。」
21××年。
あわや第三次大戦に突入かと思われた危機を、首相のヤマモトヒロシは回避した。
和平会議でどのようなカードを使って大戦を未然に防いだかは、謎である。
この功績をたたえ、我が国は正真正銘の常任理事国となったわけだ。
ヤマモトヒロシが製造販売されて、わずか40年のことである。
ついにハイブリッド人類による支配がはじまったと、オカルトマニアは危惧するも、世界は確実に良い方向へと向かいつつあることは事実だ。
人間は誰しも、ミスを恐れる。
ミスをしない人間になれるのであれば、誰もがなりたいであろう。
その人間の願いを叶えてくれる研究が密かに行われていることを知った。
倫理上、人体の改造については、まだまだ世間には理解はされていない。
人間の脳は、爬虫類脳、動物脳、人間脳という三つの脳から構成されており、今からこのラボでの施術により、人間の危険回避を司る爬虫類脳を増やし、感情を司る動物脳を最小限に抑え、人間脳の発達、およびクラウドとの連携を可能にする、チップを脳に埋め込む。
脳の手術といえば、失敗したらという不安もあるが、執刀医がヤマモトヒロシなら心配はいらない。
彼らは絶対に失敗しない。一昔前のドラマで女医が「私絶対に失敗しませんから」
などというセリフは嘘である。人間である以上、必ず失敗はある。
俺は覚悟を決めて、手術台に横たわると、麻酔が効いてきたのかそれからはもう意識がない。
これで俺も明日からヤマモトヒロシだ。
総理官邸では、ヤマモトヒロシが上等な革張りの椅子に腰かけ、首相側近であるヤマモトヒロシからデータを受け取っていた。
「我が国のヤマモトヒロシ率は確実に増えています。シリアルナンバーによる管理も完璧です。」
首相のヤマモトヒロシは感情のない目でそれに目を通して、抑揚のない声で答える。
「我々が、この国に上陸してヤマモトヒロシ一号を送り出してはや40年。そろそろ体の方も進化を遂げた方がよさそうだな。不滅再生細胞の研究を急がないとな。」
そう言うと、口から二本に割れた細い舌をチロチロとさせた。
作者よもつひらさか
ヤマモトヒロシシリーズ第三弾です。
ヤマモトヒロシ http://kowabana.jp/stories/26046
ヤマモトヒロシ改 http://kowabana.jp/stories/27309