中編5
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ドリームボックス

男は息を飲んだ

二等、1,000万円

スマホの画面と手に持った宝くじの番号を何度も何度も見比べた

もうこんなことを何十分しているだろうか

間違いない

当たってる

心臓の鼓動が喉元まで上がってきている

まずは落ち着こう、とテレビを付けた

ニュースが流れ、あるバンドがペットの殺処分を無くそうだのと訴えていた

男は忌々しそうにテレビを消した

しばらく宝くじを眺めていたが

どうにも気持ちが落ち着かなくなった

人生が変わるかもしれない

そんなことを思わせる大金だ

引っ越す❓車を買う❓会社を辞めて旅に出るか❓

さすがに会社は辞めないか…

笑いが止まらない

頭に血が上っているのが分かる

このアパートの部屋に1人でいると気が変になりそうだった

少し頭を冷やそう

男はテーブルの上に宝くじを置きアパートを出た

街の喧騒もまったく耳に入ってこなかった

足元もフワフワとしてこれが現実なのか夢なのも自信がなかった

信号を渡る途中で激しくクラクションを鳴らされた

赤じゃないか…

落ち着こう、舞い上がりすぎだ…

駅前のコーヒーチェーンに入ったが

お金を払う手が震えていた

不審そうに見る店員に苦笑いしながらお金を渡した

コーヒーを飲む手も震えてコーヒーが飲めない

おいおい、1,000万にビビりすぎだ

男は少しづつ湧いてくる実感にますます落ち着かなくなってきた

自分1人がこの世界から浮いているように感じ居心地が悪くなってきた

一口しか飲んで無いコーヒーを片付け、男は店を出た

しばらく歩いていると気持ちも落ち着いてきた

実感として湧いてくる1,000万に再び心が躍った

耳元に何かが通り過ぎた気がして横を見ると

前まで空き店舗だった場所に小さなペット屋がオープンしていた

昨日まで気がつかなかったが…

ウインドウのケースを覗くと黒い子猫が走り周っていた

猫か…

男は少し嫌な記憶が頭をよぎった

値段を見ると2,000円と書いてある

20,000円でも安いと思うが何かの間違えか

しばらく眺めていると

中から女性が現れた

猫、好きですか❓

まだ若く20代中頃だろうか

黒い短い髪が活発な印象を与えるが

切れ長の目に妖艶さを感じた

笑っているようないないような黒い瞳は瞬き一つしなかった

男は

「ああ、前に飼ってたことあるんですよ」

彼女はそうですか、とだけ言って

店の中に入ろうとした

男ははもう少し話したくなり

「この猫って2,000円なんですか❓」

と、呼び止めた

「安く感じますか❓その子は引き取り手を探しているんです」

男は他の動物の値段はと店内を覗いたが閑散とした店内はペット用品しかなく、他の動物は一匹もいなかった

男は気が大きくなっているのと彼女の気を引きたい、こんな思いから

思わず

「この猫、引き取ってもいいですよ」

と、伝えていた

彼女は、ほぅと

表情を変えることなく言うと

どうぞ、と中へ男を案内した

さっそく引き取る手続きに入った

朝からめまぐるしい展開になったが

この猫の引き取り手を申し出たことでさらに気持ちが高揚していた

今、俺は世界で一番優しさに満ち溢れている人間に見えるんじゃないかと思った

しかし

その彼女には

飼うことのできる家なのか

育てられる経済状況なのか

家を空ける時に預けることはできるのか

命に対する責任は持てるのか

と、尋問のように聞かれた

喜ばれ、感謝され、これからもよろしくお願いします、ぐらい言われると思っていた男は

思い描いていたやり取りとの違いに不快な気分になった

ただここで辞めておく、などと言うと

小さい人間だと思われ軽蔑されそうに思え

できるだけ落ち着いて話を聞き、答えた

問題ありません、と

登録のようなことを、済ませて

手が付いている家のようなダンボールに

猫を入れ、手渡された

その箱には可愛い文字で

ドリームボックスと書いてあった

その言葉にひっかかりを感じたが

記憶をたどることは出来なかった

男は店を出ると

前に飼っていた猫のことを思い出していた

前の彼女と同棲を始める時に

猫が嫌いな彼女に

私をとるか、猫をとるか❓と言われ

彼女をとり、猫は保護センターに連れていった

もともとその猫は以前に付き合ってた女が置いていったものだ

センターでは職員に引き取り手を探すなどいろいろ提案をされたが

ろくに探しても無いが

引き取り手を散々探したと言った

それでも食い下がる職員に面倒くさくなり

ありのままを話し

兎に角、飼えないんだ、引き取って欲しいと、

それが仕事だろ、と押し通した

処分料として2,000円を払い

手続きを終えると

最後に

この先、2度と動物を飼わないで下さい

あなたは動物を飼う資格は無い人です

と、言われた

男はしつこいくらい飼わないと約束させられた

この猫が最期にどこに行くか知ってますか❓と言われたが

後はそっちの仕事だろ

知る必要ないだろう、と

施設を後にした

1度振り返ると

何とかボックスでどうのこうのと叫んでいたが

はっきりとは聞こえなかった

職員の悔しそうな顔は今でも覚えているが

あの職員に言ってやりたい

今日俺は一つの命を救いましたよ

2度と飼うななんて約束させなきゃもっと命は救われますよ、と

これで行って来いだ

separator

アパートに着き、箱を開けた

子猫はしばらく部屋の中をチョロチョロと動き回っていたが

ぴょんとテーブルに飛び乗ると宝くじを口に咥えた

おい!ふざけんな

必死で捕まえようとするも子猫は

ちょこちょこと動き回りなかなか捕まえられない

それが当たってなければお前なんて引き取ってねえよ

返せ!

宝くじは猫の口元でシワクチャになっていた

頭に血が上った

俺の人生を狂わせるな

なんとしても口から離させる

殺してでも取り返す

台所から包丁を持ってくると

子猫を部屋の隅に追い詰めた

ガッと左手で子猫を捕まえた

右手で子猫の首に包丁を突き刺そうとした

その瞬間子猫が口の中に頭を突っ込んできた

男は子猫を掴み口から出そうともがいた

しかし、信じられない力で

爪を立てズルズルと喉の奥まで入ってくる

男の顎は外れ声もあげられなくなった

それでも猫は何かに取り憑かれたように喉に体を押し込んできた

気道を塞がれ男は白目を剥き喉を掻き毟りながら絶命した

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数日後男は宝くじを喉に詰まらせた状態で発見された

死因は窒息死だそうだ

不自然な点が幾つもあったという

なんでも頭部を空のダンボールに突っ込んでいたらしい

可愛いロゴでドリームボックスと書かれたダンボールに

調べてみてもその中に何が入っていたかは分からず

どこの店のものなのかも分からなかったらしい

ニュースでもその事件は報道され

ワイドショーでも少し取り上げられた

ダンボールに、書かれたロゴに興味を持った視聴者たちは

ネットで検索をかけた

ドリームボックス…

動物保護センターで最期に動物が入る箱の名称

Concrete
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