長編8
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メモリーズ

今年もあとひと月

見上げる空も寂しさしか感じない

今、私の手に1枚の葉書がある

新聞広告に埋もれるように往復ハガキが紛れ込んでいた

昨日届いていたのかな…

昨日見た時には気がつかなかった

それと

思う

なんでここに?

母親が気でも効かせてここの住所を教えたのか…

そのハガキは

小学校の同窓会への誘いだった

同窓会…

卒業していない私にも?

小学校6年の冬休みまでを過ごした場所

そこを離れてからもう13年になる

初めての誘いに私は戸惑った

小学校か…

私はあの冬を思い出そうとした

おぼろげな記憶…

6年生の冬休み

父親の仕事の関係で引越しして以来

あの、生まれ故郷には帰ったことがない

思い出を探るものも何も持っていなかった

引越しの時に写真、文集など引越し業者のミスで全て紛失した

と、後から母に言われた

連絡を取り合う友達もいない

顔を思い出せる友達もいない

懐かしい気持ち、どうかな…

あの場所で過ごした最後の冬は

あまりにもぼんやりとしていて

それでいて、遠かった

でも

1人、仲の良かった女の子がいたことは覚えている

家は離れていたがよく遊んだり

お揃いの赤いコートを来て一緒に登校したり

余り身体が丈夫ではない、そんな印象がある

名前…

顔…

思い出せない

思い出そうとすると

頭に霧がかかったようにつらくなる

それにしても

突然の引越しだった

私の知らないところで色々決まっていたのか

気がついたら見知らぬ土地にいた

お別れの会みたいなものも

してもらった記憶もない

あの子とも

どんなお別れをしたのか、

不思議と思い出せなかった

そして

いつも扉を閉めるように

思い出すのをやめていた

そんなことを考えながら

葉書を見つめていた

同窓会に出ればその当時のことを色々聞けるかもしれない

葉書がポストに落ちると、

胸がしめつけらる思いがした

出欠席の選択に

すこしの不安と期待

あと

うまく言えないような気持ちが

一緒にポストに消えていった

そういえば

返信先の幹事の名前

その名前にはまったく記憶が無かった

それと

往復葉書の片割れは

見つけることができなかった

あれって

ほんとに私に届いたものなのかな…

separator

私は高校に入ると小学校の教師を目指して勉強に取り組んだ

両親には何故か強く反対された

とにかく、大変な仕事だ、と

小学校だけはやめておけ、と

そのうち

私の頑張りに両親は折れたようだった

私は子供達に接すると

じぶんの気持ちが落ち着くのがよくわかった

目指す教師がいた訳でも

憧れがあった訳でもなかった

ただ子供達と一緒に遊び、学び、何かをしていたかった

そうしていると

頭の霧が晴れていく、そんな気がしていた

もしかしたら

ぼんやりとしている思い出を教師になって埋めたかったのかもしれない

そして私は教師になった

私も今年、6年生に受け持つクラスができた

「ねえ、玻奈子先生」

「なに?」

「肝試しやりたい」

クラスのまとめ役の男子がホームルームで私に言った

どうやらクラス全体の意見らしく

皆んなが私の言葉を待っていた

最後の冬休みにみんなで学校に集まって何かしたい、と話し合ったらしく

それが肝試しだった

この頃の子達は怪談、オカルトにことさら興味があるらしい

季節外れじゃない?

そんな問いかけに

最近流行りのテレビでやっていたらしく子供達は目を輝かせていた

肝試しでは許可は取れないだろうから

何か適当な理由をつけて

集まれる日を設けようか、と言うことになった

なので肝試しをすると言うことは

このクラスだけの秘密にすることにした

ここだけの秘密

その響きに子供達は満足したようだった

昼過ぎに集まり、暗くなる前には学校を出ると言う私の少しつまらない提案でも子供達はOKした

冬休みの前までにルールのようなものもみんなで決めた

それも簡単なもので

学校内のどこかのトイレに私が隠れ

そこにたどり着いた証拠を子供達が教室に持ち帰るというものだった

ただ私が待つのは女子トイレなので

男女2人をペアにして

女子がトイレを確認する、ということにした

ちょうど教室に埃のかぶった造花が10本ほどあったので

それを証拠に持ち帰ろうという事になった

個室のドアをコンコンコンと3回ノックする

そこに私が居れば花を受け取ることが出来る

肝試しというよりは簡単な謎解きのようになった

もっとも暗くなる前では肝試しとは名ばかりになりそうだった

「先生もなんか怖そうなかっこしてね」

と言われたので

「そうね、どんなに怖くても知らないわよ」と

簡単な脅しをかけてそれらしさを演出した

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家に帰るとクローゼットを覗いてみた

特にこれといってお化け役に相応しい服はなかった

これはと手にとってのは赤いロングコートだった

フードも付いていて

前に学校に来ていった時に子供達が赤ずきんちゃんみたいだね、と笑った

それ以来2度と着ては行っていない

あの日のリベンジが出来る…

私は、ふふっと笑い

鏡の前で髪を前に垂らしコートを羽織ってみた

まあ、それなりに見えるだろう

separator

冬休み

空には厚い雲が重なりあっていた

そんな空でも子供達はにぎやかに登校してきた

女子達は一様に着飾り

男子達はなんとなく落ち着かなかった

私達の他に誰もいない校舎は

いつもとは違う場所に見えた

そう、飲み込まれるような静けさがあった

ひんやりとした教室

みんな揃ったところで

「じゃあ私は隠れるわよ」

何処に隠れてたかは最後のペアが終わるまで言っては駄目よ、と

私はコートの入った袋と造花を持ち教室を後にした

まだ四時

でも、冬の曇り空の下では

学校は薄暗く

息をひそめるように

しんとしていた

廊下に響くのは私のくつの音だけ

子供達が教室から覗いているかな、と振り向いて見た

誰の顔も見えなかった

誰の声も聞こえてこない

今、私以外誰も学校にいない

そんな錯覚すらおぼえた

どこか窓を閉め忘れているのか

古い木の香りが鼻をかすめた

時折、聞こえる鳥の声もどこか遠く懐かしく感じた

と、サーっと雨の音が聞こえてきた

降ってきちゃったか…

一段と寒さが増したように感じた

寒気がした私は袋からコートを出して羽織った

前を見ると遠く廊下の先に赤い服を着た女の子が目に入った

「え?」

目を凝らして見ると鏡に映った私だった

あんなところに鏡なんてあった?

ズキン

頭の芯に響くような頭痛がした

天気のせいか頭が重い

教室から1番離れた三階のトイレに入った

コートを着ても冬休みの校舎はとても寒い

早く見つけて欲しい

早く…

私が教室を出てから10分後にスタートする予定だった

もうそろそろ最初の子供が教室を出る

私は1番奥の個室に入り子供達が来るのを待った

暫く経ち

「コン、コン」

3回目のノックを待っていると

…なんでここにいるの?…

消え入りそんな女の子の声

誰の声だろう…

「誰?」

私が尋ねたが

その問いには答えず

…おねえちゃんも入ってなさいって言われたの?…

強烈な頭痛とともに頭の中に響いてくる声に私は目をつぶり頭を抑えた

私が声を出せずにいると

女の子は続けた

…私、先生に言われたの…

…時々ね、咳が止まらなくなるの…

…でも、薬をシューってやると良くなるんだよ…

…だけどね、先生がいつも嫌な顔するの…

…咳をした後に、今の聞こえなかった人?って必ず聞くの…

…ごめんなさいって言ったら

じゃあ

咳が止まるまでトイレにいなさいって言うの…

…みんなの迷惑になりたく無いだろってニコニコしながら言うの…

…咳が出そうになったら行っていいからって…

この子はなんの話をしているの?

私は息を潜めて続きを待った

…小テストがあったの…

…先生がね咳出ると

みんなが集中出来ないら

終わったら呼びに行くっていうの

でもね、薬を教室に忘れて来ちゃったの

咳が何時までも止まらなくって

何時までも

苦しくて

すごく苦しくて

でも誰も呼びに来てくれなかったから

出ることが出来なかったの…

私は強くなる頭の痛みをこらえていると

ある風景が浮かんできた

小学校?

授業中だろうか

私は席に着き机に向かっていた

顔を上げると先生らしき男性がいた

と、頭の痛みがすっと柔らかくなった

私は目を開くことができた

視線を下げると

目の前に1人の少女が私を見上げていた

…おねえちゃん、誰?…

少女の顔を見た私は

記憶の糸の結び目が解けるように

あの日の自分にもどっていた

私は、あの日先生に

「お前、仲いいだろ、呼んで来い」って、

私はトイレに行ったんだ

トイレに入ると泣き叫ぶような激しい咳が聞こえてきた

咄嗟に咳が聞こえる個室の扉を開けると

顔を真っ青にして

目を剥き

叫ぶような咳をしているあなたが見えたの

私は見たこともないあなたの形相が恐ろしくなってしまって

咄嗟に扉を閉めてしまった

私は見てはいけないものを見てしまった気になって

助けを呼ぶ事も出来ずに

恐怖に震えていた

暫くして先生が来て扉を開けた時にはには

あなたの咳は止まっていた

でも

目を開けることも、息をする事も無くなっていた

なんで早く呼びに来ないんだ!って

先生に肩を抑えて怒鳴られた後の事はやっぱりよく思い出せない

…なんで泣いてるの…

同じ目線になった少女が聞いてきた

頭の痛みは消えていた私は

いつの間にか涙を流していた

涙を拭きそっと少女の手を握った

少女の手を包むつもりだった私の手は少女と同じ大きさになっていた

「もういいんだよ、ここにいなくてもいいんだよ」

…玻奈ちゃん …

私の顔を見て少女は言った

… 呼びに来てくれたの?…

「そうだよ、遅くなってごめんね」

私は絞り出すように

少女に語りかけた

いままでどこかにずっとあった霧のようなものが消えていた

そういうことだったんだ

両親はあの時の事を忘れさせるように

引越しをして

思い出せるものも処分した

私も自分自身で記憶を封じていた

教師になりたかったのは

あなたにもう一度会う為だったんだね

チャンスをくれたんだね

ありがとう…

私は少女の手を引きトイレから出ようとした

少女の手も私の手を強く握り返した

「さあ、行こう」

許される訳もないが

少女を連れて出ることが少しでも贖罪になり

わたしも少女も救われる…

「さあ、」

私は少女の手を引いた

ズキン

頭に痛みが走った

少女は石の様に動かなかった

凄まじい力で握り返して来た手は

氷のように冷たくかたくなっていた

…どうして、逃げたの…

…どれだけ苦しかったか知ってる…

私は振り返って少女を見た

…ずっと…

…待ってたよ…

無表情な顔に浮かぶ少女の目は全てを見透かすような

深い漆黒に包まれていた

…誰かに見つけられるまで…

…次はあなたの番だよ…

…は な こ…

separator

ねえ

三階の使ってないトイレあるでしょ

その1番奥のトイレ

3回ノックして開けると

見えるんだって

赤い服着た女の子が

花を渡しながら

遅いよって…

Concrete
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どぅはっ!
ロビンさん!
そ、そんなことを言っていただけるなんて((((;゚Д゚)))))))
有難や有難やでフォースが覚醒してしまいそうです〜
スターウォーズを昨日観たもので…
ありがとうございます!

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読みながら、わあスゲー、うまいなー、と独り言を言ってしまいました。やあロビンミッシェルだ。

こういう話の持って行きかたは僕には中々出来ないので本当に憧れます。

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