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中編6
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魔法少女生産計画

『く……私の力じゃ、こいつ倒せないよ』

 ピンク色の戦闘服に身を包んだ魔法少女が画面の中で悔しそうな表情を浮かべた。私はそれと同じ格好になって、画面の中で動く少女たちに没頭する。

 私もいつか魔法が使えたらな、と思う。

 暗い部屋。カーテンの向こうでは夜が明け、朝日が町を呑み込み始めていた。

 朝は大嫌いだ。雨の日と同じくらい憂鬱になる。

 大きく膨らんだ私の腹がぐうと唸った。腹が減った。

 朝飯は食う気にならないから、今のうちに何かお菓子を持ってこよう。

 動画を止めて、重い腰を上げた。部屋に散乱するグッズや漫画本を踏まないように避けながら、部屋の出口を目指す。

 閉鎖的な空間から外に出ると、新鮮な空気が口の中を覆う。私の口の中の粘り気がその空気を拒絶した。

 私はそろりそろりと足音をたてぬように、両親の部屋の前を歩いた。今にも扉が開きそうで、ひやひやしたが、この時間に両親が起きることはまずない。

 両親の部屋の前を通り抜けると、私は普通の歩行ペースに戻って、階段を下りた。

 度々、後ろを確認しながら、私はリビングへ入った。リビングにある大きな窓から差し込む光が私の目を直撃した。思わずうっと声を出してしまう。

 光を払いのけるように手を翳し、私はお菓子の棚へ向かった。

 チョコレート。ポテトチップス。ポッキー。ハッピーターン。名前が分からない煎餅。

 取り敢えず、ポテトチップスとポッキーを手に取る。それから、冷蔵庫を開けて、コーラを取り出した。正直物足りなかったが、欲を出して多く取れば、また母が五月蠅い。お菓子の袋を抱え込むように持ちながら、私はリビングを出た。

 そこで私は大きな誤算と直面してしまった。

 祖母が丁度、部屋から出てきたのである。寝巻姿の祖母は呆れた顔で私を見た。雀のチュンチュン鳴く声以外は気まずい静謐さが辺りを漂った。

「アンタ、また学校に行かないのかい」

 祖母は眉をひそめながら、私に問うた。

「私の勝手じゃん」

「親に金出してもらってる身が何言ってる」

 祖母は心底呆れた声で言った。

「じゃあ、おばあちゃんは関係ないじゃん。口出さないでよ」

「そんなこと言って、お母さんやお父さんの話だって聞かないじゃないか。幸子さんがどれだけアンタのことを心配――」

「うるさいなあ」

 もう何千回も聞いた言葉に私は苛立ちを覚え始めた。早く部屋に帰って、アニメの続きが見たい。

「それに、アンタなんだいその恰好は――高校生になってみっともない」

「魔法少女を馬鹿にするな!」

 私は思わず叫んだ。つい腕に力が入って、胸に抱えたポテトチップスが割れる音がした。

 祖母は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしている。

「アンタ狂ってるよ。早く出ていけ! この家から出て行っておくれぇ」

 祖母はその場に泣き崩れた。

 二階が騒々しくなる。階段を見上げて、私は絶望が迫ってくるのを感じた。

「何かあったんですか!」

 母が喧しい声を上げて、二階から顔を覗かせた。そして真っ先に私に目を向けると、嫌悪感に顔を表した。

「美咲、なんて恰好をしてるの!」

 母が物凄い剣幕で階段を下りてきた。そして祖母を一瞥すると、また私に怒りの形相を向ける。

「美咲、また何かしたの?」

「してないよ。おばあちゃんが勝手に――」

「おばあちゃんが勝手に怒鳴るわけないでしょう」

 なんでいつも私が悪者になるんだ。地面に蹲って泣く祖母を見る。

 この世界では自動的に泣いた人が被害者で、泣かせた人が加害者になるのだ。その人たちを審判する人にとっては、それまでの経緯などどうでもいい。

 泣かせた人が悪で、泣いた人が善なのだ。

 そんなこと、厭という程経験してきた。

「本当に勝手に怒鳴ったんだって」

「美咲いい加減にしなさいよ」

 いい加減にするの意味を分かっていっているのだろうか。いい加減にするのはそっちだ。私にレッテルを貼って、それこそ事の起こった経緯など確認しようとしない。私という存在を絶対的悪と決めつけて、家族全員で集中攻撃する。それで私が正論を言えば、口答えするなだとか、親に歯向かうな、とか言い出す。

「いい加減にしなさいよって何? 意味わかってる?」

 母の手のひらが近くに見えたかと思うと、右の頬に弾けるような痛みが襲った。胸に抱えていたお菓子やコーラを地面に落としてしまう。

「あなたって子は! なんで、いつもそうなの!」

 ほら、自分が反駁できない意見はいつも暴力で撥ね返す。圧倒的な力の差を見せつけることで有無を言わせないようにする。

 なんで。なんで、こんな家庭に生まれてきたんだろう。

「あなた今の立場が分かってるの? 高校に行かないで、家にばっかり居て――」

 母の声が遠ざかっていった。

 嗚呼、五月蠅い、煩い。

 頭が痛い。

『痛いの痛いのとんでけー』

 可愛い顔をした魔法少女が私の額を摩って、天井の方へ痛みを飛ばしてくれた。

 私は心の中でお礼を言った。

 ――どうやって魔法少女になったの?

 私はその子に訊いた。その子はとっても可愛くて、とっても可憐。

 その子は厭そうな顔一つ見せずに、ウィンクしながら答えてくれた。

『夢見る心があれば誰でもなれるよ。だって、私だって最初は普通の十五歳だったんだよ? でもさ、私魔法少女になる前に考えていたんだ。私ってこのままでいいのかなって――世の中にある犯罪とか悪しき考え、国の意見が違うだけで起こる戦争、それで死んでいく罪のない人たち―――そんな世の中でいいのかってさ。その時、私の日常がひどくちっぽけに見えた。だって、私の周りにある悩みとか出来事ってそういうことと比べたら、本当に小さくて平和なものだよね。夢見る心って言ったけど、ちょっと訂正。一番大事なのは世の中を変えたいって心だと思うよ。そして私は魔法少女になった……』

 ――そうだよね。私でもなれるよね。私もそういうの許せないの。

 世の中に溢れる矛盾の数々に、世の中を形成する理不尽さに。私は憤怒を覚えている。

「――ちょっと聞いてるの? 美咲!」

 母の声が一段と耳に響いた。かまびすしい。

 母は理不尽さの塊だ。魔法少女が最も駆除するべき存在。

 腰に備えていた魔法のステッキを手に取る。ステッキの重量感が手首に圧し掛かる。

「なに、それ。美咲、ちょっとやめなさい!」

 私は腕を伸ばして、ステッキを掲げた。

「人類を脅かす悪しき魔物よ、罪を償い、安らかに眠りなさい!」

 掲げた魔法のステッキが光を放ち、辺り一帯を包んだ。

 母の悲鳴。祖母の喘ぎ声。

 どうしたんだ、と二階から聞こえてくる父の声。

 みんな私が魔法を使えることを不思議に思っているみたい。

 それから、母の額に魔法のステッキを思い切り振り下ろした。

 母の顔全体がまず歪んで、それから額が凹んだ。頭蓋骨の割れる感覚が私の手に明瞭に伝わった。

 粘土みたいに歪んだ母の額から血が飛び出た。

 階段を下りかけていた父が急いで二階に戻っていく。

 母は地面に横たわり、虚ろな目線を私に向けた。瞳の中の光が徐々に失われていく。

 祖母は絶句して口をあんぐりと開けたまま、私と倒れた母の顔を交互に見ている。

 ――なにこれ。私の想像していたのと違う! これじゃあ、まるで。

 私が人殺しみたいじゃない。

 私は何度もあの子の名前を呼んだ。

 でも、あの子がもうあのお茶目な仕草や顔を見せることはなかった。

Concrete
コメント怖い
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男は40超えても童●だと魔法使いになれると言いますが、永遠の謎ですな( ー̀ωー́ )

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