学校の帰り道、いつもの角を曲がった所で少年は金縛りに会ったかのように足を止めた。
少し先の電柱の袂に白いキャミソールを着た、妙に背の高く線の細い女性が立っていた。腰まである長い黒髪に、鼻が全て隠れてしまうほどの大きなマスク。
女性は少年を真っ直ぐに見据え、この寒い季節に素足という出で立ちでコンクリートをペタペタと踏みしめながら近づいてきた。
近くで見ると髪は艶を失いボサボサ、キャミソールも酷く汚れている。
「ネエ」
女性は枯れ枝のような細い指でマスクを取った。
「ワタシキレイ?」
口が耳まで裂けている。
思わず言葉を呑み込む少年。
「ネエ、ワタシキレイ?」
チロチロと二つに割れた蛇のような舌先が、口の中に出たり入ったりを繰り返している。逃げだそうにも真っ黒な二つの瞳が少年の動きを止める。
その時、ぎゃあ!と後ろから男性の悲鳴が上がり、「く、口裂け女だ!!」と、叫びながら逃げていった。
「あ、あ、」
なんとか言葉を押し出そうと口をパクパクさせる少年だが、恐怖からか言葉は出ず、代わりに目からは涙が溢れ、鼻水がダラダラと垂れてきた。
女性は微笑むと、少年の唇に自分の人差し指を当てた。
「噂を信じちゃいけないよ、ワタシの心はウブなのさ」
「う、噂?」
「ワタシの名前は山本。巷では口裂け女なんて呼ばれているけどね」
「く、口裂け女?!」
「ああ、蝶になるのも花になるのも自分次第、恋した夜は貴方次第なの」
「………」
「ああ今夜だけ…ああ今夜だけは…」
女性はブルブルと震えている。
「あ、あの、お姉さん?何を仰ってるんですか?」
少年の態度に女性は舌打ちした。
「もうどうにも止まらないんだよバッキャロー!!!」
女性はそう叫ぶと五寸釘を道路にばら撒きながら、逃げていった男性の後を物凄いスピードで追いかけていった。
【了】
作者ロビンⓂ︎
じ、実話です…ひ…