今年になって、もう6件目か。俺はネットのニュースで、謎の失踪の事件に目を走らせていた。まだ今年になって10日しか経ってない。
22時14分、スマホを弄っていると、ラインの通知音が鳴った。
せっかくの就寝前のスマホタイムを邪魔されただけでも、むかつくのに、通知者の名前を見て、ますます陰鬱な気分になった。
召集がかかったのだ。
「キラグループ」
本人が居ない時には鼻で笑える。何がキラグループだ。リーダー気取りで何様だよ。
徒党を組まなければ何もできない、クズのくせに。
吉良 圭太。リーダー気取りのこの男自体は、カスだが、こいつの兄貴は、本物のヤクザだから始末に終えない。
逆らえば、確実に兄貴に何とかしてもらうだろう。圭太自体は虎の威を借りる何とやらで、ただのデブだ。
小学生の頃からの腐れ縁だが、走れば見た目通りにビリ、跳び箱を飛べば、必ず跳び箱に尻餅をつくようなドン臭さ。しかし、兄が中学高校と、地元でも有名なワルになると、とたんに態度は大きくなった。
中学生になった頃は、色気づいてきて、見た目から悪いやつの見本のような服装、髪型からはじめ、兄の威を借りていろんな悪さをするようになった。万引きは日常茶飯事、夜の街を練り歩き、こうして召集をかけて、多勢に無勢で弱そうなやつ狩りをするのだ。
「今日は眼鏡狩りだ!」
アホみたいな絵文字と一緒にメッセージが送られてきた。
眼鏡狩りか。弱そうなやつを見つけたんだな。俺は心底こいつを軽蔑しているが、兄貴が怖いので、今からやむなく出かけなくてならない。俺も、弱いやつを苛めて金を巻き上げるなんて、本当はしたくない。だが、圭太には逆らえない。本当に圭太に逆らって兄貴にボコられたやつがいるからだ。
指定された河川敷に行くとすでに、圭太はもう二人招集をかけており、遅いぞと怒鳴られた。
「ごめん、寝てて気付くのに遅れたんだ。」
そう言いワケをしたが、気が進まなかっただけだ。
圭太は、細くて小柄な眼鏡をかけた男の首根っこを捕まえており、その哀れな犠牲者はうなだれていた。
「本当にお金なんて、持ってないんです。」
見た目俺たちと同じくらいの年齢の少年だ。
「じゃあ身体検査だな。」
そうニヤリと圭太が笑うと、その少年を河川敷の大通りから見えない橋の下まで連れて行くと、身包みを全部剥ぐように俺たちに命令した。仕方なく俺たちは、抵抗する少年の身包みを全て剥がしたが、少年の言うように、金目の物は何も持ってはいなかった。
「ちっ、シケたやつだな。」
そう言うと、裸の少年の腹に膝蹴りを入れると、少年は腹を押さえて蹲った瞬間に、眼鏡が地面に落ちた。
「ああっ!眼鏡!眼鏡!」
少年は、身包みをはがされた時以上に狼狽した。
それを見た圭太は、面白がって、その眼鏡を蹴飛ばして、眼鏡は川の中へと消えていった。
圭太はその様子を見てゲラゲラ笑い出したので、俺たちも仕方なく付き合うしかない。
「・・・うがあああああおおおおおおおおお!」
少年の様子がおかしくなった。
頭を押さえて苦しそうに唸っている。
圭太はその少年の様子に一瞬ビビったが、俺たちの前でビビってるところを悟られまいと、
「なんだ、テメエ。文句あんのか、ごるぁ!」
と叫びながら少年に掴みかかろうとした。
その瞬間、メキメキメキ、ゴキュゴキュゴキュ、という音を立てながら少年の肉が裂けていった。
「ひぃっ!」
その異様な様子に、圭太は尻餅をついて、俺たちは唖然とした。
少年の体は自らの肉を裂きながら、巨大化して行く。そこで、俺たちはやっとこの異常な事態に足を動かし、蜘蛛の子を散らすように逃げ始めたのだ。
腰が抜けてしまった圭太がまず、その化け物に捕まった。あの巨漢の圭太の体を片手で捕まえると、一ひねりで首をおかしな方向に曲げて、その化け物の口に頭がすっぽりと納まってしまった。ガリガリと音を立てて、圭太はあたりに血のシャワーを撒き散らしながら食べられてしまった。
「あわわわわわ。」
俺たちは、必死に逃げた。
すると、その化け物は、信じられないような速さで、俺の後ろを走る二人の仲間に追いつき、同時に二人を捕まえた。交互に頭をかじられていく二人を振り返りながら、俺は必死に逃げた。
な、なんなんだ、あの化け物は!とても、あのひ弱な眼鏡の少年だとは思えない。三人の少年を食い散らかした化け物は、さらに俺を追ってきた。こんなのは、夢だ!絶対にありえねえ。夢なら早く覚めてくれ!
そう願った甲斐あってか、俺は自宅のベッドで目が覚めた。俺はまるで、今走ってきたかのように鼓動が激しく、全身に汗をびっしょりとかいていた。よかった、夢か。俺の手には、スマホが握られており、ラインを確認すると、圭太からの召集のメッセージが残されていた。俺、あのまま寝てしまったのかな?あまりにリアルな夢に、俺の不安はなかなかぬぐえなかった。
「今日も学校行かないの?」
階下から鬱陶しい声がした。
「うるせえババア、どうしようが俺の勝手だろ!」
母親にそう暴言を吐きながらも、俺は何かに駆られたように、久しぶりに制服に手を通した。
居間に下りていくと、母親が少し嬉しそうな顔をし、朝食を勧めてきたが、あの夢の所為か、まったく食欲がなかったので、いらねえよと言い、自宅を後にした。
久しぶりの教室に入ると、一瞬、シンとした。たぶん、俺が圭太の舎弟とでも思っているのだろう。迷惑な話だ。
「おう、久しぶりじゃん!」
唯一、幼馴染の諒だけが俺に近寄ってきて話しかけてきた。
「おう」とだけ返すと、
「なあ、知ってるか?圭太と、あと二人つるんでた隆二と和也、三人とも昨日から連絡が取れないらしい。」
と諒が耳打ちしてきた。
「えっ?」
俺はマヌケな声が出た。
「お前も、招集受けたんじゃねえの?圭太から。眼鏡狩りするぞって。」
「あ、ああ。でも、俺、そのまま寝ちゃったみたいなんだ。」
「そっかあ。何でも、他にも召集受けたやつが、指定された河川敷の場所に行ったら、誰も居なかったらしい。まあ、あいつら気まぐれだからな。飽きてどこか行っちゃったのかもな。」
俺は昨夜の悪夢を思い出していた。まさかな。
「はい~、席に着け~。」
担任が教室に入ってきたので、皆ぞろぞろと各々の席についた。
「おっ、珍しいな。今日は、坂本が来てるのか。」
「来ちゃ悪いのかよ。」
俺が担任に悪態をつくと、担任のオヤジはがははとオヤジ丸出しの笑いを飛ばした。
「今日は転校生の紹介をするぞー。」
そう言うと、遠慮気味に小柄な少年が教室に入ってきた。その少年を見て、俺は思わず席を立った。
あいつだ。あの夢の中に出てきた、眼鏡。
「おっ、坂本、なんだ、お友達になりたいのかあ?じゃあ、ちょうど坂本の隣が空いてるから、席はそこな。」
クラスから笑いが起こった。
「竜崎 拓海くんだ。」
「よろしくお願いします。」
竜崎という少年は、俺の隣に座ると、眼鏡をずり上げて少し頭を下げた。
俺は無視しながらも、あの夢を思い出して、いやな汗が背中を伝った。
こんな偶然があるのだろうか。夢に出てきた少年と、全く同じ顔。同じ背格好。正夢というやつか。
相変わらず、吉良圭太とその仲間達の行方は知れなかった。同じ中学の中学生が一度に三人も行方不明になったということで、またもやマスコミをにぎわせていた。俺は、正直ほっとしていた。もうあのバカから召集がかかることはないのだ。俺だって好きで、こんな位置に居るわけではない。本当は、皆と一緒に平凡な中学生活を送りたかったのだ。それを、あの圭太のバカに勝手に仲間に引き入れられて迷惑をしていたのだ。
「坂本君、一緒にご飯でも食べない?」
ある日、今まで隣の席にも関わらず、ほぼ交流のなかった竜崎から誘いがかかった時は驚いた。
俺たちの中学校は学食があり、そこで食事をするようになっているのだ。
俺が無視していると、竜崎は勝手に俺の前の席を陣取った。周りは奇異な目で竜崎を見ている。
俺はなおも無視して、スマホに目を走らせていた。
「謎の失踪事件がこの街で立て続けに起こっていますが」
その問いに、主婦が答えていた。
俺は、スマホにヘッドホンを繋ぎ、ネットのニュース動画に見入っていたのだ。
「そうなのよ、何だか怖いわよねえ。それより、うちのシロちゃんが行方不明になっちゃったの。ペットもこの界隈でたくさん行方不明になってるのよ。」
そういえば、人間ばかりでなく、行方不明はペットにも及んでいると、別のニュースで聞いたことがある。
「ウォン!」
突然、食堂にその声が響いた。
みんなは驚いて、一斉に竜崎を見た。
俺はゆっくりと顔を上げ、ヘッドホンを外して、竜崎を見た。
「ここの学食は美味しいね。これはなんという料理なの?」
竜崎は学食の真っ赤なケチャップが塗りたくられたオムライスを指して俺に問う。
オムライスくらい誰だって食べたことがあるだろう。
俺が黙っていると、
「とくに、この赤いソースがいいよね。血のりみたいで。」
と不気味に笑う。
「坂本君、僕はね、本当は静かに暮したかったんだ。わかるかい。でも、君のお友達はそれを許してくれなかった。なあ、坂本君、いや、裕也、お前が俺んちにガキの頃泊まった時におねしょしたのは、一生内緒にしといてやるからよ。俺の正体も黙っててくんねえかな。」
その声には聞き覚えがあった。
吉良圭太。
しかし、見た目は竜崎だ。
竜崎は眼鏡を少しずりあげると、口から鋭い牙を剥き出して笑った。
作者よもつひらさか