人はからくも、誰かに自分を見て欲しいと思う。思ってしまう。
愛する者、仲のいい友人、人気者ーそれは、時として、狂気を孕むほどに。
「私は、私」
少女は鏡に言い聞かせる。
けれど僕は、首を振った。
自分を他人で塗り固めた君は、君じゃない。
すると少女は、狂ったように叫び始めた。
「どうしてそんなことを言うの!!!?私は私よ!!!私なの!!ねぇ、お願い!!!私の…私をー!、!!!」
これ以上、見ていられない。
赤い飛沫が、鏡を汚す。
開け放たれた襖の向こうで、狐がこちらを見ていた。
僕はいつでも、彼らに見られているらしい。
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今日も彼女は、鏡を見て言い聞かせている。
嘘で塗り固められた彼女は、僕の知っている彼女ではない。
いつまでそうしているの?
問いかけた声は、彼女の肉を裂く音で遮られる。
可愛いでしょう、この子。
そう言って見せられたそれは。
ああ、また、襖の向こうで、今度は烏が僕を見ていた。
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唇から、鮮血が滴り落ちる。
僕は一体、彼女の“何”だったっけ。
ああ、彼女以外の人間の声がする。
何かあったのだろう、騒がしい。
サイレンの音がする。
警察?どうして。
彼女が何か喚いている。
ああ、でも。それよりも。
「君、君!大丈夫か、自分の名前は言えるかい?」
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僕って、“何者”だったっけ。
作者中崎べろる
何者なのか、それはわからない。
そういうお話です。
シリーズの一部になります。