突然だが、先輩は金持ちである。
いや、先輩が、というよりは先輩の家が、という方が正しい。
派手な銀髪にいつもにこにこと笑みを浮かべ、謎の人脈を持つ先輩だが、時折そのせいか、とんでもないことを言う。
今回もそれだった。
「なーちゃんはさ、呪われたこと、ある?」
「呪われたこと、ってそんなのあるわけないですよ」
「あー、確かに。自分のわかる範囲で、ってつければよかったね」
それはつまり、自分が知らないところで呪われているのが常だということだろうか。
先の樹海での件が頭に浮かぶ。
「そもそも、のろいもまじないも大して変わらないんだよ」
相手にバレたらおしまい。それだけだろう?
カフェモカをいれる手を止めずに、先輩はわらった。
「先の樹海での話、聞いたよ。しっかりモノは受け取ったから…お疲れ様」
「…あの、先輩は…知ってたんですか?あの、呪い」
「呪い?ああ、あれはね、なーちゃん」
のろいじゃなくて、まじないだよ。
ひっそりと呟かれた声に耳を疑う。オーダー品をホールスタッフに渡して、先輩はこちらに向き直った。
「もともとね、あれはおまじないの類なんだ。人を不幸にするものではなく。何かを手にするには何かを失わなければならないって言うだろ?それと同じだよ。何かを自分の手で殺して、願いをかなえる。それがどういうわけか、あの男はのろいに使った。因果応報だよ。生き物の命は決して平等ではないけれど―殺して得たものに、幸せなんてものありゃしない」
「先輩、まさか」
あの男に箱を渡したのは先輩なのではないか―その視線に、先輩は首を振る。
しかしそれにしては先輩が知り過ぎている気がして、俺は唾を呑み込んだ。
「ねえなーちゃん、気を付けてね。何も知らない内に何かに、呪われていることもある。…刀路もね。あれは、」
そこまで言って先輩は言葉を紡ぐことを止めた。
不思議に思って先輩を見上げると、ふ、と笑って、やっぱり内緒にしておこうか、と店の入り口を指さす。見れば不機嫌そうに顔を歪めた刀路が、ちょうどこちらに近寄ってくるところで、俺はただ肩を竦めるしかなかった。
「あの男は、俺を呪ってたんですか」
「さあ?死体はあのままだし、彼が何者なのか―そもそも本当にそこに死体はあったのかな?なーちゃん」
綺麗にゆがんだ笑顔に、何も答えることが出来なかった。
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「そろそろ、思い出した方が良いよ、君もさ」
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俺は何もわすれちゃいない。
作者中崎べろる
先輩は何者なのか、木藤くんはわからない。