最近変な夢を見る。
私は自分のベットの下に潜っていて、何故か左手にはナイフが握られている。ベットの下からは私の部屋を見ることができる。やがて女が一人入ってくる。足首から下しか見えないが、到底男の足には見えない。
私は更に息を潜める。
この女に見つかってはいけない気がするのだ。心臓の音が外に漏れているのではないだろうかという不安に襲われる程緊張している。
下半身が熱くなって、一刻も早くこのベットから出たい衝動に駆られる。だけど、出ては駄目だ。きっとベットの上に居る女に殺されてしまう。
この夢のおかしなところは状況だけではない。
私はベットの向きに対して垂直に交わるようにベットの下に潜っているのだ。つまり、ベットを縦とするなら、私の身体は横方向を向いてベットの下に潜っていることになる。だが、ベットの幅は精々九十センチ程度ぐらいだろう。私が横方向を向いて、ベットの中にすっぽりと納まることなど有り得ないのだ。それに、ベットの下の隙間は僅か六センチ程――私だけでなく、人間は入ることができないだろう。
だが、まあ、所詮夢なのだから、そんな理屈を捏ねても仕方がない。
なんだか釈然としないまま今日が終わってしまった。
きっと今夜も夢を見るだろう。
厭だ。
あの夢は言葉にできないねっとりとした気持ち悪さがある。悪しき感情がいや、感情の形状をしていない途轍もない何かがあの夢の中に蠢いている。だけども、夢はどすることもできない。明日の仕事のこともあるし、寝ないわけにはいかない。
私は夢が着々と近づいてくる恐怖に襲われたまま眠りの中に入った。
まただ。
夢の中だというのに、意識がはっきりとある。顎にフローリングの無機質な冷たさがひしひしと伝わってきた。左手に持つ包丁を確りと握りしめた。変な汗が滲みだす。
暑苦しい。だけど、こんな小さな空間で自由に身動きは取れない。夢が覚めるまで、この暑苦しさに耐えなければいけない。
頭がずきりと傷んだ。
扉がギィィと開いて足が入ってきた。白くふっくらとした女の足。女は真っ先にベットに向かってきた。足が私の目の前にある。
心臓の音がどんどん早くなっていく。
瞬きすることさえ忘れてしまう。
気づくな、気づくな、気づくな――私は心の中で何度もそう願った。
女の足が消えて、ベットの軋む音がした。どうやら切り抜けたようである。
それから数分間、息を潜めた。
気味の悪い夢であることに間違いはないが、こうやってじっとしていれば時間が解決してくれる。
そろそろ終わりかなと、安堵したその時だった。
顔が現れた。逆さまになった顔がベットの下に居る私を覗き込んでいる。
「キャアアアアアアア」
私は驚きのあまり、その顔をナイフで突いた。
殺さなければ、私が殺されてしまうと思った。
女の顔にナイフが刺さり、赤い血がどっと流れ出た。女は言葉にならない悲鳴を上げ、ベットから転げ落ちた。
そこで目の前が暗くなった。
目を覚ますと、物凄い量の汗が顔中に貼りついていた。息が荒く、先程の光景が頭から離れなかった。
女の顔は見えなかった。咄嗟にナイフを刺してしまったので、顔を見ることはできなかった。
時間はまだ夜中の二時である。
私は自分を落ち着かせるために水を飲もうと思った。
そこで頬のあたりに冷たい気配を感じた。その気配はベットの下に続ている。
心臓が大きく脈打った。好奇心に揺すぶられて、恐る恐るベットの下を覗いた。
そこには私を睨む二つの目があった。真っ暗なベットの中に浮かぶその黒目は私を認めると、手に持ったナイフを私の顔目掛けて突いてきた。
私は間一髪、顔を上げ、ナイフを避けた。ベットの下から飛び出した手がずるずると中に戻っていく。
足が竦んでその場から動けなかった。
刹那ドンと大きくベットが揺れて、
「居るからな」
と低い声が聞こえた。とても女の声に聞こえなかった。いや、この世の人間ではない気がした。
私はその日寝ることなく、翌日は友達の家に泊めて貰った。友達の家では夢を見ることはなかった。
だけど、ずっとこうしているわけにもいかない。
きっとあの家のベットの下には今も――。
作者なりそこない