僕らは電車を待ってた。
駅のホームで、スマホを弄りながら。
会話のネタが尽きると、大概そうなるのが、現代人らしい。
僕は動画を観てたんだけど、友達が肩を小突いてくる。
ニヤニヤしてて腹立つな。
僕「何だよ?」
友「イヤホン外せよ」
僕「なんで?」
友「良いからさ」
動画を止めて、イヤホンを外す。
僕「……」
僕「なんもねぇじゃん」
友「いやいや、少し待ってくれよ」
なんなんだこいつ。
すると、放送が流れた。
『迷子のご案内です。A君(知らない名前だ)がお待ちです。田中太郎(仮)さん、田中(仮)さん、お近くの駅員か、駅員室までお越しください。』
友「お前じゃね?」
僕「俺じゃねぇよ」
くっだらない。まぁ電車が出るまでの時間暇だったから、こいつも気づいたのだと思う。
呼び出された人は、僕と同姓同名だった。
さして珍しくもない名前だ。
また放送。
さっきと大して変わらない内容だ。
友「A君が待ってるぞ!行ってやれよ」
ニヤニヤしながら実に鬱陶しい。
そもそもA君と苗字が違う訳だけど、A君と謎の同姓同名さんの関係はなんだろう?
複雑な関係なのかもしれない。
僕らは会話のネタを見つけ、実に身勝手な話をしていた。
異母兄弟、連れ子、年の差カップル(!)
勝手な話をし続けて、電車を待っていた。
また放送が入った。前とは違った内容だ。
『迷子のご案内です。A君がお待ちです。B大学、二回生、田中太郎さん、駅員室か、お近くの駅員までお越しください。』
僕らの会話はピタリと止んだ。
友「…なぁ」
僕「いやいや、なくね?な?」
友「この駅にはいねぇだろ」
僕「そうかもだけどないっしょ」
大学、学年、共に僕と同じだった。
この駅には、僕しかいない筈だ。
なんで呼ばれてんだ?よくわからない。
友「確認したら良いだろ?」
ニヤニヤと腹立つ。他人事だから当然か。
友「あ、もしかして複雑なご関係で?」
ニヤニヤが大きくなり、カチンと来た。
僕「違ぇよ、行きゃわかるさ」
友「おうおう、いったれいったれ!」
本当に腹立って来た。
nextpage
駅員室なんてよくわからない。
近くの駅員に話すと、アッサリ連れて行ってくれた。
なんて言ったら良いのか。
とりあえず、「あのー呼ばれた田中太郎なんですが、えーと」
ホント、なんて言ったら良いのか。
友達はニヤニヤしながら後ろについてくる。
駅員さんは心得顔で通してくれた。
違うと訂正するタイミングもなく、子供の前へ。
まぁなんで田中太郎を呼んだか、聞いても良い。力になれるかもしれない、そう思ってた。
何か口を開く間も無く、子供が抱きついて来た。
友達と顔を見合わせる。
(やはり複雑なご関係で?)そう言いたげな表情と、口パクをしてきた。
恐らく、この子を案内してきたっぽい女性は、貼り付けたような笑みで此方を見てる。
nextpage
女性の不自然さもあるけど、子供が明らかにおかしい。
凄まじい力で脚にしがみついてる。
必死なのか、なんでかわからない。
よく見ると少し痩せてる。
子供「お兄さん!帰ろ!」
僕らはまた顔を見合わせた。
もう友達の笑みはなくなっていた。
駅員さんは一つ面倒が片付いた、そんな晴れやかな表情で、此方を見ていた。
いやいや。
僕「うーん、どういう意味かな?」
顔をわかるように真っ直ぐ見る。
子供は、どこか怯えたような目をしていた。
子供「お兄さん!帰ろうよ!」
ますますわからない。そもそも家知らないし。間違いではないらしい。
友「送れってことじゃない?」
僕「うーん、そうなの?」
子供「違うよ!早く帰ろ!」
興味を無くした駅員さん、行儀よく待ってる女性、混乱してる僕ら。
まぁ送るしかないよね。
僕「住所言えるかな?」
子供「わかんない」
僕「お名前は?」
子供「Aです!」
名前だけじゃなぁ。
駅員さん「あれ?保護者ではない?」
僕らが答える前に、沈黙を守っていた女性が口を挟んだ。
女「いえいえ、わたくしたちはこれで出ますんで、お手数おかけしました。」
ますます混乱した僕らは、ただ連れられるまま、駅員室の前に出た。
とは言え、子供をほっぽり出して行くわけにもいかない。
僕「お家の電話番号わかるかな?」
子「ううん」
僕「思いつく地名とか学校は?」
子「あ、かけるよ!スマホ貸して!」
友達は呑気に女性と談笑してる。美人を見るとこれだ。
何にせよ、書けるのはありがたい。ひらがなだったら意味ないけど。
でも、そこに書かれたのは地名じゃなかった。
nextpage
『すぐ逃げて』
nextpage
僕「これは…どういうこと?」極力小さい声で尋ねた。
子「んとね、僕がね、公園で困ってたとこをお姉さんが連れてきてくれたの。それで、お兄さんの名前を聞いたの」
声は無邪気なままだった。でも目は白いとこがうっすら見えるくらい見開いてた。
僕「これは…今なの?」
子「うん」
ますますわからない。子供を案内した、親切な女性じゃないか、美人だし。
僕の気持ちを知ったか、子供は腕をまくった。
子「転んじゃったんだ」
腕は真新しいアザでいっぱいだった。
僕「…お兄さん達がいなくなったら、お家帰れるね?」更に小さい声で尋ねた。
子「お母さんが待ってるから」
少し声を張って伝えた。
僕「そっかーお姉さんのおかげなんだねぇ」
子「うん!」
そして、二人に声をかけた。
僕「お二人さーん帰りましょ」
友「おう!帰ろうぜ!」
友達がそう言い、スマホをいじり始めた。
すぐに僕のスマホが鳴った。ラインが来たらしい。
『この女やべぇぞ』
友達からだった。子供はその隙に、足早に帰った、というよりも逃げていた。
女「誰からだったんですか?」
ニコニコと話しかけて来た。
僕「いやぁ彼女からです。今日家に来て欲しいって」
女性はみるみる顔の色を喪い、こちらをジトリと睨みながら言った。
「なんで嘘つくの?」
言い繕うつもりが、眼差しに圧されて二の句がでなかった。
nextpage
「知ってるよ、知ってるの。君のこと全部知ってる。二ヶ月前に別れたでしょ?なんで嘘つくの?先月は女の子のお店行ったでしょ?あたしがどう思うとか考えないの?悲しむとか思わない?だいたいなんでさっきもあたしに最初に声かけないの?おかしいよね?君知らないの?毎日毎日会ってたでしょ?授業中にもずっと見てるのに、なんで話しかけてくれないの?おかしいよね?男から話しかけるもんでしょ?今だってあたしからじゃん?なんで?あのガキとしか話さないなんてどうかしてるんじゃない?ねぇ?ずっと知らないフリしてヒドイと思わない?ねぇ?こたえてよ。ねぇ?」
nextpage
この女ヤバい。
友達も硬直してる。
僕も何も言えない。
彼女はひたすらまくし立ててる。
わけのわからない話をずっと。
nextpage
綺麗な顔が、怒りに歪んでる。
ツバを飛ばしながら、たまに怒鳴りながら、訴えてる。
通行人がみんなしてこちらを見てても気にならないみたい。
「でもね」
急に穏やかな表情になった。
顔がぐっと近くにある。
「今日はちゃんと来てくれたから、これだけで許してあげるね」
鼻息がかかるような距離、彼女はまとわりつくように、僕の肩に手を回した。
そんな時でも近くで見ても綺麗、そう思った。通った鼻筋、クリクリとした目、整った眉、透き通るような肌、何よりも甘い香り。
心地良く痺れるような声で、耳元に彼女はそっと囁いた。
「鏡で見るたびに思い出さないとダメだよ?」
僕の耳をそっと口に含んだ。
nextpage
耳が焼け付くような熱を持った。
僕はのたうち回る。耳を触る。ない。何もない。
ただ、手が濡れていくだけだった。
彼女の口には僕の耳と血があった。
彼女は僕の耳をしゃぶるようにしながら、耳についた血を舐めとっていた。
顔や服についた血は気にもせず、僕の耳の血をひたすら舐めていた。
手でかざし、愛おしげに眺め、またしゃぶる。
幾度か繰り返していた。
nextpage
友達は我にかえり、彼女を殴り倒した。
そして通行人に叫んだ。
友「何みてんだよ!警察呼べ!早く!」
バタバタともがく彼女を組み伏せながら、僕らは警察を待った。
女「返せぇ!返せよ!!」
友達が僕の耳を取り返してくれた。
ついた血は既になく、彼女の涎でテカテカと光っていた。
nextpage
separator
美容整形はすごい。
耳は元に戻った。
費用は彼女の両親が出した。そこそこ名家らしい。
大ごとにしないならと、結構な金額を渡された。
転学と引越し、残りの授業料含めてもお釣りがでる額だ。
友達とは疎遠になった。
人づてに聞いたけど、ふざけて駅員さんに話しかけさせたのを悔やんでるらしい。
まだ夢に出る。
穏やかな表情、香り。
思い起こすと胸が甘く痺れる。
この痺れがどんな感情なのか、もう良くわからない。
作者ぱやりすと
個人情報は大切にね。