大学2年の冬の話だ。
その年の夏、俺は幽霊が見えるようになった。
『ハタチ越えるまで見えなければもう見えない』と聞いたことがあったが全くそんな事は無かったので、ハタチ越えてるからもう見えないと安心している人は用心した方がいい。
まあ余計なことさえしなければ、そうそう関わることも無いんだと思う。
俺がやった余計なこととは、夏休みにやった肝試しだ。
本当にこれが原因かはわからないが、この日からいろいろ体験するようになったので、何かしらのきっかけにはなっているはずだ。
そして、この日に一緒に肝試しに行った女性。
俺はワカさんと呼んでいるサークルの先輩だが、この人はだいぶ昔から幽霊が見える人だったらしい。
ワカさんは持論でしか無い、とはいうが、いろいろ俺に教えてくれた。
霊感がある、霊が見える、色々な表現があるが、ワカさんに言わせれば『幽霊の見え方を知った』と言う感覚が一番しっくり来るらしい。
先ほど俺は『ハタチ越えるまで見えなければ』と言ったが、それはワカさんに言わせれば『子供は物覚えが早く、大人より見え方を知りやすい』のだと言う。
無意識に幽霊の見方を調整する。波長を合わせるような感じだろうか。
大人で見えるようになるのは、もともと見方を覚えやすい祖質のあった人が、運良くここまで関わる事なく生きてきたか
あるいはスパルタ練習のように、自ら危ない場所に行き続けるうち、無理矢理体に感覚を覚えこませるか
そんな感じだと言う。
俺は前者と後者の間くらいじゃないだろうか。そこそこ見方を覚えやすい体質で、ぼちぼち心霊スポットとかに行くうちに『見えるようになった』んだと思う。
でも、見えるようになったからと言って、俺も毎日幽霊を見ているわけじゃない。
ラジオのチャンネルを合わせるみたいに、それぞれの幽霊が見える波長みたいなのが違うせいだろう。
俺は大抵、『あ、今なんかいたな』と一瞬だけ見えることが多かった。
時にバイト先の暇な店内。欠伸しながら通り過ぎた暗がりに。
時にゴミ捨て場に行く途中、近くにあったガラス扉に反射した自分の後ろに。
時に友人の家に泊まり行き、夜中トイレに起きた廊下で。
ここに書くには少しパンチの足りないような細やかな話が多い。『見え始め』だからだとしたら、見え方が強くなったらどうなってしまうだろうか。
そして今も
「(っ…おっと。)」
バイト先の休憩室で、開けっ放しにしていた扉の外を、真っ白な体が通りすぎて行った。
体、と表現したのは、頭が無かったからだ。
「(…すんません。俺は関わりません。よそに行ってください。)」
頭で念じながら俺は扉を閉め、休憩室にある小さなテレビをつけた。
『拒絶しなさい』
ワカさんは言った。
俺たちは役立たずだから。
受け入れることは出来ない。
話を聞くことも出来ない。
成仏させるなんてもってのほか。
こちらから干渉する事なんて、出来ない。
*****
「オレさー幽霊って気合い次第でぶん殴れると思うんだよな!」
「…はあ?」
別の日のバイトの休憩中だった。
昨晩あった世にも奇妙なテレビ番組の話の流れから幽霊の話へ。
そしてバイト同期の新田がそんな素っ頓狂な事を言い出したのだ。
「いやいやお前。無理だろ。」
「なんでだよ!向こうはこっちに何かしらの干渉すんじゃん?海で足引っ張るとか、のし掛かってきて金縛りとか!」
「あー…そうだな。」
「だからこう…気合い込めてさ!絶対殴るぞ!って気持ちでいったらいけるだろ!」
新田は趣味が筋トレの筋肉バカだ。多分脳ミソも筋肉だからバカだ。
別に気性が荒い喧嘩っ早い奴というわけではない。たまにお前も鍛えろ!と煩いだけの面白くていい奴。
「だからってどれでも戦えるってこたねぇだろ。」
「いーやいけるね!オレならいける!」
「いや!わかんないな!どうすんだよ相手が巨大な芋虫とかゴ◯ブリの霊だったら!」
「え!?それそもそも幽霊になんの!?」
「わかんないだろ!人間に強い恨みもった念の集合体みたいなのが巨大化するかもしれないだろ!?」
「う…な、なんか殴ったら変な汁とかでそう…」
「なんなら触れた時点で体液的なのあるかもな…」
「武器を!武器を用いればなんとか!」
「さっき拳がどうとか言ってたろ!」
「濡れてる系は!濡れてる系は勘弁して!触りたくない!」
「じゃあ倒せないな!」
「う…くっそー。」
「はっはっは!お前の思いはその程度か!」
「な、なにー!?オレはいつだって本気だぜ!」
いつものしょうもないやりとり。どうでもいい話に二人してゲラゲラ笑った。
ひとしきり笑って、でもさーっと新田は再び口を開く。
「実際マジでイケると思うんだよね!」
「まだ言うか。」
「言うしやれるね!つーわけだから、証明しに行ってくるわ!」
「はあ?」
「今度○○病院行ってくるんだー!」
まるでテーマパークに行くようなテンションで新田は言った。
○○病院…聞いた事ある。
紛れもなく、心霊スポットだ。
でも確か…
「なあそれ…県外だよな?」
「そ!ダチと車交代で運転しつつ行ってきます!」
「馬鹿じゃねえの!?」
○○病院。
知ってる人は知ってる。でもこの辺りの人はあまり知らない心霊スポットの廃病院だ。
なぜ知られていないか…県外にあるからである。
片道何時間掛けて行く気だ。
間違いない。新田はやっぱり馬鹿だった。
でも話を更に聞くと、友人数人でそこに住む別の友人宅に遊びに行くついでらしい。
ついでにしても、もっと有意義な場所があるだろうに。
「…。」
出来れば…行くのを止めておきたい。
俺は躾されたての子供のように、ワカさんの言葉を気にしていた。
関わってはいけない…でも言ったところで、自ら心霊スポットに赴く様な人間が、ハイハイと言う事を聞く訳もない。
やんわり止めようと説得した所、新田は変に勘違いしたようだ。
「よし!じゃあ向こうついたら実況してやるよ!」
うん。俺羨ましい訳じゃないんだ。
「別にいらねえよ。」
「遠慮すんなって!」
楽しみにしててなー!っと新田は自分の方が楽しそうに言った。
実況て…どうするつもりかは知らないが、多分当日は忘れてるだろう。
説得は諦め、とりあえず危ない事は避けるよう俺は釘を刺しておいた。
*****
数日後の夜中。
休みに加え、明日のバイトが午後からだった為夜ふかしを決め込んでいた。
ゲームの対戦をしていると、LINEの届いた音。
とりあえずここの戦いまで無視を決め込む。終わってから携帯を取った。
画面には5分前と言う通知時間。差出人の新田と言う名前。そして
『やばい』
と言う本文。
新田の名前とこの文面で、俺は先日の事を一気に思い出した。
慌ててLINEを開く。
立て続けに、気の抜ける通知音を立ててLINEが届く。
『めっちゃいるこわい』
その文面に、背筋が震える。
新田は…廃病院にいるのか?
何かと…会ったのか?
俺は慌てて文章を書き始める。
返事を書いている途中、再び通知音と、画面に出る写真。
暗くて画質も悪い…よく把握出来ない。
更に続けざまに通知音。
『野犬めっちゃいる。超こわい。』
…は?
野犬?
改めて落ち着いて送られてきた写真をみた。
暗い森の中の様な背景に…よくよく見ると獣らしきものがいる。
え?何?
犬?
幽霊的なのじゃなくて?
混乱していると、今度は電話が鳴った。
普通の電話じゃなくて、お互いの顔が見える方…もちろん新田から。
電話を取ると、新田が超いい笑顔で映った。なんか腹立つ。
『やっほー古賀ぁ!ビビった?マジで犬ヤバいんだって!』
「…倒置法やめろボケ。廃病院じゃなかったのか?」
『それがさー病院入れねーの!入り口鎖ジャラジャラだし、板とかめっちゃあって剥がれないし!だから周りの映像をお楽しみくださーい!』
そう言って新田が携帯のカメラを周囲に向ける。
古ぼけた病院。新田の言う通り窓に板が貼り付けられているのが確認できる。
ちらほら映る野犬。警戒しているのだろうか、こちらに来る様子はない。てゆうか噛まれないのか。大丈夫か。
たまに新田の仲間達らしき人の姿。ゲラゲラ笑ってふざけながら懐中電灯の光をあちこちに向けている。
どの映像も心許ないライトの明かりに照らされて、光があるのに返って不気味だ。
『こんな感じでーす!』
カメラが再び新田に向く。
新田の後ろに立っていた人影と目が合い思わずビクリとしてしまった…仲間か。
新田が電話をしている間、みんな思い思いに動き回っているようだ。
「そうかそうか。堪能したわ。つうかそろそろ帰れよ。野犬噛まれたらシャレにならねえぞ。狂犬病もってるかもだし。」
『え!?狂犬病って実在すんの!?』
「…そうか、お前馬鹿なのか。実在するよ。だから早く帰れよ。」
理由は何でもいいが、色々心配なので早くこの場から離れさせたい。
…つうか、俺も気まずい。
さっきから新田の後ろにいる奴がガン見して来るのだ。
『わかった!!じゃあまたバイトでなー!』
「おう。」
新田との電話が切れる。
とりあえず何事も無かったなら良かった。
ふう、と一息ついて、ゲームのコントローラーを握った時だった。
「…ん?」
再び着信音。
画面に出たのは…新田の名前。
なんだ、まだなんかあるのか?と通話ボタンを押した。
また起動した、顔をみて話せるタイプの電話。
さっきと違うのは…映った人物。
新田じゃない。
でも見覚えがある。
多分…さっき新田の後ろにいた奴?
アップで見ると、思ったよりおっさんだ。
暗いせいか土色の肌。
ぎょろりとした瞳。
一文字に結ばれた口。
「な…なんスか?」
多分新田のイタズラだろう。
なんとか俺をビビらせたかったのかもしれない。
そのうち新田の笑い声でも聞こえるかと思ったが…静かだ。
静かに、画面の男と向き合う奇妙な時間。
しばらく相手を見ていると、その男が突然笑った。
ニヤぁっと、まるで人が笑う瞬間を早送りした様だった。
『…み、えたー?みえたーー?』
男が口を開いた。
ノイズが入ったような、音割れした様なガサガサした不快な声。
「は…?」
訳が分からず俺が顔を歪めた瞬間。
男がゲラゲラと笑いだした。
『みえてる!!みえてる!!みえてる!!あははははは!!』
「!?」
突然の事に驚き、思わず携帯を落とした。
画面が下になったが、男の声が止まない。
『みえてるみえてるみえてる!!やったやったやった!!みえてる!あいたいなああいたいなあ!あいたいなあ!うれしいなあ!!みえてる!!』
気味が悪い。気持ち悪い。
しばらくその声を聞いて放心する。
男は、似たような事をしばらく繰り返して言ったのち、パタリと黙りこんだ。
恐る恐る携帯の画面を確認する…画面に顔はなく、いつもの俺の携帯のホーム画面だ。
ほっとしたのと同時に、心臓がうるさくなっている事に気がついた。
…そんなに主張しなくても分かっている。
多分あれは…新田の友人などではない。
ましてや、人間でもなかった。
*****
「そんなの、気がついてくれる人がいて嬉しかったに決まってるでしょう。」
休み明けの大学。食堂で見つけたワカさんを捕まえてこの間の話をしてみた。
ワカさんはエビピラフを食べながら、めんどくさそうに言う。
「嬉しいってなんスか?」
「…あんた少しは自分で考えてみたらどうなの。」
ワカさんは呆れた様に言うが、生憎俺はゆとり世代。気になったら自分で調べるより人に聞いてしまうのだ。
俺が首を傾げていると、ワカさんは結局教えてくれる。
「…誰彼自分を認識できるわけじゃない。ああいう類のものは大体、自分に気がついてくれる事を願ってるんだよ。…だから、」
“気がついた事に気がつかれたら”、しつこいなんてもんじゃない。
ワカさんの言葉に、ぞっと鳥肌が立った。
あれは何度も言っていた。
『あいたい。あいたい。』と。
…俺に会いたがっている。
見えている俺に。
気がついた俺に。
ひょっとして、もう…
「心配しなくていい。」
エビピラフをもぐもぐしながら、ワカさんが言う。
俺の不安が顔に出ていたのかも知れない。
「少なくとも、あんたがその場に出向きでもしなければ影響ないよ。」
「でも…ほら、新田に付いて来てたりとか。」
「その新田って人、見えてないんでしょ?」
「多分そうですけど。新田の電話でかかって来たし。」
「見えてないなら、新田には興味ないはずだよ。電話が新田のだったのは、あんたにコンタクトする方法がそれしかなかったから。多分ね。」
「多分て。」
「どっちにしても、影響はないと思った方がいい。怖いとか、心配とか、新田の言ってた『殴ってやる』とか。どんな感情であれ“そいつら”に向けた感情なら、“認めた”事になっちゃうよ。」
「認めた?」
「“それ”がいるって認めたって事。認めたからどうこうしようって思う。認めたから怖くなるんだよ。だから変に心配したらいけない。ビビリも治しなさい。」
「う…ウィッス…」
女性にビビリを指摘されるといいようのない恥ずかしさがある…治そう。頑張って。
後日、新田にそれとなく聞いてみたが、あの日肝試しに行ったメンバーは全員タメでおっさんなどおらず、俺との電話を切ったあと掛け直してはいないそうだ。
今のところ、俺に電話をしてきた“それ”は、俺の元へは来ていない。
だとしたら今も…
俺に会いたいと願い、あの場で待っているのだろうか。
作者みっきー-3
お久しぶりです十一度目まして、みっきーです。
初めましての方は初めまして。他の投稿を読んでくださっている方はありがとうございます。
あけましておめでとうございます(遅
今年も遅いながらぼちぼちと投稿しますのでよろしくお願い致します。
曰く、どちらかと言うと拒絶や否定は見えている事を悟られた時の方がいいのだとか。
あと文中の話で…自分はスマホを携帯と呼ぶのですが、わかりにくいでしょうか…みなさんスマホって呼びます?
わかりづらいようでしたら、今後はスマホ呼びにします(割とどうでもいい