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中編4
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悪魔の肖像画

ユリは貧しい美大生だ。

美術の道で一花咲かせてみせると意気込んで、田舎から都会に出て来たはいいが、高額な学費が常に彼女を悩ませていた。

バイトをいくつも掛け持ちし、学費を稼ぐしかなかった。

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そんな彼女のバイトの中で特異なものが一つあった。

路上で肖像画を描くことである。

上野公園などでよく見かけるアレだ。

どう考えても費用対効果は高いとはいえないが、好きなことでお金を稼げると、彼女は満足していた。

うらぶれたおっさんの絵描きたちに混ざって、若く美しい彼女が肖像画を描くことは密かに話題になり、次第に客も増え始めた。

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そんなある日。

「今日は全然お客さん来ないなあ…」

暇そうに携帯をいじっていると…

「すみません。」

「はい?」

「肖像画を描いて欲しいのですが。」

「わかり…ました。」

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今日待望のお客様。

しかしゆりは彼の姿を見て背筋が凍った。

真夏なのに、全身黒ずくめのコートに黒い帽子。

浅黒く褐色の肌。

とても普通の人間とは思えない。

しかし、せっかくのお客様。

断るわけにも行かず、ゆっくりと描き始めた。

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しかし、彼の不気味な風体に動揺が隠せず、筆が思うように進まない。

いつもなら2時間もあれば描けるのだだが、今日は2時間あっても輪郭ぐらいしか描けなかった。

「もう少しかかりますか?」

「はい。申し訳ありません…」

「では、用事があるのでまた来ます」

男はそう言うと、値段よりも遥かに高い金をユリに手渡した。

「え、こんなに…それに、まだ描けてませんよ」

そう言った時には、もう男の姿はなかった。

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家に帰ってシェアハウスしているルームメイトに話したが、至って呑気だ。

「気前のいいお客さんじゃん、気にしない方がいいよ」

「でも…到底人間だと思えなくて。」

「ユリ、アニメの見過ぎだよ」

「そんな…」

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結局流されて、数日後。

再び絵を描いていると、また彼は現れた。

「この前のお金ですけど、お返しします」

「いいんですよ。私からの気持ちです」

返金は拒否された。

しぶしぶまた、描き始めた。

輪郭が出来上がり、徐々に身体の造形を描いていったが、ユリは絵が完成すれば完成するほど、恐ろしくて仕方なかった。

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あまりにもその男の姿は恐ろしかった。

絵が完成したら、中から飛びかかってくるのではないかと思うほど、絵ですら恐ろしかった。

「貴方は美しい」

男から不意に、ユリは声をかけられた。

「そんな…やめてくださいよ」

普通なら喜ぶ言葉も、彼の恐ろしさに喜ぶことができなかった。

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「貴方には才能がある」

「いいえ、全然ですよ」

「謙遜することはない。貴方のその才能がある手が羨ましい」

そして彼はこう言った。

「貴方の手が欲しい」

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どんな褒め言葉だよ、と彼女は苦笑した。

絵は徐々に完成に近付いていた。

あとは眼を書き加えれば完成だ。

だが、描くことができない。

手が震えてしまう。

彼の異様な風体の中で、鋭く光る獣のような眼はもっとも恐ろしく、書き加えるのが恐ろしかった。

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「まだかかりますか?」

「あ、はい…ごめんなさい」

「では、また来ます」

彼はさらに大金を渡して立ち去った。

「もう…困るよ」

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彼女に転機が訪れた。

学内のコンクールで入賞し、特別奨学生に選ばれることになったのだ。

学費の大半が免除され、もはやバイトを掛け持ちする必要はなくなった。

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あれだけ好きだった肖像画を描くこともあの恐ろしい体験のせいで嫌になっていたユリは、肖像画を描くことをやめることにした。

次で最後にしよう。そう決めた。

そしてその日の夜。

ユリの目に眼だけがないあの肖像画が眼に入った。

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「次で最後にだし、せっかくだから、あの人が来たら、完成したものを渡してあげよう」

ユリは家でその絵を完成させることにした。

不思議なことに、今度はサクサク筆が進み、眼を書き加えることが出来た。

「何を怖がってたんだろう…私。」

絵はあっさり完成し、後は渡すだけになった。

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翌朝。

学校に行く時間なのにユリは部屋から出てこない。

ルームメイトが部屋をノックしたが、反応はない。

「ユリ、何してるの…入るよ!えっ…?きゃああああああ!!!救急車〜!!!」

ユリはなんと、部屋の中で血まみれで気を失っていた。

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その日の夜。

ユリのアパートの前でベテラン刑事と若い刑事が会話している。

「彼女は?無事か?」

「ええ、発見が早かったらしく一命はとりとめたようです。ただ、傷が深いので当分は学校は休学ですね。治っても、また以前のように絵が描けるかどうかわからないとか…」

「そうか…助かってよかったが、気の毒にな…」

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「そちらはどうでしたか?」

「事件性はあると踏んでるんだが、証拠が無くてな…凶器も進入した形跡もないしな…待て、そういえば一つ妙なことがあったな」

「何ですか?」

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「彼女の部屋にあった肖像画を見たか?見るのも恐ろしい悪魔の顔だったんだよ。若くて美しい彼女があんなものを描くなんて、精神でも病んでいたのかな。そして、押収したところ、その悪魔の顔の口のところに生々しい血痕が付いていたんだよ」

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「それって…」

「調べたところ、彼女の血液と一致したそうだ」

「まさか…」

「まさか、な…。」

ベテラン刑事はタバコの煙を吐き出した。

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