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薄暗い部屋。
広い、長いテーブル。
その両側にはそれぞれ十名前後の男が座っている。
皆、上等なスーツに身を包んだ、貫禄のある者ばかりだ。
だが、彼らの顔は一様に曇っている。
彼らの視線は、部屋の片面に設置された、大型のテレビモニターに注がれている。
モニターの中では、緊迫した面持ちのアナウンサーが、とある町で現在進行形の、悪夢のような事態を告げていた。
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モニターから最も遠い、テーブルの誕生日席に座っていた人物は、組んだ指の上に額を置きながら石像のように動かなかったが、やがて顔を上げ、こう言葉を発した。
「――これで、満足か?」
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その言葉の向けられた先は、モニターの真正面、もう片方の誕生日席に位置する人物。
その人物は回転椅子をモニターの方に向けて、他の面々には背を向けていたが、おもむろに振り返ると場違いに明るい声で応えた。
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shake
「いやー満足満足、大満足ですよ総理。
皆さんも、なーに暗い顔しちゃってるんですかー?
こうなることは先般から嫌って言うほど、口が酸っぱくなるほど、繰り返しご説明申し上げていたじゃないですか?
〈鬼〉ウィルスの蔓延、それに伴うエリアを限定した未曾有のバイオハザード、政府による迅速な対応、そしてこれら一連の実験による、結果データの速やかな回収、と」
酒に酔ったように陽気な、甲高い声が響く。
いまだ幼さを残した、女の声。
その口調は、どこか人を小馬鹿にしたような響きを持つ。
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「第一、お忘れじゃないでしょうね?
最初に『困っているから力を貸してくれ』ってお願いをされてきたのは総理、貴方の方じゃありませんか。私はそれに応えただけ。
そりゃ発案した以上、責任もってプランニングまではしましたがね。最終的なGOサインを出したのは総理ご自身です。
少子高齢化問題、年金問題、労働力問題、格差問題。
それらをいっぺんに解決できる秘策、だなんて――」
虫の良いったらない。女、いや少女はケラケラとくすぐったそうな声で嗤う。
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「だから、考えましたでしょう?
ちょうど時期が時期、節分でしたもので。
人間から理性を奪い去り、冷酷な殺戮者へと変貌させる〈鬼〉ウィルス。
解決策としては〈歳の数だけ豆を食べること〉。
5歳だ、10歳だ、まあ20歳だーってんなら、市販の〈豆〉でも対処できましょうよ。
でも、高齢者って言われる方々の年齢分だけって言ったら相当量ですよ?
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これにより、少子高齢化問題の種である、ご高齢の方々には穏便に〈ご退場〉いただける。
〈豆〉を買い占めるだけの財力がある方々は自然生き残りますが、買えないような方々も〈ご退場〉。
あとは〈鬼〉から逃げ回るだけの体力、知力がある方々だけが生き残って、あとはハイ、さようならー。
みーんな〈鬼〉が悪いんです、と」
ケラケラケラ。
少女が嗤う。
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「だからと言って――私が心を痛めていないとでも思っているのかね?」
総理と呼ばれた人物は、沈痛な面持ちでそれに応える。
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「あれあれあれ?これだけの人間を間引いておいて、鬼の眼にも涙ってやつですか?
shake
ひーどーいー。自分だけ良い子ぶっちゃって。
私だって、心を鬼にして考えたんですよ?
夜も寝ないで昼寝して、日中5分で考えたんですから」
ケラケラケラケラ。
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「まあまあ、今宵の舞台はまだ始まったばかり。
皆どんな風に踊ってくれるのか、括目して観劇いたしましょう――」
テーブルに着く男たちは、一様に深いため息をつく。
その沈んだ空気の中、少女の嗤い声だけが響いていた。
作者綿貫一
こんな噺を。
「SOY CLYSIS 1」
http://kowabana.jp/stories/28038