僕には好きな女の子がいる。
同じクラスの、カスミちゃんだ。長い黒髪を二つ結びにしていて、明るい笑顔がすごく可愛い。
内気であまり目立たない僕にも樹君って鈴みたいな声で話しかけてくれる。そんな素敵な女の子だ。
もっと話したいな。仲良くなりたいな。
僕はそう思って、勇気を出してカスミちゃんに声をかけた。
「あのね、カスミちゃん」
「なあに?」
「今日の放課後、二人で遊ばない?」
みんなに聞かれると冷やかされるからカスミちゃんにしかわからないようにそっと小さな声で。
「いいよ。みんなには内緒だよ」
カスミちゃんも真似をして、僕の耳元で囁いた。その後でいたずらっぽく笑ったカスミちゃんは、僕の顔が真っ赤になってしまいそうなほど可愛かった。
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放課後。
カスミちゃんは新しい遊び場を見つけたんだといって、僕を古い倉庫みたいなところに案内してくれた。
もう使われていなくて、中にはボロボロの車が1台あるだけだった。鬼ごっこやかけっこも十分できる広さだ。窓や入り口が開けっ放しだったから、光も入ってきて怖くはなかった。
「すごいね、カスミちゃん」
僕はわくわくしてカスミちゃんに言った。
「そうでしょ!いっぱい遊ぼう、樹くん」
僕らは鬼ごっこやなわとびをしたり、グリコをしたりした。カスミちゃんは色白な容姿とは反対に運動も得意で、僕と変わらない位足も速かった。追いかけたり、追いかけられたり。思い切り遊んで、夕方になったころには僕はくたくたになっていた。
「あー、楽しかった。もう走れないや」
倉庫の床に僕はへたりこんだ。
「樹君疲れすぎー」
カスミちゃんはおかしそうに笑った。
「カスミちゃん足早いんだもん。」
「へへ。樹くんにも負けないよ」
カスミちゃんは僕の隣に座った。
「樹くん、飴あげる」
「わあ、美味しそう」
カスミちゃんは棒付の飴をポケットから出して、僕に渡してくれた。赤色だから苺味かな。カスミちゃんも同じ飴をなめていた。僕は包み紙を剥がしながら口を開いた。
「...あのさ、カスミちゃん。今日一緒に遊んでくれてありがとう」
「なんで?」
「僕は川野君みたいに面白くないし、鈴木君みたいに格好よくないから、カスミちゃんが遊んでくれると思ってなくて...」
「そんなことないよ。私ね、ずっと樹くんと遊びたいと思ってたんだ。だってさ、樹くんは絵が上手だし、鬼ごっこをしても優しく捕まえてくれるし、ちゃんと話を聞いてくれるし」
あとね、あとねとカスミちゃんは指を折りながら僕のことをたくさん誉めてくれた。
「ほら、たくさんあるよ。いっしょに遊びたかった理由」
まっすぐにカスミちゃんに見つめられて、僕は真っ赤になってうつむいた。
嬉しかった。カスミちゃんがそんな風に思ってくれていたなんて。
恥ずかしくて僕は、心を落ち着けるために貰った赤い飴を口に含んだ。
でもすぐに僕は、飴を吐き出してしまった。
飴は苺味でも、リンゴ味でもなかった。気持ち悪い、鉄の味。血の味だった。
「うぇ、か、カスミちゃん...。この飴変な味がするよ」
「美味しくなかった?残念だなあ。私は大好きなのに」
隣でカスミちゃんが笑った。いつもと変わらない可愛い笑顔。それを見て、僕は何故か震えが止まらなかった。
「あのね、樹くんと遊びたかった理由、もうひとつあるんだ」
大好きなカスミちゃんが得体の知れないものに思えてしまって、僕は走って逃げようとした。だけれど信じられない力でカスミちゃんは僕の腕を引っ張って転んでしまった。
カスミちゃんは僕を見下ろした。
「とっても、美味しそうだから」
カスミちゃんは小さな口を大きく開いて、僕に覆い被さった。
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息子と同学年の子供達が、小学校を卒業した。小学校のご厚意で、卒業アルバムに息子の写真も入れてもらったため、今日アルバムを貰いに行った。
行方不明になったまま見つかっていない息子の樹は、アルバムの中で優しく笑っていた。
「もう三年になるのね...」
誘拐や、事故など様々な可能性を考えて樹を探したが、手がかりはひとつも出てこなかった。
樹がいなくなった日に、家にはランドセルと、書き置きが残っていた。学校が終わったあと、一度家に帰ってきていたらしい。
書き置きには「カスミちゃんと遊びに行ってきます」と書いてあった。
カスミちゃんは、学校の子だろうかと小学校に問い合わせたがカスミという名前の生徒は同じクラスどころか学校にいなかった。
「...カスミちゃん」
あなたは一体誰で、樹をどこに連れていったの。
樹が生きていることを願いながら、私はアルバムをもう一度見つめた。
作者はーこ
よろしくお願いします。
初めてキャラ名の付いた話になりました。