高校生の頃、私はバンドを組んでいた。
地元ではそこそこ有名で小さなライブハウスなら満員に出来るほどの人気だった。
これはいつも使っていたライブハウスで起きた出来事。
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ライブの前に物販というグッズの販売をしていた。メンバー全員の手売りで、CDとステッカーを売るというものだ。
買ってくれた人は好きなメンバーと雑談したり、両方買うと写メを撮れるなんていう特典もあった。
その時、必ず紙切れに正の字を書いて数を記していた。
何枚売れたか、お釣りを間違えていないか確認するためのものだ。
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ライブが終わって私の家で売り上げや残りのグッズを数えていた。
その時必ず、3枚~5枚、CDの数が正の字と合わない。でも売り上げはピッタリ合っていた。
書き忘れただけとか言ってみても必ず毎回合わないし、そんなにお客さんが来るわけでもない。
だから書き忘れて5枚も合わない、しかも毎回なんて有り得る訳ない。
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これだけじゃあない。
ファンの子の差し入れが1つ多い。
しかも毎回。差し入れをくれるのは必ず手渡しだし、何度も会ってるから顔も名前も差し入れも一致するのに。
端から順に「これは◯◯ちゃん」「これは◯◯ちゃん」って確認してみても、誰のか分からない差し入れがいつの間にかある。
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何となく怖いねってメンバーと頻繁に話すようになった頃、ライブに来てくれた友人が戸惑ったように私に言った。
「あの子なんなん?柵の中に入ってんのに誰も注意せんし」
そんな子私は知らない。
でも友人は黒いゴスパンク系のワンピースに白いタイツ、厚底のブーツを履いた所謂ビジュアル系のファンっていう子が居ると言って譲らない。
それならとメンバーに聞いてみてもそんな子いなかったと首を傾げるばかりだった。
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そしてその話があった3ヶ月後。その日もグッズの数は合わず、差し入れも1つ多いままだった。
いつものように差し入れをあけていく。
中身は手紙やお菓子、煙草やアクセサリーんかも入ってた。
そしていつものように、謎の差し入れは最後にあけた。
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いつも通り私が吸っていた煙草が入っていると思っていた。
でもこの日は違った。
白い封筒が1枚、紙袋にいれてあった。
その時点で少しおかしい。ファンレターは基本的に、封筒のみで渡される。
紙袋にわざわざ入れるやつなんていない。
封筒をあけると紙が1枚あり、少し歪な字で
「愛してます」
と書いてあった。
あぁ、ヤバイファンだ。
直感的にそう思った。
メンバーも何となく「幽霊とかじゃないんだ」とホッとしている様子だった。
「刺されんようにな(笑)」
「痴漢にあうかもよ〜(笑)」
とからかわれてその日は解散した。
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次のライブもその次のライブにも、「愛してます」という手紙は届き続けた。
その手紙は他のファンレターと一緒に保管した。
怖い云々よりも、誰か分かれば返事書くのになぁとしか思ってなかった。
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そして次のライブ。私の生誕祭と銘打ったライブだった。
舞台上で差し入れのケーキを食べ、プレゼントをあけたり客席にダイブして頬にキスをしたり(同意は勿論ある)。
ライブはめちゃくちゃ盛り上がり、残すところあと2曲になった。
ピンスポットを当ててもらって、挨拶をしてからアカペラで歌い始めた。
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その時。
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shake
客席の隅、柵を越えた場所に女の子が立っていた。
でもこの盛り上がりを壊したくないから、無視して歌い続けた。
その子は黙って私を見詰めていた。
「この子かもな、あの手紙って」
いつか直接差し入れを渡してくれたら、それとなく注意しよう。でも愛してますって嬉しいよ!ありがとう!って言おうと、顔をチラチラ見て覚えた。
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ライブが終わって女の子のこと、手紙の子かもというのをメンバーに話した。
でもそんな子誰も知らないと首を傾げる。
そんなはずはないと顔を説明しようとするが、思い出せない。何度も横目で見て覚えたはずなのに、全く思い出せない。
何でだよと苛立っていたら、その子に一番近かったメンバーがボソッと
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「そんなん居るわけないじゃろ」
と呟いた。なんで?と怖くなって小さく聞き返すと
「お前今日ダイブしたじゃろ?人が立っとけるくらいあいとるのに普通せんわ」
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確かにそうだ。
出来ないことはないけど、めちゃくちゃ危ない。
柵に足をぶつけたりするしね。
そしてよくよく考えたら、ダイブをするようになってから、友人に人が立っていたと言われてから柵はしてない。
背筋が凍った。
心臓を悴んだ手で握られたようだった。
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その次のライブから、差し入れが1つ多いこともグッズの数が合わないことも無くなった。
きっとあの子が、グッズを買ったり差し入れをくれてたんだと思う。
ちなみに。「愛してます」という手紙は、どこかに消えた。どこを探しても見つかることはなかった。
作者弥織(ミオリ)
お久しぶりです。
今回は妹の関係ない話になります。
またも実話です。