深い森の中。
お母さん!!
お母さ〜ん!
母親を呼ぶ少年。
その足元に横たわる女性。
お母さん!
お母さん!!
少年は必死にその女性に呼び掛けている。
その少年の母親であろう女性の腹部には、太い木の枝が突き刺さっている。
お母さん!
お母さん!!
女性はまだ死んではいない。
手遅れであることに変わりは無いが。
お…おかあ…さんは…だ…大丈夫…。
あ、あなたは…な、なにも…気にする…こ…ことはないの…よ。
ずっと一緒…にい、いてあげられ…な、無くてご、ごめん…ね。
こ、これから先…ど、どんな事があ、あって…もつ、強く…い、生きな…さい…。
あ、愛してる…わよ…
匠…。
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?!俺はハッと目を覚まし身体を飛び起こした。
また嫌な夢を見ちまった…。
身体中を嫌な汗が流れる。
俺は何気に周りを見回した。
隣では、蛍が気持ち良さそうに寝ている。
昼間、あんな事があったからな…。
そりゃ疲れるよな。
婆「おいヒヨっ子。
えらくうなされてたねぇ。
ちょっとこっちへおいで。」
ババアが襖を開け俺を呼んだ。
俺は蛍を起こさないようにゆっくりと隣の部屋へ行く。
婆「あれから何年だい?」
匠「もう…二十年になる…。」
婆「そうかい…。二十年かい。
時が経つのは早いもんだねぇ。」
あの日、あの場所で母親が死んでからもう二十年。
警察の捜査では、死因は事故死。
でも実際は違う…。
母親は殺されたんだ。
俺に…。
婆「肩のモン、見せてみろ。」
ババアはそう言うと、俺のシャツを捲り上げた。
婆「まだ消えないねぇ…。」
匠「あぁ…。」
俺の左肩にはアザがある。
このアザが俺にとっては、何よりも忌まわしい…。
婆「これからどうするつもりなんだい?」
匠「蛍の事か?
なる様にしかならねぇだろ…。」
婆「お前はそうやってまた哀しみを背負うのかい!
いつかお前自身がその哀しみに呑み込まれちまうよ!」
匠「分かってる…。でもなぁ…ばあさん。
俺はとっくの昔に…
母親を殺しちまったあの時に…
もう呑みこまれてるんだよ…。」
婆「あれはお前であって、お前では無いとずっと言っとろうが!」
匠「そうだな…。
あれは俺じゃねぇ。
でも俺だ…。」
あの時、母親を殺した俺は、俺じゃ無かった。
俺の中に入り込み俺を乗っ取ったヤツの仕業だ。
だが、あの時、母親の腹を刺したあの時も、母親がゆっくり崩れ落ちて行くあの時も、俺の意識は、はっきりしていた。
母親を刺した手の感触さえも…。
それに…。
ババアは知らねぇが、必死に母親を呼ぶ俺は…。
嗤ってた…。
俺を使って母親を殺したヤツは今も俺の中にいる。
俺はいつかコイツを殺すと決めている。
このアザが消えた時。
「おはよ〜…」
蛍が目を覚まし、部屋に入ってくる。
婆「あらぁ。蛍ちゃんは早起きだねぇ(笑)」
蛍「だってこの子達が(笑)」
そう言って笑う蛍の周りには、犬、猫、果ては鳥に狸とさながら動物園の様な光景が拡がっていた。
婆「あらあら(笑)蛍ちゃんは人気者なんだねぇ。」
蛍は嬉しそうに犬を撫でる。
普通の人間には見えない動物達ではあるが。
匠「ちょっと散歩に行って来る。」
蛍「私も行く!」
一緒に来たがる蛍を制し、俺は一人で出掛けた。
蛍「……。
おばあちゃん?匠、何かあったの??」
婆「ヒヨっ子なりに考え事でもあるんじゃないかい?」
蛍「ふ〜ん…」
婆「蛍ちゃん?蛍ちゃんはヒヨっ…匠の事をどこまで知ってるんだい?」
蛍「ん〜…名前しか知らない。
後は優しい事くらいかな?(笑)」
婆「そうかい(笑)
匠は優しいかい(笑)」
蛍はおばちゃんの優しい笑顔を見つめていた。
婆「じゃあ少しだけ、あの子の話をしてあげようかねぇ。
聞きたい?蛍ちゃん?」
蛍「聞きたい!」
蛍は即答した。
婆「じゃあ、あの子の小さい頃の話をしようか…。
あの子は赤ん坊の頃、それはそれは可愛いかったんだよ。
両親も物凄く喜んでねぇ。
その溺愛ぶりは周りで見てる私らが恥ずかしくなる程だったよ。
そんなあの子が二歳の時だったかねぇ。
急に、鬼が来る!て騒ぎ出したんだよ。
二歳の子供が言う事だからねぇ、勿論、両親は耳を貸さなかった。
でもね?本当に鬼が来たんだよ。
まぁ、正確に言うと鬼に憑かれた女がね。
その女は当時、憑き物屋をやっていた私を訪ねて来たんだけどねぇ、それが来るのが匠には分かってたんだねぇ。
匠の両親にはそんな力は無い。
一代飛んで、私の力が匠に宿ったんだと思ったよ。
だからね、私は力を持つ者だけに施せる、儀式をしようと決めたんだ。
私らの一族はね?
そういった力を持つ者が産まれたら、その者を災いから守って貰う為に、神様を身体に宿すんだよ。」
蛍「神様?」
婆「そうだよ。神様。私も匠も身体の中に神様を宿してるんだよ。
神様の力と自分の持つ力を融合させて、善くないモノを祓ったりするんだよ。
だから匠にはそういったモノは近付けないはずだったんだよ…。
ある日、私は依頼人と会うために遠方に行かなくてはならなくなってねぇ。
二日間、家を留守にしたんだよ。
その時にあの事件は起こってしまったんだよ…。
昨日、蛍ちゃんも行ったろ?あの山へ。
あそこの頂上には、祠があってね。
何かを封じ込めてあったんだよ。
蛍「何かって?」
婆「それが私にも分からんのよ…。
でも、匠はそこに封じられておった何かに憑かれよった…。
私が出先から戻った時にはもう遅かった…。
匠は母親を殺してしまっとった…。
でもねぇ?普通じゃ考えられない事なんだよ。
匠には神様を宿してある。
その匠に憑いた位だから相当なヤツなんだろうねぇ。
私の施した、封魔も効果は無かったからねぇ。
今もアイツは匠の中におる。
じゃが今は匠の中に宿っとる神様が抑えとる。
そのバランスが崩れた時、匠は…。」
蛍「匠は私と一緒なんだね…。」
婆「そうだねぇ。だから蛍ちゃんを引き取ったんだろね。
誰よりも蛍ちゃんの気持ちが痛い程、分かったんだろうねぇ。」
「誰の話ししてんだ?」
婆「おや?ヒヨっ子?帰ってたのかい。」
匠「べらべらとくだらねぇ話し、してんじゃねえよ!ババア!」
婆「…。」
匠「蛍、家へ帰るぞ。」
そのまま匠と私はおばちゃんの家を後にした。
あれから匠はずっと何も喋らない…。
匠も私と同じ苦しみを知っている。
違う…私なんかとは比べ物にならない位に辛い思いをして来たんだ…。
蛍「ねぇ?匠?」
匠「…」
蛍「ねぇってば!聞いてるの?」
匠「…」
蛍「私、お願いがあるんだけど?」
黙ったまま匠は蛍を見た。
蛍「いっしょ〜のお願い!」
匠「…」
蛍「帰ったら、ハンバーグ食べに行こ?」
匠「………。ったく…。
何が一生のお願いだ…。」
匠はそう言うと少し呆れた様に笑った。
蛍「やっと笑ったね!」
蛍は嬉しそうに微笑んだ。
何やってんだ?俺は…。
十歳の子供に気を使わせて…。
ったく…。
ダセぇな…。
匠「よし!帰ったら死ぬ程、ハンバーグ食わせてやる!」
作者かい