紫水さんから、術者の居場所が分かり次第、連絡をすると言われた僕は、毎日ただひたすらに紫水さんからの連絡を待っていた。
その間も後輩は苦しんでいる…。
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3日後。
プロジェクトの打ち合わせが終わり、マナーモードにしていた携帯を確認する僕。
?!
紫水さんから連絡が入っている!
僕はすぐに紫水さんに電話をする。
僕「もしもし!居場所が分かったんですか?」
紫水「こんにちはカイさん。
お仕事のお邪魔では無かったですか?」
仕事?
仕事も大事だけど、今は後輩の命が!
僕「そんな事はどうだっていいです!
それより、術者とやらは見つかったんですか?」
紫水「はい。少し時間はかかりましたが、何とか居場所を見つける事が出来ました。」
僕「そうですか…。
それでいつ術者に会いに行くんですか?」
紫水「時間がありませんので、すぐにでも。と思っています。」
僕「なら、僕も行きますのでちょっと待ってて下さい!」
紫水「カイさんもいかれるのですか?」
僕「勿論です!さすがに後輩は連れて行けませんけど、僕は行って全てをこの目で見る積もりです!」
紫水「そうですか…。
分かりました。では、後程。」
僕は電話を切った後、すぐに支度をし、紫水さんの元に向かった。
紫水「やぁ。お待ちしてましたよ。
それでは行きましょうか。」
僕は紫水さんに連れられて、電車やバスを乗り継ぎ、人気のない森の中へと向かって行った。
何だここは?
こんな所に人がいるのか?
そう思える程に、周りには何もなく、まるで外界との関わりを避けているかの様な場所。
そこに一件の家があった。
ドアの前に立つと僕の緊張がピークに達する。
この中に…。
この中に術者がいる…。
そんな僕を他所に紫水さんは何の躊躇いもなくドアをノックした。
「開いておりますので、どうぞ。」
中から男の声がした。
紫水「失礼します。」
紫水さんはドアを開け、中に入った。
僕も紫水さんの後に続く。
??「おかしいですねぇ。
この時間は依頼の予定は無かった筈ですが…。」
紫水「突然、お邪魔して申し訳ありません。
あなたが、葵様ですね?」
??「ほぉ…。私の名をご存知で?
確かに私の名は葵と申します。」
紫水「勿論です。この世界に生きる者として、葵の名を知らぬ者は居ないでしょう。
あなたの様な方に会えて、大変光栄です。」
葵「光栄だなんてとんでも御座いません。
で、失礼ですがあなたは?」
紫水「?!これは、大変申し訳ありません。
自己紹介が遅れました。
私、紫水。と申します。」
紫水さん…。
こんな状況で、またお決まりの言葉足らずかよ…。
葵「紫水…?
ほぉ。あなたが紫水様ですか。
これは何とも凄いお方に出会えたものです。」
紫水「葵様は私の事をご存知でしたか?」
葵「勿論ですよ。私とは相反する力の持ち主ですが、その噂は常々、耳に入っております。」
紫水「そうですか。
それは光栄です。」
この二人は面識は無かったが、お互いの事は知っていた。
しかし、この葵と名乗る男。
年は恐らく20代。
何処にでもいる、普通の青年に見える。
紫水さんが言うように、この国に1人だけの術者だなんて、とてもじゃないけどそうは思えない。
現に今、紫水さんと葵さんは和やかな雰囲気で会話をしているじゃないか?
僕は、葵と名乗る男が想像とかけ離れていたので、少し緊張が緩んだ。
葵「それで?
わざわざこの様な所まで一体何をしにいらしたのでしょう?」
紫水「あなたが施した呪いについてなのですが。」
葵「私の施した呪い?」
紫水さんは今回の後輩の件について説明し、説明が終わると、こう切り出した。
紫水「あなたの呪いを解いて頂けませんか?」
葵「………。
私の呪いは、依頼人からの依頼によって施された物。
依頼人からの依頼無くして、呪いを解く事は出来ません。
それに、この呪いは一度かけてしまえば、術者である私にも解く事は出来ません。」
紫水「そこを何とか…と、言っているのですが?」
葵「くどいですねぇ…。」
キ――ン!!
突然周りの空気が張りつめた。
体が重い…。
め、目眩?
何だ?何がどうなった?
僕は訳がわからず、膝から崩れ落ちる。
紫水「?!
おやおや、カイさんそこに居られたのですか?
外で待っておくように……言ってませんでしたねぇ…。」
クソ!またかよ…。
でも今はそれどころじゃない…。
意識が…。
紫水「葵さん?申し訳ありません、私の連れが苦しんでおりますので、力を抑えて頂けますか?
私も力を抑えますので。」
葵「あなたカイさんと仰るのですか?
災難でしたねぇ。普通の人間がこの場にいれば、それは苦しいでしょうねぇ。
申し訳ありませんすぐに抑えますので。」
葵さんがそう言うと一気に体が楽になった。
僕「し、暫く外で待ってます!」
僕は逃げる様に外へ飛び出し、思いっきり深呼吸をした。
何なんだあの二人…。
一体何をしたんだ…。
それから暫く時間が経ったが、一向に紫水さんは出てこない。
まだ話してるのか?
あんな力を持つ二人が二人きりで…。
僕は少し心配になったが、とてもじゃないがあの家へ戻る気にはならず、じっと紫水さんを待った。
それから30分程が過ぎ、ようやく紫水さんが出て来た。
僕「紫水さん?どうなった…」
紫水「今日の所は一度引き上げましょう。」
?引き上げる?
後輩は?
後輩はどうなるんだ?
僕「ちょっと紫水さん?
呪いは、呪いは解いて貰えたんですよね?」
紫水「今日の所は引き上げましょう。
ね…?」
穏やかな口調だが、その言葉の中に怒りや悲しみといった複雑な心境を感じ取った僕は、それ以上、何も言えなかった。
僕達が暫く歩いていると、黒塗りの高級車とすれ違った。
あの車…こんな所に?
葵さんに呪いの依頼だろうか?
運転手「社長。到着致しました。
すぐにドアをお開け致しますので少々お待ち下さい。」
社長「待て!外に人がいる。
顔を見られては、後々厄介な事になるかもしれん。
大企業の社長が呪いの依頼などと、マスコミのいいエサだ。」
僕達はその車を特に気にする事はなく、森を抜けて行く。
運転手「もう宜しいのでは?」
社長「うむ。行くぞ。」
葵の家へ入って行く二人。
社長「依頼の連絡をした◯◯だが、君がやってくれるのかね?
随分、若い様だが大丈夫なんだろうねぇ?
こっちはままごとをしに、こんな所へ来た訳じゃないんだがねぇ。」
葵「また人ならざる者ですか…。」
社長「ん?何をボソボソと。
で?どうなんだ?呪って貰いたいヤツがいるんだが?」
葵「申し訳ありませんが、今日はお引き取り頂けますか?」
社長「な?何だと?ワシをこんな所まで来させておいて帰れだと?ふざけるな!」
葵「人の言葉が分かりませんか?
…。
今は気分じゃねぇから帰れと言ったんだ!
お前…終わらしてやろうか?」
社長「ヒッ…!
いっ、行くぞ!」
葵に威圧され、逃げ出す二人。
葵「紫水さんですか…。
やはり凄いお方だ…。」
あれから紫水さんは何も話さない…。
ただ黙って黙々と歩く二人。
と、不意に紫水さんが足を止める。
紫水「やれやれ…。
相変わらずあなたは善くないモノを惹き付けてしまうクセがあるようですねぇ…。
カイさん。」
?善くないモノ?
僕に何かが憑いているとでも言うのか?
紫水さんにそう言われた途端、身体中に悪寒が走る。
紫水「今は少々考え事の最中ですので、邪魔をされたくはないのですが…。」
キ―ン!
さっきと同じ様に空気が張りつめた!
紫水「消えろよ?
なぁ…?」
し、紫水さん?
それは僕の知る紫水さんとはまるで別人だった。
気が付けば僕の悪寒は消えており、目の前にはいつもの紫水さんが立っていた。
紫水「さぁ、行きましょうか?」
僕はさっきの紫水さんの豹変ぶりに少し困惑していた。
紫水「後輩さんの件ですが、もう少し時間を頂けますか?
悪い様には致しません。」
僕「紫水さんがそう言うなら僕は紫水さんにお任せします。」
僕にどうこう出来る問題ではないので、僕は紫水さんに全てを託し、紫水さんからの連絡を再び待つ事になった。
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彼が入院して2日。
呪いの影響はどこまで進行してるんだろう。
様子を見たいけど、流石に病室へ入る訳にはいかないしなぁ…。
私は彼が入院する病院の前に佇み、考えていた。
暫く佇んでいたが、私はどうしても彼の状況が知りたくなりこっそりと彼の病室の前まで行ってしまった。
私が彼の病室の前にたどり着いた時、丁度、中から二人の看護師さんが出て来た。
看護師A「入院して来た時より、悪くはなっていない感じよねぇ。」
看護師B「確かに。
でも、良くもなっていないわね。
先生は異常ないって言うし…。
一体何の病気なのかしらね?」
彼は入院して来た時のまま?
悪くはなっていない?
看護師A「でも、相当具合は悪そうよね。
あのままで大丈夫かしら?あの患者さん。」
看護師B「ひどく辛そうだもんね。
このままだとちょっと危ないんじゃない?」
そんな会話をしながら二人は病室を後にする。
私はバレない様に、病室のドアの前に立つ。
う"ぅ〜…。
中から彼の苦しそうな声が聞こえる。
葵さんは、彼が死ぬと言っていた。
恐らくこのまま苦しみ抜いて彼は死んでいくのだろう。
それが…私が彼にかけた呪い…。
私が…彼に…。
気が付くと私は病院を飛び出していた。
人目も憚らず、両目から溢れる涙を拭いもせず。
なんで?なんで私は泣いてなんかいるの?
これは私が望んだ事でしょ?
彼を苦しめてやりたかったんでしょ?
なのに…なのになんで涙が止まらないの?
なんでこんなに辛いの…?
ねぇ…?
辛いよ…。
家に辿り着いてからも涙は枯れる事が無かった。
次の日、私は何もする気が起こらず、朝からずっと横になっていた。
目を閉じれば、浮かび上がるのは彼の顔…。
聞こえてくるのは彼の苦しそうな声…。
その度に私の両頬を涙がつたう。
深夜までそんな事を繰り返し、私は決心した。
次の日、私は彼の病室の前にいた。
覚悟を決め、ゆっくりとドアを開く。
ベッドに横たわる彼とその横に1人の男性。
私「あ…あの…」
僕「はい?
え〜っと、後輩のお知り合いの方ですか?」
そう聞かれ、私は静かに頷く。
僕「どうぞどうぞこちらへ。
僕はこいつの先輩でカイと言います。」
カイさんと名乗る方に促され、ベッドに近く私。
ベッドに近づき、彼の顔が見える。
彼も私に気付いた。
後輩「え?ど、どうしたの?
まさかお見舞い…なんて事ないよね…。」
私は彼の顔を間近で見、その声を聞いた途端、耐えきれなくなった。
私「ごめんなさい!ごめんなさい!
全部私のせいなの!私がバカだから…私が呪い何て信じたから!本当にごめんなさい!
私…私が…」
僕「ちょっ、ちょっと待って!
呪いって?もしかして君が後輩に呪いを?!」
僕はいきなりの、彼女の告白に頭の整理がつかないでいた。
後輩「やっぱり…。
何となくそうかもなぁ…って思っていたよ…。
でも…悪いのは君じゃない…。
僕はこうなって当然なんだよ…。」
僕は二人の会話に入る事が出来ず暫く聞いていたが、こうなる前に二人の間に何があったのかを問いただした。
二人から事の経緯を説明された僕は、複雑な心境だった。
確かに彼女を捨てた後輩は悪い。
しかし、目の前で苦しんでいる後輩を助けてやりたい。
どちらが正しいかなんて僕には分からなかった。
僕が言葉を無くしていると、彼女が切り出した。
彼女「私やっぱり間違っていた…。
こんなの普通じゃない!
私今から呪いを解いて貰える様に頼んでくる!
絶対…絶対解いて貰うから!
私が死ぬ事になってもあなたは絶対に死なせないから!」
後輩「馬鹿だなぁ…。
自分が悪い。みたいな言い方をして…。
全部、僕が悪いのに…。
本当にすまなかった…。」
彼女「もういいの…。
すぐにあなたを助けるから待ってて!」
後輩「ちょっと待てよ!
君1人で行かせる訳ないだろ?
僕も行く。」
彼女「で、でもその体じゃ…。」
後輩「いいから…。
カイさん…?
すいません…止めないで下さい…。」
この二人はまだこんなにもお互いを想っている。
こんな二人が離れ離れになる必要なんてないよな…。
僕「止める?誰が?
さっさと出掛けるぞ!」
後輩「ありがとうございます…。」
それから僕達三人は、葵さんの元へ向かった。
もし、何かあっても僕達三人ではとても太刀打ち出来る相手じゃない…。
葵さんは二人の話を聞き入れてくれるだろうか?
そんな事を考えながら、僕達は葵の家へ到着した。
彼女がドアを叩く。
「開いておりますので、どうぞ。」
葵さんの声だ。
中に入る三人。
葵「おや?
これはまた奇妙な組み合わせですねぇ?
呪いの依頼人にその対象者。
そしてカイさんまでもとは…。」
彼女「あ、あの…。
葵さん!彼の、彼の呪いを解いて下さい!」
……。
葵「やれやれ…。
何を言い出すのかと思えば…。
私はあなたに何度も確認した筈ですよ?
人を辞める覚悟はおありですか?と。
そして、この呪いが私にも解けない事も申し上げた筈ですが?」
彼女「分かっています!分かっています…。
でも…どうしても彼の呪いを解いて欲しいんです!
彼に死んで欲しく無いんです!」
葵「そう言われましても…。」
彼女「も、勿論、ただでとはいいません!」
葵「いえ…金銭の問題で…」
彼女「命…私の命が無くなっても構いません!
だから…だから彼を救って下さい!
お願いします…」
葵「ほぉ〜。命ですか…。
一度は呪った相手を、今度は助ける為に自分の命を差し出すと?
これは面白い。」
後輩「ば、馬鹿を言うな!命だなんて!
そんな事絶対に駄目だ!」
僕「そうだよ!あんたが命なんて差し出す事はないんだよ!
葵さん!彼女も後輩も、一度は過ちを犯したかもしれない…。
道を踏み外したかもしれない…。
でも、二人はそれに気付いて、今やり直そうとしてるんだよ!
あんたそんな二人から命を奪おうってのかよ?
あんた一応人間なんだろ?
こんな二人を見て何とも思わねぇのかよ!」
葵「少し…。
外野は少し黙っていて貰えますか?」
葵さんがそう言うと、僕の体が急に重くなり床に崩れ落ちた。
声を出す事も出来ない。
クソ!何しやがった…。
葵「命を差し出す…。
それは本当ですか?」
彼女「はい!私の命で彼を…彼を救って下さい!」
後輩「よ、よせ!やめるんだ!」
葵「今一度確認致します。
あなたの命を捧げ、彼の呪いを解く。
これで宜しいですね?」
う"ぅうぅ〜!
クソ!声が出ない!
やめろ!こんなの間違ってる!やめろ!
後輩「駄目だ!駄目だ〜!」
彼女「はい。お願いします。」
葵「あなたのご依頼、確かに承りました。」
お…終わった…。
彼女が死に、後輩が助かる…。
そんな事に…そんな事になんの意味があるんだよ…。
葵「さて…。
もう宜しいのでは?」
「やれやれ。ほっと致しました。」
?!
部屋の奥から出て来た男性。
し、紫水さん?!
何故ここに?
紫水「いやぁ本当に良かったです。
良いものを拝見させて頂きました。」
どういう事だ?
紫水さんは何を言っているんだ?
紫水「カイさん…。
いくら何でも、葵さんに対して口がすぎますよ?(笑)
見ていてヒヤヒヤさせられましたよ。」
葵「そうですねぇ。
私も少し本気で呪いたくなってしまいました(笑)」
紫水「葵さん。申し訳ありませんが、カイさんの呪縛を解いてあげて貰えますか?」
葵「本当はもう少しこのままにしておこうと思ったのですが、仕方ありませんね。」
葵さんがそう言うと、僕の体は嘘の様に自由を取り戻した。
僕「ちょっと二人共!どういう事ですか?!
どうしてここに紫水さんが?
ちゃんと説明して下さいよ!」
僕は二人に向かって全てを説明するように詰め寄った。
紫水「カイさん…。
少し静かにして頂けませんか?」
葵「また呪縛がいいですか?」
僕「?!す、すいません…大人しくします。」
この二人にこう言われると、大人しくする他はない。
紫水「彼女さん。
よくここにいらして下さいました。
私も葵さんもあなたが此処へ来られるのを心待致しておりました。」
ん?彼女が来るのを待っていた?!
紫水「カイさん?
あなたが後輩さんを連れて私の元を訪れた時、私は何となく違和感を感じていたのですよ。」
違和感?
何の違和感だろう?
紫水「後輩さんを見た時、呪いを施されている事、又、その術者がかなり上位にいる事はお伝えしましたよね?
それは紛れも無く真実です。
ですが、どうも腑に落ちない点がありました。」
腑に落ちない点?
さっき言っていた、違和感の正体か?
紫水「弱いんですよ。」
弱い?何がだ?
紫水「呪いの力が非常に弱く感じたのですよ。」
僕「呪いが弱い?
でも葵さんはかなり上位の術者なんじゃ?」
紫水「そうです。だから腑に落ちなかったんですよ。」
僕「あの…。良く分からないんですけど…。」
紫水「それでは分かりやすく説明致します。
今、彼にかかっている呪いは、並の術者がかけた呪いと同等。又はそれ以下です。
このレベルの呪いでは間違いなく、人は殺せません。あの時、その気になれば、私でも容易に呪いを解くことが出来ました。
しかし、葵さんが本気で呪いをかけていれば、この男性は1日…いや、半日と持たず命を落としていたでしょう。
ね?腑に落ちないでしょ?」
僕「と、言うことは…。
葵さんは男性を殺す積もりは無かったと?!」
紫水「そうなります。」
僕「?!ちょっと待って下さい?
さっき紫水さんでも容易に呪いを解くことが出来た。と仰いましたよね?
なら何故その場で呪いを解いて貰えなかったんですか?!」
紫水「腑に落ちなかったからですよ。
これほどの術者がこの程度の呪いしかかけなかった訳が。
その真意が知りたかったのです。
それに…。
如何なる理由があろうとも、人から呪いをかけられる様な輩は、少しお灸をすえませんと。」
僕「だから、直接、葵さんと会うことにしたんですね?」
紫水「そうです。
葵さんと初めて会った日。
カイさんが外へ出られた後、葵さんから全ての事情を聞かせて頂きました。
やはりこの方は素晴らしい方でした。」
彼女「あ…あの…。
彼は死なないんですか?
助かるんでしょうか?」
葵「大丈夫…。
彼が死ぬ事はありませんよ。」
彼女「どうしてですか?
葵さんは、私が依頼した時、彼は死ぬと言われてましたよね?
なのに…どうしてですか?」
葵「私達は呪術師と呼ばれ、呪いの対象者に対して禍を起こしたり、時にはその命までも奪います。
実際、私は今までに数え切れない程の命を奪って参りました。
命を奪っておきながら、弁解の余地は御座いませんが、敢えて弁解させて頂くとするのなら、私が奪った命は人の物ではありません。」
彼女「人の命じゃない?」
葵「私の元には沢山の依頼者が訪れます。
しかし、そのどれもが人外の者ばかり。
依頼に来る者、呪いの対象となる者、どちらもすでに人ならざる者なのですよ。
欲にまみれ、私利私欲の為に殺し合う。
だから私はなんの躊躇もなく、命を奪って来ました。
ヤツらは人ではないのですから戸惑いは必要ありません。
そんな時にあなたが私を訪ねて来られた。
久しぶりに人を見た気がしましたよ(笑)
あの時のあなたはそれは塞ぎこんでおられましたが、私の目から見れば輝いてすら見えました。
彼に呪いの依頼をされた時も、彼の死について訪ねた時も、あなたは感情を押し殺し、淡々と答えていたおつもり何でしょうが、その全てがとても人間臭く、思わず笑ってしまいそうになりましたよ(笑)
そんな方を人ならざるモノに出来るはずも御座いません。
先程も申し上げましたが私は人殺しではありません。
ですが、あなたの心境をお察しし、彼に少しお灸をすえるついでに、人ならざるモノになろうとするあなたを人に戻す為に、少しお芝居をさせて頂きました。
そしてあなたは自らの意思でここへ赴き、人でいる事を選ばれたのです。」
彼女「そ…そんな。
今までの事全てが私を救うため…。」
その場に泣き崩れる彼女。
葵さんがゆっくり後輩に近く。
葵「私には偉そうな事を言う資格はありません。
ですが、あなたのとった行動が正しかったとは思えません。
1人の女性を人ならざるモノにしてしまう所でしたよ?
これからあなたがどういった行動をとられるかは分かりませんし、あなたの自由です。
ですが、次に私の元に依頼が来た時…。
その時は手を抜く事は致しません。
宜しいですね?」
後輩「は、はい!
ありがとうございます!」
彼女へ向き直る葵。
葵「さて…。
今回の、彼を死に至らしめる。という依頼は残念ながら失敗に終わりました。
申し訳ございません。
そして、彼の呪いを解く。というもう1つの依頼に関しては、先の依頼失敗のお詫びとして、依頼の代償は頂きません。
それで宜しいですか?」
彼女「あ…ありがとうございます…。」
葵さんは後輩の胸辺りに手をかざすと静かに目を閉じた。
暫くすると葵さんが立ち上がり、後輩に言う。
葵「もう大丈夫です。
呪いは解かれました。」
そう言われた後輩はゆっくりと体を起こす。
後輩「頭痛も目眩も…吐き気も…。
全然何ともない!
嘘のようだ!」
後輩はすぐに彼女の元へ向かい抱き締める。
後輩「本当にすまない。
許してくれなくてもいい。
ただ、君が無事で良かった…。」
彼女も後輩に寄り添い二人して泣いている。
葵「さて…。
それではそろそろお引き取り願えますか?
こんなに人が沢山いては、商売になりません。
ここは人ならざるモノが来る場所なのですから(笑)」
紫水「そうですね(笑)
葵さんのお邪魔をしては悪いので私達はそろそろ行きましょうか。」
そうして僕達は葵さんの家を後にした。
駅で後輩と彼女を見送り、紫水さんと二人で歩く。
僕「葵さんってあの若さで凄いですよね?
力も勿論ですけど、あの全てを悟った様なあの感じ。」
紫水「若さ?
カイさんには葵さんがどの様におみえですか?(笑)」
僕「20代ですよね?」
紫水「20代ですか?!
それはそれは…(笑)」
僕「違うんですか?!」
僕はてっきり20代だと思っていたが、どうやら違うらしい。
それじゃ紫水さんも?
僕「紫水さん?
紫水さんがこの仕事を始めたのはいつ頃なんですか?」
紫水「どうしたんです?急に(笑)」
僕「いや、葵さんも紫水さんの事を凄い人だと言われてましたし、やっぱり凄い経験を積んで来たのかなぁ?と思いまして。」
紫水「私がこの仕事を始めたのは18歳の時です。」
18歳から?!
僕「この仕事を始めたきっかけってあるんですか?」
紫水「勿論ありますよ?
でなければ、この様な仕事に付く事はそうそうないでしょう?(笑)」
きっかけって何だろう?
聞いてもいいのかなぁ?
我慢出来なくなった僕は紫水さんに訪ねた。
僕「差し支えが無かったら、そのきっかけを聞かせて貰えませんか?」
紫水「カイさんも物好きですねぇ(笑)
私がこんな仕事をしているのは…。
探しているんですよ。」
僕「探している?人をですか?」
紫水「いえ。人ではありません。
化け物です。」
僕「ば、化け物?!
紫水さんが探す程の化け物ってよっぽど強いんでしょうね?
その化け物に何かされたんですか?
それで復讐の為に探しているとか?」
紫水「強い?ん〜強いでしょうねぇ。
恐らく、私と葵さんが手を組んだとしても歯が立たない程に。
それにその化け物には本当に苦しめられましたよ。
私も…私の両親も…。」
?!
紫水さんと葵さんでも歯が立たない?
もしかして紫水さんの両親はその化け物に…。
これ以上は掘り下げない方が良さそうだと感じた僕は少し話題を変えた。
僕「紫水さんはずっとこの地方に住んでいるんですか?」
紫水「いえ。私は色々な場所を転々としています。
まぁここ最近はずっとここに落ち着いていますけど。」
さっきの化け物とやらを探す為に、住まいを転々としているのだろうか?
話せば話す程に、闇の深さが見えてくる紫水さん。
この人の素顔は一体…。
紫水「着きましたね。
今日はお疲れ様でした。
又、何かあればご連絡下さい(笑)」
僕は紫水さんにお礼を言うとその場を後にした。
家に戻り、2階のベランダから空を見上げる紫水。
紫水「今回も全く収穫がありませんでしたねぇ…。
何処にいるんでしょう…あの化け物は…
このまま会えないのでしょうか…。
このまま……………………………………………
会えへんのかなぁ?
叔父さん…。
作者かい
はぁ〜長い…。