けんいちくん。
君がいなくなってぼくはとてもさみしいです。でも君んちが引っこしてからもずっと約束を守ってるよ。
前にぼくが泣いていたとき、けんいちくんは言ってくれたね。
いつもにこにこして、どんなことでも幸せだと思えばいいんだよって。
ぼくはそうすることを君と約束した。
だから、いつもにこにこして、どんなことでも幸せだと思うようにしてる。
そうそう、このあいだね、お父さんのあいじんが家に来たんだよ。
あいじんって大好きな人のことだよね。
じゃお母さんのことはそうじゃないのかなって思ったけど、大好きな人っていっぱいいたほうがいいからいいんだよね。
ぼくだってお父さんもお母さんもけんいちくんも大好きだもん。ね、そうでしょ。
でね、その人に赤ちゃんができてお父さんとけっこんしたいって伝えに来たというわけなんだ。
お父さんはびっくりしてるし、お母さんはすごく怒ったよ。ほんとすごかった。
大好きな人どうし、みんなで仲よくすればいいのにね。
ぼく? ぼくはうれしかったよ。だって、けんいちくんみたいに弟か妹ができるんだもん。
だけどね、お母さんのけんまくにパニクっちゃって、お父さんがあいじんを殺してしまったんだ。
だから弟か妹はもういないんだ――
見たかったな、赤ちゃん。きっとかわいかっただろな。
でもそれはそれでよかったかも、だってお父さんはぼくだけのものってことだもん。
ねっ、けんいちくん。ぼくどんなことでも幸せだって思うことができてるでしょ。
それからお父さんはパトカーに乗ってったよ。
すごくうらやましかった。だってパトカーだよ。ぼくも乗りたい。
ねえ、けんいちくん。
ぼくはあいかわらずお母さんにぎゃくたいされているよ。お父さんがいなくなってからもっとひどくなった。
ぼく、ずっと思ってたんだけど、あの約束ってさ、本当の苦しみを知らない幸せな人が言うことだよね。
けんいちくん、お母さんから熱いおみそ汁かけられたことある? 冷たいおふろに沈められたことや、ごはんももらえずに何日も押し入れにとじこめられたことある? ぼくはあるよ。それだけじゃない。もっともっと痛くてつらいことたくさんあった。
君はないよね、そんなこと。
一度でもあったら、いつもにこにこなんてできないってわかるよね。どんなことでも幸せだなんて思えないよね。
君がなぐさめてくれたあの時もそう思って腹が立ったんだよ。
ごめんよけんいちくん。
痛かっただろ?
君が行方不明になった時、君のお母さんは泣きながらずっとさがしていたよ。うらやましかった。
何年たっても見つからなくて、君の家族は引っこしを決めたんだ。ここにいるのはつらいからって、君のお母さん、ぼくの家にもあいさつに来ていたよ。
きれいで優しいけんいちくんのお母さん。もう見るかげもなかったけど、君へのあいはうすれていないみたいだった。どこまでもうらやましいよ。
けんいちくん。君はまだあのだれも来ないすごく古い家のくさり落ちた床下にいるんだね。もうお母さんのところに帰りたいよね?
だからぼく、けいさつに告白しようと思ってる。
約束守るのも疲れたし、もうお母さんからはなれたいしね。
でも、なにより、ぼくはパトカーに乗りたいんだ!
けんいちくん。うらやましいだろ。
作者shibro