葵さんが無事に腕試しを終え、ほっとしたのも束の間、新たな石碑にヒビが入った。
葵さんの危険を知らせる為、叫ぶサクラさん。
そして突如辺りを包んだ、眩いばかりの閃光。
葵さんの無事を確認しようとした僕の目に映った物。
それは、葵さんを守る様にし、掌から血を流した紫水さんの姿だった。
今、紫水さんの腕試しが始まろうとしていた。
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僕「し、紫水さん!
血が!血が出てますよ?!」
紫水「血…ですか…?」
この状況にも紫水さんは取り乱してはいない。
トメ「どうやら、次が始まったようじゃの?
しかし紫水よ?
お主にコイツをどうにか出来るかえ?(笑)」
何だ?
トメさんのあの言葉…。
一体次は何が出て来たって言うんだ!
葵「紫水さん!
コレは余りにも危険過ぎます!
トメさんも!
少々おふざけが過ぎますよ?
コレは腕試しで戦う様な相手ではありません!
今すぐ中止にして下さい!
もしくは私に手助けの許可を!」
トメ「別にアタシは構わんが?
それでええのかえ?紫水よ(笑)」
紫水「葵さん…。
お気持ちだけ頂いておきます。
私は大丈夫ですよ(笑)」
葵「紫水さん!
どう考えても今の私達の力では、太刀打ち出来る相手ではありません!」
今の紫水さんでは太刀打ち出来ない…。
それって紫水さんが死ぬ…?
僕「紫水さん!
僕には何も見えないし、良くは分かりません!
でも…命を賭けてまでやらなくても!」
紫水「カイさん…。
私の事を心配してくれているのですか?
それは、ありがとうございます(笑)
しかし、私は大丈夫ですよ(笑)
それよりもカイさん?
何も見えないのでは、つまらないでしょう?
カイさんにも見える様にしてあげますよ(笑)」
ぼ、僕にも見える様に?
そんな事が出来るのか?
紫水さんはそういうと、両手を拡げ頭上でその手を合わせた。
パンっ!
?!
僕「う"っう"わぁ〜!」
僕はあまりの驚きに、その場で尻餅をついた。
紫水さんの目の前…。
そこにソレはいた…。
僕「な、何ですかそ、それ?!」
はっきりと僕にも見えたソイツの姿…。
トメ「なんじゃ?
お主も知っておろうが?
ソイツは鬼じゃ。」
お、鬼?
確かに鬼は知っている。
いや、鬼という名前は知っている。
物語に出てくる、鬼の姿も知っている。
だがコイツは僕の思い描いている鬼とは全く違う…。
僕「こ、これが鬼?!
ぼ、僕の想像していたモノとは全然違います…。」
葵「当然ですよ…。」
いつの間にか僕の横にいた葵さんが答えた。
葵「あなた方の知る鬼は、人間が作り出した空想上の生き物に過ぎない。
本物の鬼などには、私達でも滅多にお目にかかる事は出来ません。
何せヤツラは、会ってはならない存在ですから…。
それは、アイツが持つ力も同じ事。
物語の様に易々と退治出来るモノではありません。」
確かに…。
物語に出てくる鬼は所詮、人間が作り出した存在…。
あれが本物の鬼…?
僕はそれでも庭かには信じられないでいた。
僕の前にいるソレ…。
異様に痩せ細った体は全体に赤黒く、目は落ちそうな程に飛び出し、長い首は今にも地面に着きそうな程…。
ソレが四つん這いで紫水さんと対峙している…。
紫水さんは本当にコレと戦うのか?
僕は目の前にいるソレの持つ独特の雰囲気に完全に呑まれていた。
紫水「さぁ…。
はじめま…」
?!
話の途中で後方に吹き飛ばされる紫水さん。
ドンっ!!
その体は巨木へと叩きつけられた。
紫水「ぐっ…」
紫水さんの体がゆっくりと崩れ落ちた。
?!
崩れ落ちた紫水さんの前に、いつの間にか鬼が立ち、見下ろしている。
そして、鬼は紫水さんの頭を掴むと軽々と持ち上げ、投げ飛ばす。
僕「し、紫水さん!」
まだ戦いが始まって数分…。
だが、紫水さんの死を予感させるには十分な時間だった。
勝てない…。
やっぱり紫水さんではアレは倒せない…。
僕は紫水さんの最悪の結末を想像し、震えていた。
しかし、そんな僕の不安を他所に、鬼に放り投げられた紫水さんは、何とか体制を整え、印を結んだ。
瞬間。
鬼がピタリと動きを止めた。
あれは縛?!
僕は紫水さんの反撃に思わず嬉しくなり、騒ぎ立てた。
僕「葵さん!
あれ、縛ですよね?!
あれでアイツはもう動けませんよね?!
これで、これで紫水さんの勝ち…」
ザクっ。
鈍い音と共に紫水さんの腕から鮮血が吹き出した。
ダラリと下げられた鬼の爪先から、血が滴り落ちている。
コイツが紫水さんを…?
ば、縛は?
動けなくなったんじゃないのか?
葵「無理なんですよ…。」
深刻な顔をして葵さんが呟いた。
葵「先程も言ったでしょう?
鬼なんてモノには私達ですら滅多にお目にかかれないと…。
単に鬼の数が少ないとか、身を隠して出て来ないとか…。
そういった事では無いんですよ…。」
僕「ど、どういう事ですか?!」
葵「単純な事ですよ…。
会えば必ず殺される…。」
か、必ず殺される?
葵「相手の痕跡の全てを消し去ってしまうんですよ…鬼というモノは…。
故に、鬼に会った者の話しは聞けず、本当に会ったかどうかも定かでは無い…。
会ってはいるが、会っていない事になってしまう…。
それ程のモノ何ですよ…。」
僕「そ…そんな馬鹿な!
そんな話し、信じられませんよ!
紫水さんが殺される?
そんな事!
そんな…」
葵「これは紫水さんの選んだ道…。
私にはどうする事も出来ません…。」
ザクっ。
再び紫水さんの腕から鮮血が吹き出す。
力無く垂れ下がる紫水さんの両腕…。
こ、このままじゃ…。
このままじゃ本当に紫水さんが…。
?!あっ?!
目の前で、圧倒的な力によって徐々に死へと近付く紫水さんを見て、僕はある事を思い出した。
それは、あの村で二人が叔父さんに敗れ、意識を失っている間の叔父さんとの会話。
…………………………………………………………………………………………
叔父「カイくん?
君は紫水君と仲良くしてくれているんだね?
有り難う(笑)」
僕「仲良くだなんて…。
僕が勝手に付きまとってるだけですよ(笑)」
叔父「それでもいいんだよ…。
紫水君は…彼はずっと一人で生きて来たに違いない…。
そう…ずっと一人で…。
だから君の様な友達が出来て、喜んでいると思うよ?
僕も本当に嬉しいよ(笑)」
僕「それならいいんですが…。」
叔父「ところでカイくん?
君が紫水君と仲が良いって事は、あの髪の事も知っているのかな?」
髪の事??
紫水さんの髪ってなんだ?
僕は何の事か理解出来ずに少し困っていた。
叔父「彼の髪色は雪の様に真っ白だろ?
そうなった原因の事さ。」
髪色?
確かに!
確かに紫水さんの髪色は透き通る様な白だ!
でも、特に気にした事の無かった僕は、あぁなった原因など知るよしも無かった。
僕「す、すみません…。
僕にはちょっと分からないです…。」
叔父「そうか…。
知らないか…。」
??
そう言って呟く叔父さんの顔が何故か嬉しそうだ。
叔父「それじゃあ、紫水君が本気でナニカと戦う姿を見た事があるかい?」
僕「さっき、叔父さんと戦っている時、初めて見ました!
二人とも本当に凄かったですねぇ!(笑)」
叔父「やっぱり…。」
??
叔父さんが益々嬉しそうな顔をしている。
僕「あの…。
何がそんなに嬉しいんですか?
顔がニヤついてますけど…。」
叔父「ニヤついてたかい?(笑)
そりゃそうだろうね(笑)
僕は今、凄くワクワクしてるんだよ(笑)」
駄目だ…。
この人の言っている事が分からない…。
叔父「恐らく、紫水君は本気で戦った事がない!(笑)」
?!
本気で戦った事がない?!
いや…さっき叔父さんと本気で…。
僕「さっきの戦いは本気でやった筈ですよ?
僕も今まで見た事が無い位の力を感じましたから。
あれは間違いなく、紫水さんの本気ですよ!」
叔父「いや、違うねぇ…。
あれは本気何かじゃないよ?」
僕「じゃあ紫水さんが手を抜いて叔父さんと戦ったと?
誰よりも叔父さんの力を知る紫水さんが?
そんな事、考えられませんよ?」
この叔父さんを前にして手を抜くなんて絶対に有り得ないと僕は確信していた。
叔父「うん!そうだね(笑)
彼は手を抜いてはいない。
間違いなく本気で挑んできた。」
はぁ…。
まただ…。
またこの人の言ってる事が分からない…。
本気では無かったと言っておきながら、手は抜いて無いと言う…。
おまけに本気で挑んできたって自分で言っているじゃないか!
僕は叔父さんの理解の出来ない言動の数々に少し不機嫌になっていた。
叔父「理解出来ずに、少し不機嫌になっているね?(笑)」
僕「叔父さんね言っている事があまりに理解できないので。」
叔父「ごめんごめん(笑)
どういう事かちゃんと説明するから(笑)」
僕「分かりました…。」
叔父「ただ…。
今から話す事は、紫水君には内緒だよ?
いいね?」
僕はゆっくりと頷いた。
叔父「彼は僕を探す為にこの道に進んだ。
それは大変だったと思うよ?
ただの幽霊や妖怪の類いを探すのとは訳が違うからねぇ…。
どんな人の元で、どんな修行をすれば僕に辿り着けるかも分からなかっただろうからね。
恐らく彼は、自分の耳にした術式なんかは全て修得したんじゃないかな…。
でもそれは並の事では無かった…。
一人が一つの宗派?って言うのかな?
それを修得するだけでも、何年、何十年かかると言われるだろ?
それを彼は一人で数多く修得した…。
彼の体も精神も極限まで追い詰められただろうね。
そこまでして僕を…。」
僕「それが原因で紫水さんの髪があぁなったのか…。」
叔父「そうだろうね…。
本当に悪い事をしたよ…。」
紫水さんは自分の体をそこまで酷使して叔父さんを探していたのか…。
叔父「でね?
ここからが本題なんだ(笑)」
先程までしんみりとしていた叔父さんが嬉しそうな顔で話し出す。
叔父「さっき紫水君と手合わせしただろ?
確かに…確かに強かった。
その辺のヤツらじゃ相手にならないだろうね(笑)
でもね?
弱いんだよ(笑)」
まただ…。
強いけど弱いって…。
叔父「僕は久しぶりに紫水君と会った時、僕の知る紫水君の他に、僕の知らない紫水君も感じとっていたんだよ。
だから手合わせの時、その僕の知らない紫水君の部分も見れるかな?って思ったんだ。
でも見られ無かった。」
叔父さんの知らない紫水さん?
どういう事なんだ??
叔父「分からないかい?
彼はまだ自分の持つ力を上手く使えていないんだよ。
彼自信、それに気付いていない(笑)
何がどう抑制させているのかは分からないけど、彼がそれを外した時…ね?(笑)」
?!
紫水さん自信が知らずに力を抑えている?!
それじゃ…。
僕「それって本当に本気で戦ったら、今の比じゃ無いって事ですか?!」
叔父「そう!!
そうなんだよ!(笑)
ワクワクしないかい?(笑)」
もしそうだとすれば…。
紫水さんの本気を見てみたい…。
叔父「だからね?
これから紫水君が、今の紫水君では倒せない相手と対峙した時…。
その時は何が有ってもしっかりとその戦いを見ておくんだよ?(笑)
紫水君の本気が見られるかも知れないからね(笑)」
…………………………………………………………………………………………
叔父さんはそう僕に言っていた。
紫水さん自信も知らない秘めたる力…。
本当にそんな物があるのだろうか?
もし本当にそんな力があったとしても、今のあの満身創痍の紫水さんに何が出来るんだろう…。
僕の目の前にいる紫水さんは、両腕から血を流し、立っているのがやっとの状態。
もし叔父さんの推測が間違っていたら…。
紫水さんはこのまま…。
僕は叔父さんの話が本当であって欲しいと思う反面、目の前の紫水さんに対し悲しみが込み上げていた。
その時…。
項垂れていた紫水さんが、ゆっくりと顔を上げ、鬼を見据えて微笑んだ。
作者かい
よ、読まれますか??(^^;