あの日から、俺は俺じゃ無くなった。
そう…。
蛍を失った…いや、蛍を俺の手で殺したあの日から…。
何もする気が起こらねぇ訳じゃねぇ。
逆に今まで以上に仕事をする様になった。
祓い屋の仕事を。
今までは、気が向いた時に依頼を受ける程度だったが、今は違う。
それこそ、一日に何件、何十件の依頼を受けた。
仕事に没頭し、気を紛らわせたかった訳じゃねぇ。
蛍に憑いた様なヤツラをこの世から全て消滅させてやりたかった。
知ってるか?
ヤツラにも憑く理由ってもんがあんだよ。
そりゃ無差別に憑きやがるヤツも中にはいるが、大半はちゃんと理由があんだよ。
裏切られたり、殺されたり、てな具合で、大抵の場合は憑かれた側に問題があるんだよ。
だから俺は、今までそういった理由のある依頼は受けなかった。
だってそうだろ?
裏切られて、殺されて、その無念を晴らす為に憑いてんだからよ?
むしろ応援してやりてぇ位だよ。
だが、今は違う…。
どんな理由があろうが、関係ねぇ。
俺の視界に入ったヤツは全て消してやるんだよ。
手当たり次第にな。
そうやって行く内に、俺は俺じゃ無くなっていった…。
今日も数件の依頼を終え、疲れきった身体で帰宅する。
ソファーに座り、煙草に火を着ける。
♪♪♪〜。
電話がなる。
匠「もしもし…。」
トメ「ヒヨっ子か?
お前最近どうしとる?」
匠「どうもこうも、普通だよ、普通!」
トメ「そうか…。
ならいいんじゃが…。
蛍の件で、かなり憔悴しとるんじゃなかろうか。と思っての。」
匠「蛍?蛍が何だって?えぇ!ババア!」
トメ「やはりか…」
匠「うるせぇんだよ!いつまでもヒヨっ子、ヒヨっ子ってよぉ!」
俺はそういうと電話を放り投げた。
俺は何もかもにイライラしていた。
本当に消してやりてぇのは俺自身…。
蛍を助けてやる事が出来なかった俺自身だ…。
そうやって荒れた生活を繰り返していた俺の身体に異変が起き始めた。
何だこれ?
左肩のアザが濃くなってやがる…。
長く時間はかかっていたものの、左肩のアザは日に日に薄くなっていた。
筈…。
それが段々と濃くなり始め、痛む頻度が増して来た。
そういやあの時も…。
蛍をこの手にかける時も傷みやがったなぁ。
このアザは、あの山で俺の中に宿った者と、ババアが俺に宿した神とが、俺の中で争っている証らしい。
俺のアザが薄くなっていたのは、神が優勢で徐々に浄化が始まっていたからだ。
それが濃くなり、痛みを伴う様になって来た。
答えは一つ…。
神が力及ばず、ヤツに侵食されて来てるって事だ。
俺も遂に化け物か?
ミイラ取りがミイラかよ?
洒落にもなんねぇな…。
そんな事を考えている内に俺は眠りについた。
ん…?
不意に目が覚めた。
周りは真っ暗だ。
何だ?ここは?
俺はゆっくりと身体を起こす。
周りは真っ暗で何も見えない。
夢だと思った俺は、そのままボ―っとしていた。
ん?明かり?
暗闇の先に、少し明かりが見える。
俺は明かりに向かって歩き出した。
そこには、暗闇のなかにぽっかりと小窓程の空間が拡がっていた。
明かりはその外から射し込んでいる。
俺はその空間から外を覗く。
覗いた先の光景が、俺には全く理解出来なかった。
真っ暗な山中。
山の上を目指し、石段を登る何者か。
その光景が、まるで石段を登る何者かの視野の様に俺の目に飛び込んできた。
なんだ?こいつは誰だ?
そんで俺はこれを何処で見てんだ?
俺がそんな事を考えている間にも、何者かはどんどん歩を進め、遂に石段を登りきった。
何者かの視界。恐らく俺の視界でもあるだろうそこに鳥居が見えた。
神社か?
俺はそう思い、外を注意深く観察する。
鳥居の先に社の様な物が見える。
その陰…。
明らかに敵意剥き出しの、この世の者では無いモノがいる。
ヤツはこっちに気付いている…。
社の陰からゆっくりと此方に向かい、動き出している。
と、石段を登っていた何者かの視線がそのモノにピントを合わせた。
その瞬間。
何者かはそのモノに駆け寄り、右手で深々と胸を貫いた。
まさに一瞬の出来事だった。
何者かに胸を貫かれ、徐々に消滅していくモノ。
完全に消滅すると何者かはゆっくりと歩き出し、社裏に回る。
社裏には小さな池があり、何者かはその池を覗きこんだ。
?!
池の水に映し出された何者かの顔…。
それは紛れもなく、俺自身…。
しかもその顔は嗤っていた…。
そこで俺は意識を失う。
separator
二人の腕試しが終わってもう10日。
まだ匠という術者は現れない。
二人共、大分傷が癒えた様で、最近は頻繁に裏山へと姿を消していく。
僕は着いてくるなと言われているので、山へは行かないが、二人が山へ上がって暫くすると、いつも空気が張り詰める感覚がする。
恐らく、互いを更に高める為、修行の様な事をしているのだろう。
僕は僕で、何もしていない訳じゃない。
この10日で、漬け物屋のカイ君として住民の方から親しまれる様になった。
僕「はぁ〜。
僕は何をしてるんだろう…。」
トメ「なんじゃ?
漬け物屋が嫌なのかえ?(笑)」
僕「いや、そういう訳じゃないんですけど、僕にも何か出来る事が…」
ジリリリ!
僕がそこまで話した時、不意に電話がなった。
トメ「もしもし…。
なんじゃ?お主?
ふんふん…。
そうか…。」
サクラさんは暗い感じで電話を切った。
その後は何か考え事をしている様で、僕が話し掛けても何処か上の空だった。
その夜。
四人で夕食中に突然、サクラさんが切り出した。
トメ「恐らく…。
もう手遅れじゃ…。」
紫水「手遅れ…ですか?」
トメ「あぁ…。
昼間、匠に依頼者を紹介しとるゲンと名乗る者から電話があっての。」
昼間のあの電話の事だ!
トメ「匠が姿を消したそうじゃ…。
恐らくここへも来んじゃろ…。」
葵「そうですか…。
姿を消したとなると少し厄介ですね…。」
トメ「匠が何を考えとるか分からん…。
今も匠の人格を保っとるかも分からん。
だが、もし匠がまだ自分を持っておるとするなら、一つだけ行き先に心辺りがある。
お主らは、明日の朝にでもそこへ迎え。」
紫水「そうですね。
時間がありません。
明日の朝、ここを経つことにしましょう。」
トメ「カイ。
お前はここで二人とは別れるんじゃ。」
?!
僕「そんな!
ここまで来て僕だけ帰るだなんて!
僕なら大丈夫です!
何とか自分の身は自分で守ります!」
トメ「たわけが!
ここから先、お主は二人にとってただの邪魔者じゃ!
お主がいる事によって二人は足枷をはめとる様なもんじゃ!
分からんのか!」
紫水「さ、サクラさん…。
何もそこまで言わずとも…。」
葵「いや、ここはカイさんの為にもはっきりしておいた方がいい。
カイさん?
今、サクラさんが言われた事は事実。
ここから先、何の力も持たない人間に出る幕はありません。
お帰り下さい。」
僕「…………………………。
分かりました。」
紫水「カイさん…。」
トメ「その方がええ。
お主も明日の朝、ここを経て。」
僕「いえ。
僕は今すぐここを経ちます。」
どうしてこんな事を言ったのだろう。
自分だけ除け者にされたから?
いや、いずれこうなる事は分かっていた。
ただ…。
何となく寂しかった…。
それだけだ…。
僕はすぐに荷物をまとめ、三人への挨拶もそこそこに家を飛び出した。
勢いで家を飛び出した僕だったが、勿論、行く宛は無い。
有給もまだたっぷり残っているし、それにこの状況で仕事何てする気は起こらない。
僕「よし!
せっかくだから一人でゆっくり温泉にでも浸かろう。」
そう考えた僕は、宛も無く電車を乗り継ぎ、あちこちを散策し辿り着いた一軒の宿に泊まる事にした。
そこは山に囲まれ、川の流れる音が凄く心地の良い、正に癒しの空間だった。
僕はチェックインを済ませると辺りを散策する為、宿を後にする。
普段は目に付かない道端に咲く小さな花も、この時は凄く健気で綺麗に感じた。
そうこうしている間に僕は、大分と山奥へ来てしまっていた。
まぁ、道は一本道だし、迷う事は無いな。
そう思いながら更に歩を進めると、右手に鳥居が見えてきた。
僕は何も考えず、その鳥居をくぐる。
暫く歩くと本殿?らしい物が視界に入った。
?!
その瞬間、僕は歩みを止めた。
いや、正確にはその場から動けなくなっていた。
さっきまでは確かにそこには誰も居なかった。
突然…。
突然、僕の目の前に黒い着物を着た女性が姿を現した。
この世のモノでは無い…。
僕は一目でそう悟った。
その女性は鼻から下が欠損しており、そこからはボタボタと血が滴り落ちている。
にまにまと不気味な笑みを浮かべながら僕を見ている女性。
僕の体は動かない。
徐々に近付いてくる女性。
頭では、今すぐに此処を離れなければいけない事は分かっている。
だが、体は動かない…。
女性が近付くにつれ、鉄臭い血の匂いが鼻をつく。
怖い…。
僕は恐怖で涙を流していた。
いよいよ女性が僕の眼前に迫った時、ゴボゴボと音が聞こえる。
欠損していて良くは分からないが、女性が何かを言っている。
そして女性はゆっくりと僕の首に手をかけた。
??「おいおいおい…。
何してんだ?お前。」
一瞬、女性の体がビクッとした様に感じた。
僕の首に手をかける女性。
その後ろにいつの間にか一人の男性がいた。
どうやらこの男性にも女性の姿が見えているらしく、先程のセリフは女性に向けられた物のようだ。
??「お前まさかそいつを殺そうとしてねぇよな?
聞いてんのか?
俺の前で人を殺すつもりじゃねぇよなって聞いてんだよ!」
目の前にいる初めて見る男性。
女性に対して明らかに怒りを露にしている。
しかも…この空気が張り詰めていく感じ…。
僕は言葉を発したかったが恐怖のせいなのか上手く言葉が出ない。
それでも何とか力を振り絞り、言葉を発し様とした瞬間、もの凄い早さで女性が男性の方を向いた。
??「気持ちのわりぃ面しやがって…。」
男性はそう言うと、人差し指で軽く女性の腕を撫でた。
女性「ギッ…。」
途端、女性が悲鳴の様な物をあげた。
ボトっ。
?!
指で撫でた部分が、地面に落ち消えてく。
こ、この人、今何を?!
??「いてぇか?
いてぇだろ?
お前らに肉体はねぇ。
いくら物理的な攻撃を仕掛けた所でお前らには痛くも痒くもねぇだろうよ。
だがな?
幽体なら痛みは感じんだよ。
まぁ、普通の人間には幽体に攻撃を加えるなんて芸当は無理だが、俺には出来る。
お前らに苦痛を与えて消し去る事位、簡単なんだよ。」
男性はそう言いながら反対の腕も指で撫でた。
女性「ギィ!!」
??「面も気持ち悪けりゃ悲鳴も気持ちわりぃな!」
そう言うと次は腰の部分を撫でる。
女性「ギギギ…。」
女性の体は上半身と下半身に分かれ、地面に崩れ落ちる。
な、何だこの人…。
僕を助けてくれている筈なのに…。
こ、怖い…。
僕は目の前に現れた、まるで殺す事を楽しんでいるかの様なこの男性に言い知れぬ恐怖を感じていた。
??「幽体ごときがウロチョロしてんじゃねぇ!」
男性が叫ぶと空気が震え、目の前の女性が一瞬にして消滅していった。
??「ったくよぉ…。
おい。
お前、もう大丈夫だ。」
僕「あ、ありがとうございます!」
先程とは違い、すんなりと声が出た。
僕「危ない所を本当にありがとうございます。」
??「いや、別に構わねぇよ。
俺はああいう輩が嫌いなだけだ。
それよりお前、面白い気を持ってるな?
それじゃ僕に取り憑いて下さい。って言ってる様なもんじゃねぇか(笑)」
僕「そ、それ前にも言われた事があります…。
善くないモノを引き寄せやすいって…。」
??「へぇ?
お前、そういう事に詳しい知り合いでもいんのか?」
僕「は、はい。
三人程…。」
??「そうか(笑)
なら安心じゃねぇか。
で?お前名前は?」
僕「あっ!
すいません!
僕はカイと言います。
宜しくお願いします。
あ、あのお名前は?」
??「俺か?
俺の名前何てどうでもいいよ。
まぁ、俺もお前の気に寄って来た善くないモノって所か?(笑)」
僕「善くないモノだなんてとんでもないですよ!」
その後、他愛ない話を暫く続け、男性が泊まる宿を探していると聞いた僕は、自分の泊まる宿を紹介する為、二人で山を降りた。
この時僕は、この男性こそが、僕達が探している術者だとはまだ気付いていなかった。
作者かい
匠!