大学一回生の終わりに進級を控えたある日、私がキャンパス内を歩いていると、絹を引き裂くような悲鳴が轟きました。
痴漢か!?引ったくりか!?
私が咄嗟に身構えて辺りを見回すと、周辺の人は揃って上を指差しています。
指差す方を見上げると、ロングヘアーの女性が、校舎の屋上の縁に佇んでいて、今にも飛び降りそうでした。
き、救急車……いや、消防車!!
私は素早く携帯を取り出して、119番通報しようとすると、ガシッと肩を掴まれました。
「行くよ!!」
訳も分からないまま、強引に腕を引かれる私が、前に体勢を向けると、見慣れた後頭部がありました。
「A子!!」
私はA子と共に、屋上へと到着すると、女性が虚ろな目をして前を見据えています。
「ちょっとアンタ!!何してんのよ!?」
ズンズンと女性に歩み寄るA子に気づき、女性が長い髪を振り乱しながら半狂乱で叫びました。
「来ないで!!来ないでよぉぉぉ!!」
女性の制止も聞かず、A子はどんどん近寄って行きます。
「自分が今、何しようとしてるか言ってみな!!」
A子の怒号が女性に投げつけられます。
「関係ないでしょ!!放っといてよ!!」
「こんだけ騒がせといて放っとける訳ないでしょうが!!」
女性の慟哭に似た絶叫を、A子のカラオケで鍛えた声量が掻き消します。
その瞬間、女性はビクッと身を震わせて、固まりました。
A子の迫力に、女性は叱られた子供のように大人しくなります。
「……アンタがどうしても飛ぶってのなら、別に構わないけど、せっかくだから話してみなよ?」
先ほどとは打って変わって穏やかな声で話しかけるA子に、女性はゆっくりと身の上を語り始めました。
長年付き合っていた彼氏に一方的に棄てられ、就職先からはお祈りメールの嵐、救いを求めて入った新興宗教には搾取されて借金の山、もう全てがバカらしくなった……。
死ぬ理由のフルコンボみたいな話を聞いて、私もドン引きしてしまい、言葉を失いました。
「あのさ……良かったんじゃん?」
頭を掻きながら、A子がとんちんかんな言葉を吐くのを聞いて、私の時間が止まりました。
「ど…何処が良いのよ!?あなたに私の気持ちなんて」
「分かんないよ!!アタシはアンタじゃないもん!!」
開き直りのような言葉に、私は呆気に取られました。
「アンタは男に棄てられたって言ってるけど、そんなバカと手っ取り早く縁が切れて良かったじゃん?」
A子は常人と一味違う論理をまくし立て始めました。
「就職先だってそうだよ。ホントにアンタがやりたい仕事だった?アンタに向いてる仕事だったの?」
超理論を展開するA子は、さらに拍車が掛かります。
「アンタがすがった宗教だって、アンタが選んだんじゃん?クソみたいな宗教だって気づくまでは、ちょっとは救われてたんじゃないの?」
言葉のクセが強すぎるよ?
そんな私の心配など毛ほどにも気にせず、A子は続けます。
「借金だって、結局アンタが好きで作ったんじゃん?死ぬ暇があったら一円でも返しなよ!死ぬ気があるなら何でも出来るでしょ?」
そして、A子が止めの一言を放ちました。
「死んだら全部から逃げられるなんて甘いこと考えてんじゃないよ!!」
核心を突かれたのか、女性はその場に崩れ落ちました。
その隙に、A子がダッシュで駆け寄り、女性を確保しました。
私もA子と一緒に女性の体を支えました。
「大丈夫ですか?」
女性の体は冷たく冷えていたので、私のコートを貸しました。
A子は女性の体を擦りながら、何やらブツブツ呟いて、背中にフワリと何かを乗せるようなアクションをしました。
「いい?アンタが悩んだ時は、もう一度、別の視点で自分を見つめ直してみて……幸せな他人なんかと比べちゃダメ!!アンタはアンタの人生しか生きられないんだからさ」
何だかA子らしくない、いいことを言うA子に、私は驚きましたが、女性は涙ながらに何度もA子にお礼を言っていました。
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騒動が無事解決し、何故か私の家でお祝い的なことをしているのに、違和感を覚えましたが、今日は良しとしました。
「今日は大活躍だったね!見直したよ」
私の労いの言葉に、A子が不満そうにむくれます。
「何よ……それじゃ、アタシがいつもダメみたいじゃん!!」
それは気づくんだ……。
「A子、あの時、あの人に何かしたでしょ?」
ヤバいと感じた私が、さりげなく話題を変えると、A子は「あぁ」と思い出したかのように話しました。
「指導霊を交代させたんだよ」
「指導霊?」
私が首をかしげると、A子が答えてくれました。
「指導霊は人生の岐路で、道を示す守護霊だよ……コイツがボンクラだと、失敗する方に導かれるんだ……でも、あの子には優秀な指導霊をつけといたから、もうあんなバカなことはしないと思うよ」
守護霊をコイツ呼ばわりするんだ……。
「でもまぁ、失敗なんて見方一つでどうとでもなるモンだからさ……幸せと同じだね」
「幸せか……」
いつになく哲学染みたA子に、ホントにA子か猜疑心が芽生えていると、A子が焼酎を一気に煽って言いました。
「孤独な金持ちと沢山の仲間がいる貧乏人……どっちが幸せだと思う?」
唐突な質問に、私は言葉を詰まらせました。
「価値観は人それぞれ、幸せだって人によるんだよ……だから、他人と自分を比べたところで、自分が幸せなのか不幸なのか考えるなんてナッシングだよ」
「ナンセンス……だね」
「そう!それ!!」
焼き鳥の串を私に向けるなし!!
「誰だって自分にないモノを持ってる人は羨ましいもんね」
「ないモンはないんだから仕方ないじゃん?それより今あるものでどうやって自分が幸せになれるかを考えた方が早いからね」
「そう……だね」
まさか、A子に人生を説かれるとは……。
私が自分に引いていると、A子が赤ら顔で何杯目かの焼酎を飲み干して、ニンマリ笑って言いました。
「アタシはアンタと酒が呑めれば幸せなんだぁ♪」
安い幸せだね……。
上機嫌のA子を横目に、私もそうかも……なんて少しだけ思ったのは、また別の話です。
作者ろっこめ
最後のストック放出です。
これから新作を書こうと思います。
(まだ書いてなかった)
誰かネタください。