俺は犬の散歩から帰ると、しっかり忘れずに戸締まりをした。この辺りも物騒になってきた。
ここ最近、通り魔殺人事件が多発しているのだ。
それも刺殺や撲殺といった話ではない。
被害者はみな体の一部を喰われているのである。
こんな町中で獣の仕業な訳も無く、動物の毛も着いておらず歯形も確かに人間であったという。
『カニバリズム』
人間が人間を喰らう。
世界にはそういった民族もかつて存在していたそうだし、危ないクスリで『そういう事』をするようになってしまった人の話も聞いた事がある。
でも、こんな身近にそんな奴がいるんだなんて。
……人間を食うっていうのは一体どんな感じなのだろう。
わざわざ危険を犯してまで食おうと思うってことは
「人間って旨いのかな?」
独り言を呟いた。腹の音がなった。
……俺は、
…何か忘れてるような。
あつ!家の鍵はかけたけど、チェーンをしてないままだった。危ない危ない。
よくやっちゃうんだよなー。
まあでも、通り魔なんてものはわざわざ家の中まで入って来たりはしないものなのだろう。
万が一寝ている時に入ってきても、家にはお利口な番犬がいる。
お利口すぎて全然吠えないのが少し心配だけど。
愛犬のタローをチラと見る。そろそろ餌をあげる時間か。
俺はソファから立ち上がり、餌を取りに棚へ……
あれ?餌は何処にあったっけ?最近ホントに記憶力が衰えている気がする。
というか、記憶が抜け落ちてる?
探すのも面倒だし、近くのコンビニで買って来るか。
俺も少し腹が減ってるし、なんか食ってくるか。
また、腹の音がした。
「タロー、ちょっと待ってろよー」
俺は家から出て鍵を閉めると、扉の前に古新聞が沢山入って重い段ボール箱を置いた。
これで扉を開けるのも一苦労だ。
……あれ?なんで俺はこんなことしたんだ?
まあ、……戸締まりは大事だよな。
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・・・・・・
・・・
・
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「よいしょっと。」
重い段ボールをのけて家に入る。
段ボールが動いてない。つまり何者も扉を開けてないってことだ。よかった。
鍵を閉めて、今度はちゃんとチェーンもかけた。
俺は食べ終わった肉の骨をごみ箱に捨てると、ソファに座ってくつろぐ。
……うーん、何か忘れてるような。
外からサイレンの音が聞こえる。
また、通り魔か?
その時、
ドンッ、ドンッ、ドンッ
扉を激しく叩く音が
ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ
「ワォーンッ!ワォーン!」
タローの声も聞こえる!
誰だッ!?何なんだっ!?
パトカーのサイレンが鳴り響いている。
警察!?
俺は慌てて玄関へ走った。
・・・・・・
・・・
・
……タローが、その真っ黒い巨体で、玄関の扉に体当たりをしていた。
何度も、何度も、何度も…
ドンッ、ドンッ、ドンッ、
掛けていた鍵は解除されてある。しかし、チェーンによって扉は完全には開かない。
「ワォーンッ、ワォーmnん、ヴぁーnぉん…」
二本の後ろ足で立って、何度も、何度も、体当たりをしている。
……全部思い出した。
チェーンを閉めないといけない理由も。
ドンッ、ドンッ、ドンッ
外からはどけられる段ボールを扉前に置くようになった理由も。
ドンッ、ドンッ、ドンッ、
タローが全く吠えない、口を開けない理由も。
ドンッ、…………
何で忘れてしまうのか全く分からない。恐怖からなのか。呪いや魔力の類いなのか。
俺は、いつから、こんなモノを飼ってたんだっけ。
タローがゆっくりこっちを振り向こうとする。
ああ、最後に思い出した。
俺が今さっき忘れていたのは、
タローへの餌やりだ。
振り返ったタローはとても器用なことに、ニヤケたような顔をしていた。
そしてゆっくり口を開け、近付いて来る。
その口には、
どう見ても人間のものにしか見えない歯が、
びっしりと生え揃っていた。
「もしもーし!大丈夫ですかー!」
外からは警察の声が聞こえる。
タローが寄ってくる。
口からは大量の唾液が溢れ、
歩いてくるたびに辺りに撒き散らす。
こちらを見る目が、黒々とひかってるきがした。
にげたい。
でも、おれの体はうごいてくれない。こえすらもでない。
(はあ、フライドチキンが最後の晩餐になるとはなあ。)と、
きをまぎらわすくらいしかできなかった。
作者和一
犯罪はどこで起こるか分からない。
「こんな道、通り魔は、とおりません!」
とか、思ってたらだめですよ。(80点といった所か…)