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夜の卵【ウシロノショウメン】

中編5
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夜の卵【ウシロノショウメン】

「こんばんは」

不意に後ろから、声をかけられ、はっとして女は振り向いた。

今夜は、誰もこの店を訪ねるものがおらず、早々に店を畳んでいた時のことだった。

気配がすれば、すぐに女には分かるはずだ。

それなのに、気配を消して、その女のすぐ後ろに立つことのできる者は限られている。

女は盛大に舌打ちをした。

「そういう態度はよくないな。せっかくの美しい顔が台無しだよ?」

そう言うと、との少年はクスクスと笑った。

矢田クロード。恐ろしく整った美しい顔には、闇よりも黒い漆黒の瞳。

「大きなお世話だよ。矢田の者が、何の用だい。」

笑ってはいるが、その瞳はどの闇よりも黒く、微動だにしない。

「うちの上の者から言われて来たんですよ。」

「八咫烏が何を言ってるっていうんだい。」

少年は、その黒い瞳をすいっと細めて、女を見つめた。

「あまり現世(うつしよ)に干渉しないほうがいいんじゃないかな。派手に動かれると、世界が動いてしまう。」

女はフン、と鼻をならした。

「大層なことをお言いでないよ。たかが卵を現世の者に渡したくらいで。」

少年はさらに、目を細めて言った。

「あなたが渡している卵は願いをかなえるには、対価が大きすぎる。邪悪な卵だ。」

女は、その言葉に、堰を切ったように笑い始めた。

「あはははは、何を言うかと思えば。あんたらこそ、黄泉先案内人のくせに。死を望む者は、躊躇なく黄泉の国へ誘うそうじゃないか。」

「望まない対価を与えるよりはマシだと思うけどね。」

少年は冷たく笑う。

「とにかく、あんたらにとやかく言われる筋合いは無いね。関係ないだろ。」

そう女が言い捨てて、背を向けると、

「関係ないことはないでしょ。元々は同じ一族なんだし。」

と言われ、女は少年を睨みつけた。

「違うね。あんたらと一緒にしないでおくれ。あたしは、あの一族とは、もう何の関係もないんだから。」

そう、あの忌まわしい一族とはきっぱり縁を切ったのだ。

インガメという血の儀式を行い、呪詛を生業にしていた犬神の一族。

物の怪と揶揄されながらも生きてきた。

特に、女の呪詛は、大きな力を持っており、恐れられていた。

しかし、女にも、愛する人ができた。その男は、女を恐れたり差別することなく、女は心を動かされた。

しかし、それは偽りの愛であった。

同じ犬神の一族であることを隠して、男は近づいて、女を騙して呪詛をかけた。

現世での女の体は滅びたが、あまりの強大な力を持った女は、強い恨みの思念とともに、現世と黄泉の国の狭間に居座ることができたのだ。

「ところで、あたしを解いたあの小娘はどうしたんだい?」

女は、直々に矢田クロードが来たことを疑問に思った。

「アリアドネはいたずらが過ぎて、母の監視下に置かれています。」

「いい気味だね。」

フンと女は鼻を鳴らした。

「実は、あなたが解かれたときに、織姫があなたを紡いで編みなおして現世に送られることが決まっていたんです。だが、あなたの糸はそれを拒んだ。あなたの使役している、あの幼女の強い思いが、彼女の体内にあなたの糸を導いてしまったんですね。」

佳代子のことだ。生贄にされた哀れな幼女を、女は拾った。そして、蟲として使役し、穢れを食べさせて卵を産む。佳代子も愚かな人間の犠牲になった哀れな子供。女は自分の幼い頃と佳代子を重ねてみていたのだ。

「あなたは、恋人が自分を裏切ったと思っているが、それは違う。」

クロードの言葉に耳を疑った。

「何を言ってるんだい。あの男は私を騙して。」

「彼は、確かに犬神の一族だったが、あなたを助けようとしていたんです。しかし、それができなかった。彼もその時に、命を落としているのです。」

女は知らなかった。道理で恨みを晴らそうと探しても居ないはずだ。

恨みを晴らす相手も見つからずに、女は次元の狭間を彷徨っていたのだ。

そんな時に、卵を宿す蟲を見つけた。穢れを、現世に溢れさせて、滅んでしまえと思った。

蟲は意思を持たなかった。貪欲にどんな穢れも飲み込むが、所詮蟲であり、女にとって道具でしかなかった。

しかし、その蟲に佳代子という魂が宿ったのだ。

「だから、もうあなたは、穢れを産むことをやめなければならない。」

クロードにそう諭されるも、女は首を横に振る。

今更、元には戻れない。

佳代子には、私がいなければならないのだ。

佳代子は、穢れを食さなければ生きられない、私が居ないと生きていけない。

佳代子と共に、生きると決めたのだ。

「仕方ない。では、あなたを葬るしかありませんね。」

クロードは、静かに目を閉じて、指を交差させ、印を結び始めた。

「まどろっこしいねえ、そんな業は!」

そう女が叫ぶと、クロードに手のひらを向け、手のひらからは黒く渦巻くシキが一直線に彼を攻撃した。

クロードに当たった衝撃で、眩い光を放ったかと思ったら、クロードだったそれは、一瞬にして姿を消し、漆黒の羽の塊と化し、空一面に舞い上がった。空を覆った漆黒の濡れ羽は、やがてまた一つの塊となり、女を包み込んでしまった。

女は羽に覆われて、息ができなくなってしまった。

やはり、こやつは、あの小娘のように式神ではない。只者ではない。

所詮、次元の狭間で生きるには、安定しないこの体は、淘汰されてしまうのか。

「やめてーーーー!」

佳代子が、帰ってきたのだ。佳代子は、夜の穢れを食して新たな卵を産むために徘徊していたのだが、主人の危機を察知してか、帰ってきてしまった。

「主様を殺さないでください!お願いします!」

佳代子は泣いて、クロードに縋った。

クロードは溜息をついて、印を結ぶのをやめた。

すると、今まで締め付けていた漆黒の羽が嘘のようにほどけて、中から女が現れた。

ぐったりとした卵売りの女に、佳代子が寄り添ってわんわん泣いている。

「今回は、その子に免じて、あなたを葬るのはやめておきます。ただし、これ以上、あなたが派手に動けば、僕も庇いきれませんよ。あまり派手に動くと、各地に点在している、忍びが動き、世界が動きます。そうなれば僕も黙っていられなくなりますよ。」

そう言い捨てると、クロードは、暗闇へと消えていった。

「主様、良かった!佳代子を一人にしないでくださいね。」

弱った女に、佳代子は三日三晩寄り添って介抱し、ようやく女は回復した。

矢田クロード。恐るべき力を持った、八咫烏の末裔。

忍びが動くとは、どういうことなのか。女には理解できなかった。

しかし、女には、今までの考えを変えるつもりは毛頭無かった。

どうせ一度は滅んだ身。

やりたいようにやるだけさ。

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