こんなどんよりした天気の日には、いつもよりもランドセルが重く感じる。
僕は、河川敷を歩いて、水面に映った自分の姿を見て、はあっと溜息をついた。
見れば見るほど、僕は醜い。新学期も始まって間もなく、僕は宇宙人というあだ名をつけられた。
おでこが広くて、頭が大きく、目はアーモンド形に吊りあがっているからだ。
クラスに一人はいる、悪ガキにみんなの前で容姿を笑われた。どちらかと言えば、僕は父さんに似ているが、父さんも幼い頃、こんな感じだったのだろうか。しかし、父さんは僕のようにチビではなくて、背が高く、がっちりしているので、きっとこんな風に容姿をからかわれて苛められることはなかったのだろうな。
父さんは、学校の先生で、よその小学校に勤務している。教師の息子である僕の成績はといえば、それはさんざんなものだった。容姿ばかりでなく、他でも人より劣っているような気がして、絶望的な気分になる。母さんに似れば、多少はマシだったのだろうか。そんなことを考えてしまう自分に対しても、自己嫌悪を感じてしまう。
僕は、家に帰り、悩みを打ち明けた。両親は、気にすることは無い、容姿など大人になれば変わるし、身長も父さんに似れば、きっと高くなる。学力も、人より優れなくてもいいんだよ、と優しく諭してくれた。大事なのは、好きなことを頑張ること。あなたはやればできる子と、母が優しく微笑んだ。
僕は、嘘だと思った。頑張ったって、どうにもならないことは、この世にたくさんあるのだ。
学校帰り、今日も苛めっ子にさんざんとからかわれて、憂鬱な気分のまま、家路を歩く。憂さ晴らしに小石を蹴ると、水が撥ねて、川に吸い込まれた。と、その時、不意に後ろから物凄い勢いで、被っていた帽子がひらりと頭から離れた。
「よう、宇宙人。帽子被って、おでこを隠したつもりか?お前のこと、みんな宇宙人だって知ってるんだから、無駄なことはやめろ。」
そんな、わけのわからない言いがかりをつけて、苛めっ子は、僕の帽子を指でくるくる回して弄びながら、ニヤニヤ笑っていた。
「...か、返して、帽子...。」
僕は、そいつに近づいて、帽子を取りかえそうとすると、そいつはヒョイと避けて、僕は前のめりによろけてしまった。その様子を見ていて、周りの腰ぎんちゃくたちが笑った。
「返してほしけりゃ、取り返してみろよ。」
そう言いながら、河川敷を走り出した。
僕は、そいつらを追いかけながら、泣きそうな顔で、返してと繰り返す。頭が痛い。キリキリする。
「やーい、弱虫!弱虫宇宙人ー。」
そう囃し立てながらも、笑いながら、僕の帽子を仲間に投げた。
僕は、今度こそ取り返そうと、そっちのほうに手を伸ばす。
すると、そいつはまた仲間に帽子を投げ渡す。頭が痛い。キリキリキリキリ。
僕が頭をかかえると、一番ボスの苛めっ子がけらけら笑い出した。
「なんだよ、泣いてんのか?弱ええええ。名前と大違いだな!」
違う、泣いてなんかいない。頭が痛むんだ。キリキリキリキリキリキリキリキリ。
帽子はまた、他の仲間に投げられた。
「返して、返してよ、僕の帽子。」
すると、その帽子をパスされた仲間は、またボスに投げ返す。
頭が痛む。キリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリ。
「....返せええええええええええ!」
僕は今まで出したことのないような、声が自分の口から出たことに驚いた。
そして、何よりも、僕の咆哮に、ボスと腰ぎんちゃくの仲間達も驚いて、一瞬静かになった。
「な、なんだよ。お前なんて怖くないからな。」
そう言うと、ボスは僕の胸を突き飛ばそうとした。
頭が、頭が、頭がああああああああ。キリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリキリ。
気がつくと、僕の目の前は真っ赤になっていた。地面には夥しい、真っ赤な血が流れており、四人の少年達がぐったりと、微動だにせず、倒れていたのだ。
あるものは、腕から骨が飛び出し、あるものは、足首があらぬ方向に曲がっていた。
そして、ボスは、体はうつぶせているにも関わらず、顔は仰向けになっており、泡を吹いて白目をむいていた。
僕は自分の手を見た。血まみれだ。
これを、僕がやったというのか。記憶は全く無い。僕は怖くなり、急いでその場を離れた。
僕は、ひた走った。早く、あの現実か夢かわからない目の前の惨状から逃げたかったのだ。
家に帰ると、血まみれの僕を見て、両親は目を見張った。
「僕、僕、苛めっ子を....。」
そう言い終わる前に、両親が
「おめでとう」
と満面の笑顔を浮かべた。
「とうとう、あなたも目覚めたのね、桃太郎。」
その名で呼ばれるのは好きではなかった。名前のことでも、さんざんからかわれた。
でも、何故おめでとうなの?
「どこでやったんだ?父さんがちゃんと始末してくるから心配ない。さあ、早くシャワーを浴びなさい。」
僕が河川敷だと教えると、この時期、まだ草刈がされていないので、丁度良かったと、父さんは急いでその場所へ向かった。
「母さん、どういうこと?何がおめでたいの?僕は人を殺してしまった。」
僕が俯くと、母は僕の肩を抱いて言った。
「今まで、黙ってたけど、あなたはハーフなの。」
「ハーフ?お父さんかお母さんが外国人なの?」
「ううん、あなたは鬼と人間のハーフなの。お父さんは、鬼なのよ。」
「鬼?」
どう見ても、父さんは普通の人間にしか見えない。
「鏡を見てごらんなさい。」
僕は、鏡を見て、驚いた。今までの宇宙人みたいだった僕は、そこにはおらず、アーモンド形の目は、するどく釣りあがり、口は耳元まで裂け、おでこからは角が二本生えていた。
「今は、あなたは、その姿を制御するのは難しいけど、気持ちが落ち着けば元に戻るわ。大人になるにつれて、自分で自由に制御できるようになるから安心して。」
まったく、母の言うことは、荒唐無稽で理解できない。しかし、今の僕の姿は、まさに、鬼そのものだ。
「昔話の桃太郎が正義の味方というのは、嘘なのよ。」
唐突に母はそんな話を始めた。
「昔、昔、桃太郎というならずものの男がいました。男の両親は年老いていて、桃太郎に、お前は桃から生まれてきたのだというような荒唐無稽な話を吹き込み、ろくに働きもせず、酒ばかり喰らい、桃太郎の世話をろくろく見ずに、とうとう桃太郎は悪さばかりするようになり、
村の人に咎められれば、今度は、沖の島に住む、鬼族の姿を真似て、村を荒らすようになりました。手下は、犬のように吼えてばかりの男と、サルのように狡猾で顔が真っ赤な男、そして女物の着物で着飾っている雉のような、歌舞伎者の男。
桃太郎は、村を荒らして、村の財がなくなると、今度は、鬼退治をすると言って、沖の島の鬼族の住む島に渡り、鬼族から、金銀財宝を巻き上げたの。鬼続は、手先が器用で、細工された財宝を売って生計をたてていたのよ。
鬼族は、心優しい人たちばかりで、抵抗することを知らずに、死んでいってしまった。本当はとてつもない、力を持っていながら。」
「それじゃあ、どうして、僕に桃太郎なんて名前をつけたの?」
「あなたには、本物の正義の味方になって欲しかったからよ。さあ、これからは、私達の世界が始まるの。」
母は夢見るような瞳で僕を見たが、いまひとつ、僕には理解できない。
しばらくして、父さんが帰ってきた。
車のトランクから、ブルーシートに包まれた何か重い荷物を引っ張り出して、庭に穴を掘って埋めていた。
ああ、きっとあれは僕が殺した、あの四人なのだろう。
なにもかもが悪夢のようだ。
きっとそうなのだ。明日の朝になれば、きっとこれは全て夢だったはず。
次の日の朝、テレビでは、あの四人が行方不明になったことを告げるニュースが流れていた。
ああ、夢ではなかったのか。
頭が痛む。キリキリキリキリキリキリキリキリ。頭を押さえると、僕の手のひらを二本の角が押し上げてきた。
その日の夜、ザクザクと何かを掘る音で、僕は目が覚めた。
二階の窓から、カーテンを開け、外を覗くと、あの四人を埋めたあたりで誰かが庭の土を掘り返している。大変だ。あそこには死体が埋まっているのだ。僕はこちらを気付かれないように、部屋の電気を点けずに、外の様子を月明かりだけで目を凝らして覗いた。
「父さん?」
庭を掘り返しているのは、父さんだった。心なしか月夜に照らされた顔は、目が釣りあがり、口も耳元まで裂け、おでこからは角が生えているように見えた。鬼だ。
せっかく埋めたのに、掘り返しては、あの四人を僕が殺してしまったことがバレてしまうではないか。
父さんは、何を考えているんだろう。すると、とうさんは、掘り返した土を、手で固め始めた。
僕は、わけがわからず、その様子をずっと見ていた。
父さんは、何か人間の形のようなものを形成していた。全部で四つ。
それは、ちょうど僕が殺した、あの四人くらいの大きさであった。
一通り作業を終えると、父さんは満足げな笑みを浮かべた。
僕はとてつもなく、不安になり、それ以上は見ることができなくて、布団に潜り込んだ。
それから三日後、僕は学校に行って驚いた。
なんとあの四人が、教室に居たのだ。
クラスメイトの話では、あの四人は山の中で見つかったそうだ。行方不明の小学生が見つかったというニュースはそれなりにテレビを賑わせていたというが、僕はあの日からずっとテレビを見ていない。
四人は無事見つかったが、以前とはまったく別人になった。あれほど、悪さをしたり、人をからかったりしていたやつらが、すっかり大人しくなってしまったのだ。大人しくなったと言うよりは、人間としての感情がまったく無くなった感じだ。目にまったく光がない。先生達は、彼らがきっと精神的ショックから立ち直れていないのだといい、カウンセラーを呼んだりしてみたものの、まったく効果はなかった。
僕は、思い切って、父さんにあの四人のことを問いただしてみた。
「ああ、当然だよ。あれはニセモノだからね。」
そう言うと父さんはニヤニヤと笑った。
「ニセモノ?」
「そうさ。あれは父さんが作った、ヒトモドキだから。」
「ヒトモドキ?」
「そう、ヒトモドキ。最近、桃太郎はあまりテレビを見ないから知らないかもしれないが、行方不明事件が多発しているのは知っているか?」
何となく、クラスで噂話はしているので、うっすらとは知っている。
「父さん達の仲間たちが動き出しているのさ。もうすでに、世の中の半分はヒトモドキだよ。」
「まさか。」
「本当さ。なあ、今の世の中、見てごらん。半分くらいの人間が、生きてるのか死んでるのか、わからないような目をしているだろう?そういうやつらは、全てヒトモドキだと思っていい。」
そうニヤニヤ笑う父さんは、以前とはまったく違う。
父さんは、やはり鬼なのか。
それとも。
「さて、次は、誰をやるんだ?」
両親は僕に期待している。
やればできる子だと。
この話は、どこまでが、真実なのか、虚構なのか。
作者よもつひらさか